7 奇跡
「民に神を信じさせるには、奇跡を起こしてみせるのが一番良いでしょう。人は自分の目で見たものを信じるのです。」
ルーカスと名乗った男はそう言った。
俺が納める騎馬の民は、東の草原から他の民族を取り込みながら勢力を広げてきた。俺は広い勢力圏内の民をまとめる手段として、信仰を利用したいと考えている。
同じものを信じさせれば民は自然とまとまりやすくなると思ったのだ。しかし、俺が命じたからといっていわれるままに信じるほど民は愚かではない。
そこでルーカスは、勢力圏内の有力者が集まったこの宴の席で、神の奇跡を民に見せるのがよいというのだ。
「そこの坊主がなにかやって見せてくれるのか?それだと俺とは宗派が違ぇからちと困るな。」
ルーカスの隣にいる教団から来た少年は浄化の力があるという話ではなかったか。
しかしルーカスは首をふる。
「いいえ、奇跡を起こすのはあなたです、騎馬の王。あなたが神を愛し、神に愛されたものだと示すのです。さすれば民は神もあなたも同様に信じるでしょう。王としてはそれが一番よろしいはず。」
神の加護がある者だと思わせるのは支配するのに都合がいい。
なかなかこの男も悪どいことを考える。
「しかし、そうは言っても俺には奇跡なんか起こせねぇぞ。信仰すれば神の力が宿るなんてことはありねぇはずだ。」
「ええ、その通りです。よくご存知で。」
ルーカスは貼り付けたような笑顔をうかべる。
「ですから手品をしてみせるのです。あたかも奇跡が起きたかのように見せればよい。たとえば、一度死んで復活するなんてのはいかがでしょう?」
「そんなことできるのか?」
「手品ですから、仕掛けはあります。薬品を使えば一時的に死に似た状態は作れるかと。」
「医療用の薬品を使えばそれらしくは見せられるか。すぐに用意させよう。」
ルーカスは俺がすぐに薬を手に入れられることに驚いたが、旅をしながら暮らす騎馬の民は、常に医療の知識を持つものを連れているのだ。
仮死状態をつくるには致死量に近い毒を飲む必要がある。それほど危険な橋は渡りたくない。
しかし医療用の薬品であれば、外からの刺激に反応しない状態は作れる。医者は、金さえつめば遺体もない先王を落馬で死亡したと証言する男だ。先王を追放するのに協力したのだ、今更この程度のことは断らないだろう。
ユーシェンの父、俺の兄でもある先王は、俺が殺した。
先の民族との抗争で、混乱のさなか俺は奴を馬ごと崖から突き落とした。
断崖絶壁であった。
鉄の馬であっても下ることは困難な斜面だった。
死体は見つからなかったが、成功したはずだ。
恐らく見ていた者もあるだろうが、誰もが口をつぐんだ。誰もが奴の死を望んでいたからだ。癇癪持ちで民にあたることの多い奴は憎まれていたのだ。
だから仮に奴が生きていたとしても、俺が王となった今、奴の帰る場所はない。
そうして俺はより一層俺の地位を確かなものとするため、奇跡を起こしてみせよう。
俺はルーカスとその連れを見送ると、医者のもとへ向かった。




