6 騎馬の王
「おいレニー、シャツのボタンを閉めろ。」
エマに叱られて俺はしぶしぶ首元までボタンを閉める。
「いくら先方がお前を気にいって招待したからといっても、本来なら使用人が宴に招かれることなんてないんだからな。くれぐれも失礼のないようにしろよ。」
エマに言われなくとも、俺が場違いなのはわかっている。
ユーシェンに騎馬の民の宴に招待され、ルーカスはノアを連れて騎馬の民の野営地を訪れている。
ルーカスは護衛としてエマも同行させた。護衛としてもう1人連れて来るならオリヴィアだろう。けれども他でもないユーシェンが、「せっかくだからレニーも来てくれ。」と言ったのだ。
ゲルと呼ばれる円形の移動式住居が立ち並ぶ野営地を進むと、ユーシェンが手を振っていた。
「よく来たね!迷わずに来れたかい?」
「えぇ、あなたが預けて下さった鉄の鷹が導いてくださったので。」
ここまで俺たちを連れてきた機械仕かけの鷹は、円を描きながら高く鳴いてユーシェンの肩へ舞い降りた。
ルーカスはユーシェンに丁寧な態度で話す。
ユーシェンが騎馬の王だからだ。
ルーカスがその態度なら、ルーカスの使用人の俺は本来ユーシェンと会話するのも難しいほどの身分差があることになる。ユーシェンに初めてバザールで会ったときにはそんなこと思いもしなかった。
「おい、ユーシェン!」
恰幅のいい男がゲルから出てきて、ユーシェンに近づいてきた。
「お前俺に許可も取らずに客人を連れてきたな。」
「宴には客人がいた方が楽しいだろう?」
ヘラヘラ笑うユーシェンを、その男は「また勝手に決めやがって。」とこづいた。
男は「ようこそおこしくださいやした。」とルーカスに挨拶する。
「この馬鹿に呼ばれたのにわざわざ来てくただすってありがとうございやす。俺はここの民をまとめてるもんだ。騎馬の王と呼ばれてる。」
男の自己紹介を聞いて俺は目を丸くした。
「あなたが騎馬の王なのですか?ユーシェンじゃなくて?」
思わず大きな声を出すと、エマに「無礼だぞ。勝手に発言するな。」と足を踏まれた。
騎馬の王と名乗った男はユーシェンを問い詰めた。
「おい馬鹿、お前なんて名乗ったんだ?」
「我は嘘はついてないね!我は今は違くとも、未来の騎馬の王なんだからね!」
ふんと鼻を鳴らすユーシェンの頭を騎馬の王は殴る。
「勝手に王を名乗るな!騎馬の王は俺だ!お前に譲る気はねぇよ。」
「でも、我の父は王だったよ?」
わからない、というように滑稽に首を傾げるユーシェンに呆れた騎馬の王は「屁理屈いうんでねぇ。」と叱った。
「この馬鹿がすまなかったな。こいつは先代の王の息子なんだ。先代は俺の兄だったんだが、先月馬から落馬して命を落としたんだ。不幸な事故だったよ。こいつはまだ若いし、その上馬にのることしか頭にねぇ馬鹿なんだ。だから俺が後を継いだってわけだ。」
ユーシェンは先代の王の息子で、本物の騎馬の王は、ユーシェンの叔父であるこの恰幅の良い男だったのだ。
「ところでそこの小さなお客さんは、聖服を着てるってことは教団のものなんか?」
騎馬の王はノアを指差した。
「この者は教団から洗礼を受けており、浄化の力を持つ少年です。」
ルーカスに紹介されたノアは騎馬の王に礼をした。
「白と赤の聖服ってぇのは確か太陽の女神の印だったよな?」
騎馬の王の問いにルーカスは頷く。
「いかにも。この者は太陽の女神の名の元で洗礼を受けております。」
太陽の女神の色は赤とされ、教団のものは白と赤の聖服を身につける。一方で月の女神の色は黄色とされている。
「この人たち、神様に詳しいみたいだから呼んだのさ!叔父さん、民に神様を広めたいっていってたでしょ!」
得意げに胸を張るユーシェンを騎馬の王はまたこずいた。
「馬鹿野郎!俺が洗礼を受けたのは月の女神のほうだ!このお客様とは宗派が違うんだい!」
「えぇ〜でも信じてるのはおんなじ神様なんだろ?」
情けない声をあげるユーシェンに、ルーカスが「ええ、そうです。」と同意した。
「月の女神と太陽の女神、私たちは異なる女神の名のもとに洗礼を受けましたが、2人の女神の上位におられる神は同じなのです。私たちは同じ神を信じ、同じ教えに従っております。ただ、信仰心の表現の仕方が違っているだけで。」
ルーカスの言葉に、騎馬の王は「なるほどな。さすが、お客様はお詳しいな。」と頷く。
ルーカスは恭しくこうべをたれる。
「私たちでよければ、あなた様の民に教えを広めるお手伝いをさせていただけませんか?宗派の違いはあれど、信じる教えは同じなのですから、お役に立てるかと。」
ルーカスの申し出に、騎馬の王は「じゃあ悪いが頼むよ。中で詳しいことを話そう。」とルーカスとノアを王のゲルに招いた。




