3 愛憎
「とても素敵な庭ね。」
オリヴィア嬢はそうおっしゃいました。
私は屋敷の庭園のあずまやにオリヴィア嬢を案内し、メイドにお茶の用意をさせました。
私がポットにお茶を注ぐと、オリヴィア嬢は品のある所作でそれを受け取りました。
「気に入っていただけてなによりですわ。外でお茶にするにはまだ少し肌寒い季節ですけれど、ずっと幽霊屋敷に閉じこもっていては気が滅入るでしょうから。」
オリヴィア嬢は「かまわなくてよ。」とちょっと気取った笑みを浮かべ、「キャシー、あなたはここを幽霊屋敷と呼んでいるの?」と尋ねました。
「ええ。この屋敷では、とうに亡くなった者が生きているんですもの。」
「あら、あなたは幽霊がいると思っていらっしゃるの?」
傭兵であらせられるオリヴィア嬢は、勇ましくも幽霊など信じておられないのでしょう。
「いいえ、そうではないの。亡くなった人が生きていると思い込んでいるの。お父様はいつも母の肖像画に話しかけるでしょう。返事などないのに。
叔母様は毎日散歩に出かけるのは、体のために外の光を浴びたほうがいいという叔父の言いつけをいまでも守っているからなんですの。」
本当に愚かです。
母が死んで自分だけのものになったと思っているお父様も。
隠し事をするために叔母様を外へ出そうとした叔父の言いつけを固く守っている叔母様も。
「生きているものがいないはずの幽霊に自ら取り憑かれているのね。」
「ええ。お父様も叔母様も変わり者ですから。」
オリヴィア嬢は紅茶を上品に飲むと、「変わり者なのは、あなたのお兄様もね。」とおっしゃいました。
「あなたのお兄様はほとんど使用人に頼らないわ。着替えも湯浴みもひとりでなさってる。由緒正しい貴族には珍しいんじゃなくって?」
屋敷に来て数日なのに、オリヴィア嬢はよく見ていらっしゃる。
「それも、亡くなった叔父の言いつけなのです。叔父は叔母様に、お兄様の身の回りの世話を使用人にさせないように言ったのです。今でもお兄様の部屋に立ち入ることは許されているのはお兄様の乳母だけですわ。」
オリヴィア様は優しい顔で、「変わり者だけれど、あなたのお兄様はとても素敵なかたね。」と微笑みます。
「ヒース様は私にもよくしてくださるわ。けれども私とあなたの結婚は心から祝福できないのでしょう。あなたはヒース様ととても親しい間柄でしょうから。」
オリヴィア嬢の青い目がきらりと理知的に光りました。
「なんでもお見通しなんですのね。」
オリヴィア嬢は当然だというように、「あれだけ毎日熱烈に見つめあっていれば気づくわよ。」とおっしゃいます。
「ヒース様がおられるのに、なぜ伯爵はキャシーを私と結婚させようとしたのかしら?従兄弟なら結婚は問題ないはずでしょう?あっさり私の結婚の申し込みを受け入れたあたり、婚姻で力を強めるためというわけでもなさそうね。」
傭兵一族のオリヴィア嬢の家と繋がりを持つことは確かに利益にはなるのです。しかし領地を広げるのであれば、同じく広い領地を持つ貴族と婚姻を結ばせるほうが得であることに、聡明なオリヴィア嬢は気づいておられました。
「お父様も叔母様も、どうしても私とお兄様を引き離したかったのです。」
「複雑な事情がありそうね。」
「私の母は結婚する前、叔父と恋仲だったのです。ある日お父様にみそめられ、結婚を申し込まれました。伯爵の申し込みを母の両親は無碍にできませんでした。ですから母は愛する叔父と引き離され、お父様と結婚させられました。
けれども叔父も母も諦めませんでした。母が結婚して数年後、叔父は莫大な財産と領地を手に入れてこの地に戻ってきました。そうして叔母様を口説き落とし結婚しました。これは叔父と母は共にあるための策略でした。
叔父と母は、ずっとお互いだけを愛していたのです。
やがて母は私を産んでなくなり、叔父も後を追いました。
2人が去ってもなお、お父様は母に執着し、叔母様は叔父に愛されていたのは自分だと思い込もうとしているのです。
私は母に、お兄様は叔父に瓜二つです。
そんな私たちが一緒にいるのはお父様たちは気に入らないのでしょう。」
オリヴィア嬢は私の話を真剣に聞いてくださいました。
そして少し考えて、「きっとそれだけじゃないわね。伯爵はあなたの叔父の策略を阻止したいんじゃないかしら。」と続けます。
「あなたの叔父は数年で財産を築くことができるほど賢い方なのでしょう?愛した女の娘と自分の子供が伯爵家を手に入れられるように、あなた方が結ばれるよう画策したでしょう。ヒース様の性別を隠したのはそのためね。」
オリヴィア嬢の言葉に、私はティースプーンを落としてしまいました。
私だけに打ち明けてくださった、お兄様の秘密。
それをオリヴィア嬢は、たった数日で見抜いてしまわれたのです。
「あなたと結ばれるために男として育てられたヒース様を差し置いて、女である私をあなたの結婚相手にあてがったのは、伯爵の嫌がらせね。」
「お兄様は、胸を痛めておられるでしょうか?」
オリヴィア嬢は「さぁね、わからないわ。」と冷たい言葉とは裏腹に、悲しげな表情をされました。
オリヴィア嬢は青い瞳をこちらへむけると、私の手を握りました。
「私はあなたたちの幸せを願っているわ。私はあなたの味方よ、キャシー。」
なんと力強いお言葉でしょう。
私とお兄様の味方になるといってくださったのはオリヴィア嬢がはじめてでした。
「私がお兄様を裏切っていないこと、どうやってお兄様にお伝えすればよいのでしょう?」
「結婚式の日、あなたはヒース様に秘密の方法で示すのがいいわ。私のいうとおりにしてちょうだい。きっとうまくいくから。」
オリヴィア嬢のその言葉に、私はすがることにしたのです。




