8 襲撃
早朝、列車は国境近くの駅に停車した。
深い眠りにつけなかった私は早く目覚めてしまった。
1等寝台の部屋はその値段に見合うだけの心地よさを提供してくれたが、不慣れな列車の振動とはやる気持ちになかなか寝付けなかった。
反逆を企てているのだから、呑気に寝られないのは当然か。
寝不足で日中眠気に襲われるようではいざという時に困るだろう。
私は眠気覚ましのコーヒーを買いに駅へ降りた。
駅のすぐ近くに喫茶店があったので、私はそこでコーヒーを買った。
汽車の中で飲めるように紙カップに入れてもらった。
居心地の良い店内は魅力的だったが、店内にいては汽車が出発して乗り遅れてしまうのかと気が気じゃないだろう。
駅へ戻ろうとすると、何やら数人の若者が道沿いにたむろしていた。
若者たちは、赤毛の少女を囲んでいた。
不審に思った私が近づくと、予想どおり彼らは迷惑がる少女に「いっしょに遊ぼうよ。」などと絡んでいる。
「君たち、いい加減になさい!兵隊をを呼ぶわよ!」
私が大声を出すと、怖気付いた若者たちは立ち去っていった。
「助かったよ。恩に着る。」
赤毛の少女は頭を下げた。
気にしないで、と言うと彼女は「何のお礼もできなくて済まない。主人を迎えに行くんだ。」と走って行った。
少女の少年のような服装に親近感をおぼえた。
私は昔から女らしくしろ、と言われるのが嫌だった。
求められる可憐な女性像は私とは似ても似つかないから。
いつしかスカートではなくスラックスを履き、髪を短く切りそろえるようになった。
だからといって男になりたいわけではないのだが。
私がコーヒーを手に汽車へ戻ると、車内には出発を知らせるアナウンスが流れる。
この駅を出れば、次は終点だ。
汽笛の音がなり、汽車が動き出す。
車窓を眺めながらコーヒーを飲む。
見間違いだろうか。
先の線路からこちらに向かって獣に乗って走ってくる少年がいる。
あれは機械仕かけの獣だろうか。
パン、と乾いた音が鳴り火花が散る。
爆竹だ。
線路沿いに並べられた爆竹は次々と火花を散らす。
襲撃だ。
誰が、なんてわからない。
けれども目的は明白だ。
私たちを、反逆者を狙っている。
私は部屋を飛び出した。
「マーガレット嬢!どこに行くのです?」
追いかけてきた男爵に視線は向けずに走りながら答える。
「車両連結部です!2号車との連結を外します!」
「なぜそんなことを?」
「私たちの同朋は1号車にいます。襲撃の狙いが私たちなら、2号車3号車と切り離せば他の乗客を守ることができるはずです。」
男爵は「マーガレット嬢、待ってください。」と私の肩を掴む。
「この非常時に危険を犯しても優先すべきことがそれですか。」
「民の安全以上に優先すべきものなどないでしょう。民の信頼なくして革命は成り立ちません。民を守れない者にどうして革命が起こせるでしょう。」
男爵は苦悩の表情を浮かべた後、「僕も行きます。」と隣を走った。
歴史あるこの蒸気機関車の連結はリンク式であった。フック状の器具が相手車両の輪状の器具にかかることで1号車と2号車が通じている。連結を外すためには、器具を固定しているねじを緩めフックを外さなければならない。
私は1号車から体を倒した状態で身を乗り出し、ねじに手を伸ばす。
男爵が甲高く叫ぶ。
「マーガレット嬢、とても危険です!」
「では私が落ちないよう支えてください。」
男爵に支えられ、より一層外へと身を乗り出す。
ねじに手が届いた。
私は激しく揺られながら硬いねじを回す。
その間にも爆竹の音はやまない。
より大きな攻撃が来る前に車両を外さなければ。
「何している!」
1号車側から青年の声がした。
男爵は1号車側にいた青年を同朋と思ったのか、
「民を巻き込まないために連結を外すんだ!」と叫んだ。
背の高い青年は私と同じように身を乗り出し、ねじに手を伸ばした。
2人がかりで回してようやくねじが緩んでいく。
固定がなくなったことでフックが動くようになる。
青年はフックを持ち上げ、2号車側の輪状の器具から外した。
ガコンと音が鳴り、激しく揺れる2号車が後ろへ遠ざかる。
連結が外れたのだ。
ガタンと揺れた衝撃で落ちかけた私の手を青年が取る。
そのとき初めて私は青年の顔を見た。
色素の薄い髪にどこか見覚えがあるような気がした。
「マーガレット嬢、早くこちらへ!」
私は男爵に1号車の中へと引き上げられた。
青年も同じく車両の中へと戻る。
小型飛行機のプロペラが回る音がしたかと思うと、ガラスの割れる激しい音が響いた。
「敵が乗り込んできたんだ!」
男爵の声は銃声と悲鳴にかき消される。
振り向くと、青年は姿を消していた。
あちらこちらで炎が燃え上がる。
敵は内部に乗り込んだ物と、空から攻撃してくる物がいる。
同朋たちが阿鼻叫喚をあげる客車に敵の姿は見えない。
敵が向かったのは、きっと操縦室だ。
慌てふためく人の波をかき分けて操縦室へ走った。
私が操縦室に駆け込んだとき、敵は既に全てを終えて小型飛行機で逃走していた。
操縦士は息をしていない。
外部との通信は切られている。
ブレーキレバーは壊され、加速レバーは最大速度の位置で倒されている。
列車は激しく音を立ててどんどん加速していく。
がたがたと揺れながら進む先に見える線路は谷の上だ。
線路のかかった木製の橋へ敵が空から火の雨を降らす。
燃え盛る炎と崩れ去る橋。
もう止められない。
もう時間がない。
私は脇目も降らずに走り出した。
もっと早くに、あなたに会いにいくべきだった。
ずっとずっと、勇気が出なかったんだ。
あなたが、私をどう思うんだろうってそればかり考えて臆病になってたんだ。
ほんとうは、あなたに会いたい、それだけだったの。
「エドワード!」
私は10年ぶりに、かつての婚約者の名前を呼んだ。
「マーガレット。」
悲鳴の中で、私を呼ぶ懐かしい声が聞こえた気がした。




