9 道化
青く光る幾千もの星が瞬く広い星空の下、どこまでも続くような草原を進む。
虫のなく声と、鉄の馬の蹄の音だけが聞こえる。
死体を崖から捨てたユーシェンは、何も言わないまま人目を避けて馬小屋へ向かった。
自分の鉄の馬を連れ出したユーシェンは、あとを追いかけてきた俺を後ろに乗せて、鉄の馬を走らせた。
ユーシェンは何も話さないまま、ひたすら馬を走らせる。
なぜ俺を連れていくのか、どこへ向かっているかわからない。
ユーシェンの背中はどこか寂しそうで、ついてきてほしいと言っているような気がした。
どれだけ馬を走らせただろうか。
ユーシェンはようやく口を開いた。
「崖下りを我に教えたのは父だった。
まだ言葉も話せないうちから馬に乗せられて崖から落とされた。
骨を折ろうが出来るようになるまで何度も。
だから、父が叔父に崖から突き落とされたとき、我は笑いに行ってやろうと思った。
人に無理やり崖下りをやらせておいて、自分が崖から落ちて死ぬなんて馬鹿だなって。
でも、父は死んでなかった。
断崖絶壁を鉄の馬で下ったんだ。」
ユーシェンはぽつりぽつりと溢れるように話す。
つられて俺も、虫の声にかき消されるぐらいの声で話す。
「お前の父は、何で生きていたのに隠れてたんだ?」
「父は民から恨まれてたから。叔父が反乱を起こしたようなものだ。こうでもしなきゃ戻ってこられなかった。」
「蘇った騎馬の王は、お前の父か。」
ユーシェンは静かに頷いた。
「叔父は、復活の奇跡をみせてやるつもりだった。
ただの手品だ。麻酔を飲んで死んだふりをするだけのお粗末な手品。だから叔父は盃に自分で薬を入れた。」
「麻酔じゃなくて毒薬だったのか。」
「叔父が薬を用意させた医者は、父の息がかかった男だったんだ。あの男は金さえ積めば何でもするから。叔父の死体がゲルに運び込まれたあと、叔父になりすました父がゲルから出てきた。あれは奇跡なんかじゃない。」
星が輝いていた空が、次第に白んでゆく。
朝日が近づいてきたのだ。
「ずいぶん遠くまで連れ回してしまったね。船まで送って行くよ。」
ユーシェンは船までと言った。騎馬の民の野営地ではなく。
俺は少し不安になった。
このままこいつが消えてしまうような気がして。
「お前はこれからどうするんだ。」
「さぁ。もう戻れないからね。」
「どうして?」
「暗殺された叔父が神の奇跡で復活したことになってるんだ。我は暗殺を企てた犯人にされるだろうから。」
「死体と入れ替わったのはお前の父だろ?父が王に戻るのに、何でお前が追い出されるんだ?」
驚いた俺に、ユーシェンは淡々と返す。
「父は自分の弟にも、息子にも、王座を渡す気はないんだよ。」
先王が突き落とされたのは先月。けれどもユーシェンはずっと前から馬鹿のふりをしていた。
王の器にない馬鹿だと思わせるために。
叔父からだけでなく、父から身を守るために道化になっていたのだろう。
ユーシェンは頭が切れる奴で、俺に恩を売ってルーカスに接触し、さらにはルーカスを利用して叔父の暗殺を行った。
けれどもユーシェンはずっと父に利用されていたのだ。
ユーシェンの父は、この計画で自らの弟と息子を共に葬りさろうとしたのだ。
騎馬の王の子と、ただの使用人。
こんなにも身分が違うのに、俺もユーシェンも己に囚われている。
「本当はずっと、馬で崖を下るのは嫌いだった。
レニー、お前と一緒に馬で崖を駆け抜けたとき、初めて心から楽しいと思ったんだ。」
朝日が登り始めた空が澄んだ青空に変わっていく。
あのとき近くに感じた空のように。




