1 幽霊屋敷
私がその屋敷を訪れたのは、伯爵令嬢の結婚式が行われた2ヶ月後のことであった。
仕事で長い間家を空けていた私は、結婚式の招待状が届いていたことに気づかなかったのだ。
埃をかぶったポストに溜まった郵便物のなかに招待状を見つけた時には背筋が凍った。
屋敷の主人である伯爵はこの国の貴族派をまとめる存在だ。伯爵一族は近隣国との戦で得た新天地を買い取ることで領地を広げ、今ではこの国で最も広い領地を所有している。
商売をしなければ生活できないような、名ばかりの貴族にすぎない私は頭が上がらないのだ。
連絡もせずに伯爵令嬢の式を欠席したあげく、結婚祝いも渡さないとなれば私の一族はどうなるかわかったものではない。私は荷解きもそこそこに屋敷を訪れたのだ。
ところが、屋敷は以前訪れたときと随分様子が変わっている。花々が美しかったはずの庭園は荒れ果て、雑草が外壁まで絡みついている。よくみれば窓ガラスがみなわれているではないか。伯爵夫人の気に入りだったステンドグラスまで見るも無惨な状態になっていた。
おどろおどろしいとさえ感じさせる悲惨さである。
いったいここで何があったというのか。
私は恐る恐る玄関へと進み、ドアノックを握る。
「結婚のお祝いをさせていただきたいのですが。」
「結婚式は2ヶ月も前だよ、いまごろ来るなんてどこの間抜けだい。」
悪態をつきながら玄関を開けたのは、顔馴染みのメイドではなかった。
豊かな黒髪を後ろで編んだ、エキゾチックな目尻の若い女性だ。
彼女は掃除中だったようで、埃除けにハンカチで口を煽ったまま出てきた。
「なにじろじろ見てんだい?」と睨まれ、私はもごもごと「伯爵が新しいメイドを雇うのは珍しいなと…」と言い訳する。
彼女は「あたしゃ伯爵に雇われてるんじゃないよ。」と鼻をならす。
「あたしゃこの屋敷を引き取った坊ちゃんにつかえてるのさ。」
屋敷を引き取った、とはどういうことだろう。
「伯爵御一家はお引越しされたのですか?」と聞けば彼女は心底呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「あんたほんとに間抜けだねぇ。知らなかったのかい?」
「仕事で長い間街を出ていたものですから…。」と尻すぼみになる私の声に被せて彼女は「この屋敷の者は死んだんだよ。」といった。
「死んだって誰が?」
「みんなさ。」
「みんなって…。まさか一族全員が?」
驚く私に、彼女は口元に手を当てて囁く。
「ここだけの話、伯爵一家だけでなく結婚式に呼ばれた貴族様方がみんな亡くなったらしいんだよ。」
伯爵令嬢の結婚式とあらば、貴族派の家のものは皆呼ばれたはずだ。それが全員亡くなったというのか。
「それは…その、火事があったのでしょうか?」
私の掠れた声を彼女は「そうじゃないんだよ。」と否定する。
「式は問題なく平和に終わったのさ。ところがどういうわけかみんな病気になってねぇ。それまではピンピンしてたってのにね。」
式に呼ばれた者が皆次々に病死する。そんなことが偶然起こるだろうか。
「伯爵は呪われたんじゃ…。」
身分制度を重んじる貴族派である伯爵を恨むものも多い。その中の誰かが呪いでもかけたとしか思えない。
「ばかいうんじゃないよ。呪いなんかあるわけないね。」
笑われても、私は恐ろしくて仕方なかった。
私はその場に凍りついてしまった。
「ナターシャ、お客様をいつまでも玄関に立たせておいてはいけない。お招きしろ。」
屋敷の奥から若い男の声がした。
ナターシャと呼ばれた黒髪のメイドは、「わかったよ坊ちゃん!」と屋敷の奥へ答えると、「坊ちゃんのご命令だ、入りな。」と私を中へと引き込んだ。
「うちのメイドが無礼を働き申し訳ない。」
育ちの良さそうな青年が私を出迎えた。
「私はルーカスといいます。この屋敷を買い取った者です。」
見かけない青年だ。少なくとも、私が招かれた貴族派のパーティーではあったことがない。
「貴方は前の屋敷の持ち主のご友人ですね。ご案内いたします。」
ルーカスは、私を屋敷の敷地内にある墓地へ案内した。
以前訪れたときと違い、墓地は十字架で埋め尽くされていた。
こんなにも多くの人が亡くなったのか。
圧倒されてしまった私はぼんやりとしてしまった。
花をきちんと備えることができたのか覚えていない。
気がつけば、ルーカスに見送られながら門をくぐっていた。
「素敵なスーツですね。」
ルーカスにいわれて、私はいつになく派手なスーツを着てきてしまったことが恥ずかしくなった。
式は2ヶ月も前だというのに、ドレスコードに合わせた色を選んでくるなんて愚かだ。
「喪服をきてくるべきでしたね。」と俯いた私に、ルーカスは「よくお似合いですよ。」と笑顔を向けた。
屋敷を訪れた数日後、私もまた病にふせることになるとは、このときの私は思いもしなかった。




