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狡猾なる勇者  作者: H2O
第二章
22/68

9 道化


青く光る幾千もの星が瞬く広い星空の下、どこまでも続くような草原を進む。

虫のなく声と、鉄の馬の蹄の音だけが聞こえる。



死体を崖から捨てたユーシェンは、何も言わないまま人目を避けて馬小屋へ向かった。

自分の鉄の馬を連れ出したユーシェンは、あとを追いかけてきた俺を後ろに乗せて、鉄の馬を走らせた。


ユーシェンは何も話さないまま、ひたすら馬を走らせる。

なぜ俺を連れていくのか、どこへ向かっているかわからない。

ユーシェンの背中はどこか寂しそうで、ついてきてほしいと言っているような気がした。


どれだけ馬を走らせただろうか。

ユーシェンはようやく口を開いた。


「崖下りを我に教えたのは父だった。

まだ言葉も話せないうちから馬に乗せられて崖から落とされた。

骨を折ろうが出来るようになるまで何度も。

だから、父が叔父に崖から突き落とされたとき、我は笑いに行ってやろうと思った。

人に無理やり崖下りをやらせておいて、自分が崖から落ちて死ぬなんて馬鹿だなって。

でも、父は死んでなかった。

断崖絶壁を鉄の馬で下ったんだ。」


ユーシェンはぽつりぽつりと溢れるように話す。

つられて俺も、虫の声にかき消されるぐらいの声で話す。


「お前の父は、何で生きていたのに隠れてたんだ?」


「父は民から恨まれてたから。叔父が反乱を起こしたようなものだ。こうでもしなきゃ戻ってこられなかった。」


「蘇った騎馬の王は、お前の父か。」


ユーシェンは静かに頷いた。


「叔父は、復活の奇跡をみせてやるつもりだった。

ただの手品だ。麻酔を飲んで死んだふりをするだけのお粗末な手品。だから叔父は盃に自分で薬を入れた。」


「麻酔じゃなくて毒薬だったのか。」


「叔父が薬を用意させた医者は、父の息がかかった男だったんだ。あの男は金さえ積めば何でもするから。叔父の死体がゲルに運び込まれたあと、叔父になりすました父がゲルから出てきた。あれは奇跡なんかじゃない。」



星が輝いていた空が、次第に白んでゆく。

朝日が近づいてきたのだ。


「ずいぶん遠くまで連れ回してしまったね。船まで送って行くよ。」


ユーシェンは船までと言った。騎馬の民の野営地ではなく。

俺は少し不安になった。

このままこいつが消えてしまうような気がして。


「お前はこれからどうするんだ。」


「さぁ。もう戻れないからね。」


「どうして?」


「暗殺された叔父が神の奇跡で復活したことになってるんだ。我は暗殺を企てた犯人にされるだろうから。」


「死体と入れ替わったのはお前の父だろ?父が王に戻るのに、何でお前が追い出されるんだ?」


驚いた俺に、ユーシェンは淡々と返す。


「父は自分の弟にも、息子にも、王座を渡す気はないんだよ。」



先王が突き落とされたのは先月。けれどもユーシェンはずっと前から馬鹿のふりをしていた。

王の器にない馬鹿だと思わせるために。

叔父からだけでなく、父から身を守るために道化になっていたのだろう。 

ユーシェンは頭が切れる奴で、俺に恩を売ってルーカスに接触し、さらにはルーカスを利用して叔父の暗殺を行った。

けれどもユーシェンはずっと父に利用されていたのだ。

ユーシェンの父は、この計画で自らの弟と息子を共に葬りさろうとしたのだ。

騎馬の王の子と、ただの使用人。

こんなにも身分が違うのに、俺もユーシェンも己に囚われている。


「本当はずっと、馬で崖を下るのは嫌いだった。

レニー、お前と一緒に馬で崖を駆け抜けたとき、初めて心から楽しいと思ったんだ。」



朝日が登り始めた空が澄んだ青空に変わっていく。

あのとき近くに感じた空のように。


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