13 祈り
船の上、ラジオが甲高く耳に響く機械音をあげて早朝のニュースを流し出す。
「昨晩、王国軍第13隊隊長が殺害されました。殺害を行なった13隊隊員はすでに自害しており、薬の中毒状態にあったとみられます。これにより13隊では王国指定禁止薬の使用が行われていたことが発覚しました。王国軍は禁止薬の不正使用により錯乱にいたった隊員同士での殺傷事件として捜査を進めていく模様です。」
13隊隊長は他者のために動くことのできる人格者だった。けれど目先の問題の解決を優先してしまい、かえって事態を悪化させてしまう可能性のある男だった。だからこそ怪我をした部下の苦しみを和らげようと、アイリスから薬を買ったのだ。
薬は痛み止めとして有効だがそれゆえ中毒性が高い。錯乱状態にいたった隊員に、隊長が薬を独占しようとしている、と言えば隊員は狙い通り隊長を襲った。
エマのせいで13隊に反乱を起こさせる計画が破綻したときは焦ったが、結果的には13隊の評判を落とした上で解体することができた。
王国軍への通報はエマの従兄弟にさせた。エマを人質に取られた彼は言われた通りの内容を通報してくれた。
シャーロットがエマを俺に同行させることを許可してくれなきゃこうはいかなかった。
シャーロットは俺がエマの身柄を保護することを約束すると、エマを遠征に同行させるという交換条件を快く承諾してくれた。
エマのシャーロットへの忠誠心を利用した形になるが、戦力としてエマが加わったのは大きい。
我ながら、やり口があまりにも被人道的だと思う。
後悔する資格なんかない。けれども、こんな汚い生き方に縛られるのは理不尽だと思ってしまう。
いや、やめよう。自分を被害者であるかのように言い訳するのは見苦しい。
俺は生きるために他のものを利用した。生き延びるためには手段を選んではいられない。それだけだ。
東の空から朝日が登り始める。ゆっくりと茜色に染まっている空を眺めていると、上から歌声が聞こえてきた。
見張り台を見上げれば、歌う小柄な身体が朝光を受けていた。
港に向かって祈りの歌がなめらかに響く。
変声期の声がつむぐ祈りの歌は、朝焼けと共に港を包んだ。
港に赤く輝く波が押し寄せる。
やがて街の人々が目覚め始める。
船出の準備をする漁師、朝市のために露店に品を並べる商人。
いつも通りの、新鮮な朝だ。
夜の悲惨な出来事が嘘のように。
浄化とは、こういうことをいうんじゃないかと思った。
「歌上手いんだな、ノア。」
見張り台に登ったはいいものの、なんといったらいいかわからなくて下手くそに声をかけた。
ノアはちょっとだけこちらを見やるとすぐに港に視線をもどした。
「これがお前の浄化の力なのか。」
振り向いたノアは「それは少し違うかな。」という。
「僕には特別な力はないよ。人間には奇跡は起こせない。だからこそ神は神なんだ。」
言葉とは裏腹に、朝焼けに染まる顔はどうにも神聖に見えた。
「なら、何のための祈りの歌なんだ?」
「奇跡をこの目で見なくとも、人は神の救いを信じる。祈りの歌は信仰を表現する儀式だ。聞くものはこの歌にそれぞれの祈りを乗せて捧げる。
悲しみに慰めが与えられること、旅立つ故人を守ってくれること、そして自分たちが生きていることの感謝を。
祈りを捧げることが支えとなるから救われるんだ。」
ノアは登っていく太陽に照らされる街に向かい、再び祈りの歌を歌う。
そうだったらいい。
悲惨な事件に巻き込んでしまったこの地の悲しみが慰められたなら。
誰かのために生きた彼の人の魂が守られたなら。
罪を重ねながらも、また今日を迎えられたことに感謝できたなら。
誰かを利用した罪深さが、朝日に響くこの歌で、救われたらいい。
「俺はこれからも、誰かに利用されて、誰かを利用してでしか生きていけないんだろうか。」
溢れた言葉にノアは視線を合わせずに答える。
「生きているものは皆、自分という存在に縛られた不自由な存在なんだと僕は思う。」
生きることは不自由と理不尽を課せられる罰なのだろうか。
それでも、信じることで救われるのならば。
「いつか、自由を手にできると俺は信じたい。」
「あんたたち、こんなに寒いのにそんなとこで何してんだい!」
気の抜けるやかましい声をあげながらナターシャが上がってきた。
「ほら坊ちゃん、冷えるだろ!」とナターシャは俺に上着を投げ渡して、上着を持たないノアには毛布を渡す。
「僕はそんなふうに世話しなくていいよ。」
年相応に世話をいやがるノアに、ナターシャは「風邪をひいたら看病するのはあたしなんだよ!」と無理やり毛布を巻きつけた。
「おい!朝飯がさめちまうぞぉ!」
調理場から出てきたレニーが声を上げる。
アイリスが駆け寄っていく。
「おれにはたくさん朝飯もってくれよ!薬売りつけるなんて一番危険な役割をやったんだから!」
騒がしい弟をアリスは叱りつける。
「落ち着きたまえ。なにより、操縦と見張りをやった私にだって労われる権利はあると思うがね。」
苦労を訴えるアリスにオリヴィアが張り合う。
「あら、1番労働したのは私よ。暴走した騎士と戦ったんですもの。とても大変だったわ。」
「誰が暴走したって?だいたい、お前は降参した私に海水をかけたじゃないか。わざわざくんできて。」
「だって砂をかけられたんですもの、仕返しよ。」
言い争ってはいるけれどエマとオリヴィアはどこか機嫌が良さそうだ。
「あんたらもはやくいくよ!」
ナターシャにせかされて俺とノアも下に降りた。
生きることは不自由で、理不尽で、苦しい。
けれどもこんなふうに騒がしく笑えるときがあるから、俺たちは生きることに感謝するのかもしれない。
今はただ、どんな手をつかってでも生き抜いて、いつかは自由を手にできると、信じよう。




