2 薬
バンと船の調理室のドアが開く。
「おい!お待ちかねのメシができたぞぉ!」
レニーが食事の支度を終えたのだ。
レニーはどかどかと甲板に上がってくる。
「早くしねぇと冷めちまうだろうがい!」
レニーはうちの屋敷にいた調理見習いだ。料理担当として遠征に連れてきたのだ。
「なんだい、偉そうに。まともに料理の支度もできないくせに。」
ナターシャに言われたレニーは顔を赤くする。
「そんなことぁねぇよ、うまくできたんだぞ!」
「魚をさばくのは私がやってさしあげたわ。」
レニーはナターシャにくってかかるが、後ろから来たオリヴィアにバラされてしまった。
「オリヴィアは魚さばけたんだな、知らなかった。」
オリヴィアは戦力として雇われた傭兵だ。名高い傭兵の家から送り出されたのが彼女だった。調理の腕があるとは知らなかった。
オリヴィアはふっと鼻で笑う。
「人間を切るのとさほどかわりなくてよ。」
食欲が失せるようなことは言わないで欲しい。
「おや、食事の時間かい?お腹が空いてしまったよ。」
操縦室にいたアイリスが連絡菅を通して話しかける。
アイリスもまた遠征のために集められた少年だ。
オリヴィアとは違って名の知れた家の出ではないが、貴族だ。
祖父に船の操縦を仕込まれたから力になると本人は言う。けれどもアイリスは長い赤毛が中性的な印象を与える少年で、体つきも華奢で戦えるかはうたがわしい。
見渡すと、確かに俺のひきつれる仲間は子供ばかりで、敵国から神の都を取り返すことなんかできそうもない。生き残れるかすらわからない。
やはり俺ははめられたのか。
いや、かまうものか。
成功を期待されてなくとも、俺は旅に出たのだ。
最大限利用して、最後には自由を手に入れてやる。
「そういやさぁ、倉庫に見覚えねぇ箱があってよぉ。誰の荷物だ?」
レニーは重そうな木箱を持ってきた。屋敷で荷物の積み上げをしたレニーが言うなら、誰かが持ち込んだのだろうか。しかし誰も覚えがないらしい。
「なんだい、開けてみりゃわかるんじゃないのかい。」
ナターシャが箱を開ける。
中には小さなガラスの薬瓶が詰まっていた。
瓶のラベルを読んで背筋が凍った。
「これ、禁止薬じゃねぇか。」
その薬は、もとは痛み止めとして広く使われていた。従来の薬よりはるかに強く効き、腕を切り落とされた兵士もこの薬さえあれば戦えるようになると謳われた。しかし強い中毒性があり、ひどいものは廃人になるという。そのため王家はこの薬を禁止した。売買はおろか、所持しているだけで重罪だ。
その薬がここに持ち込まれた。
ナターシャは顔を青くした。
「げぇ、坊ちゃんヤク中はだめだよ!」
「俺じゃねぇよ!」
「じゃあこんなかにヤク中野郎がいるってことじゃねぇの?」
レニーの言葉に少し空気が重くなる。
「レニー、君がルーカスの屋敷で荷物を積み込んだ時には木箱はなかったのは確かなの?」
ノアの問いにレニーは当然だと胸を張る。
「積み込んだ荷物はリストにして管理してあんだ。」
船は屋敷を出たあと港へ向かいそこでノア、オリヴィア、アイリスの3人をのせた。
港に着いた際には王家の兵士からの荷物の検査も受けている。
持ち込まれたのは検査から出発までの数時間だろう。
「なら兵士が俺に濡れ衣着せようとして詰め込んだのかもな。もう寝ようぜ。」
苦しい推測で俺はこの場を終わらせた。
木箱に残った赤く長い髪には気づかないふりをした。
確証もないのに仲間割れは避けたかった。
ノアは納得いかない顔をしていたが、眠気に負けて部屋へ行った。