4 信仰
3日前、俺の元に皇太子からの新しい勅令が届いた。
投影機が低く唸って文字を映し出した。
騎馬の王が 月の女神の洗礼を 受けた
彼に 救済を もたらせ
騎馬の民とは、東の草原で勢力を強め、西に進軍を進めている民だ。彼らは古くから騎馬技術に長けており、技術の発展と共に機械の馬を編み出した。
弟は、その王を失脚させよと命じている。
隣で見ていたノアが冷めた声で言う。
「月の女神の洗礼を受けたのだから、騎馬の王は敵国と繋がりを深くするだろうね。皇太子としては敵が騎馬の王の戦力を味方につけることは避けたいんだろう。」
敵国では、月の女神の名の下洗礼が行われる。
一方で我が国では太陽の女神の名の下で洗礼を受ける。
信じる神や教えは同じなのだが、違いがあるのだ。
隣国や、我が国と貿易を行っている国々は太陽の女神の宗派だ。
現王と隣国の王妃の子である皇太子の誕生を境に、我が国が戦う相手は神の地の支配権をもつ敵国のみとなった。
騎馬の民は機械の馬を使った戦術に長けており、敵国と軍事同盟を結ばれると我が国としてはかなりの痛手となる。
「けど、騎馬の民の間では様々な信仰があるだろ?王の信仰が変わっただけで他国同士の戦争に参加するものなのか?」
短期間で勢力圏を広範囲に広げた騎馬の民は、様々な民族をその支配下に取り込んだ。そのため民の信仰や文化は様々に混ざり合っている。
首を傾げる俺に、ノアは「考えが足りてないんじゃない?」と生意気をいう。
「王は自分の信じる物を民も信じるべきと法で定めるかもしれない。王は神の名をかたって民をいいなりにすることが可能になる。戦争は民衆にとっては恐怖でしかないが、国にとっては勝てば利益になる。歪めた信仰は民の目を曇らせるのに効果的だ。」
ノアの言うことにも納得がいく。
本当ならば、自分の愛した人のためでもなく、権力者のためなんかに命をかけるなんてのは馬鹿げていると誰もが思うはずだ。それに気づかせない方法を権力者は探す。
それは、敵国や騎馬の民の王に限った話ではない。
「国政と信仰が結びついているのって俺たちの国のことなんじゃねぇの?」
皇太子は勇者の遠征を派遣することで、神に献身的な姿を民に見せ信頼を得ようとしている。
王国と教団との繋がりを強めるという利点もある。教団は王族と協力関係にあることで同じ宗派を信じる者へ権威を強めているのだ。
ノアは教団から来た少年であるのに、宗教と国が結びつくことに批判的である。自分のいた教団に関してはどう思っているのだろう。
「僕は神を信じてるんだよ。」
ノアはそう言って笑った。
ともかく、命令を受けた以上俺は従わなければならない。
しかし騎馬の王は、先の標的であった13隊隊長と違い、面会すら難しい相手だった。
騎馬の民は元来移動しながら暮らす民族であり、定住地は持たない。
商人と交易は行うものの、貴族のように社交界などは行わない。
俺は騎馬の王の居場所どころか、騎馬の民の実態もつかめていなかった。
どうしようもなかった俺はバザールで聞き込みに行った。
バザールには時折騎馬の民と繋がりのある商人がいるからだ。
まる2日聞き周りなんとか得た情報は、騎馬の民は機械の馬を操るが、その多くは銅板から作られており、鉄製の馬を持つのは騎馬の王の血縁者のみであるということだった。
聞き込みの際、商人たちは俺に身元を証明することを求めた。
それで俺は、我が国の王族であることを示す紋章指輪を見せた。
この身分を利用すればより協力を得られると考えたのが間違いだった。
様々な国を旅する商人には、この国の王族はそれほど脅威ではなかったのだ。
旅商人たちは両者に情報を提供しどちらからも金を得ることを選んだらしい。
その結果、俺が探しているということが騎馬の王本人に伝わってしまったらしい。
そうして今俺は、鉄の馬を引き連れたユーシェンを目の前にしているのだ。
標的を見つけるはずが、逆に見つかってしまったのだ。




