10 騎士
幼い頃、剣術の稽古の時間が大好きだった。体を動かすのは好きだったし、努力しただけ上達するのも楽しかった。なにより、歳の近い子たちと剣を交えるのが楽しかった。
オリヴィアは同じ年頃の女だったから、よく一緒に稽古した。速さは私のほうが上だったが、オリヴィアは負けず嫌いで、少し汚い手を使われた。
一度手合わせをした時、顔に砂をかけられたことがある。
「砂をかけるなんて卑怯だぞ、オリヴィア!」
「戦場では卑怯でも勝った方が正義なのよ。」
悪びれないオリヴィアにいらだって、私は師範に助けを求めた。
「師範もオリヴィアになにか言ってやってください!」
師範は「オリヴィア、エマに謝りなさい。」と苦笑いをしながらも、「だか、勝負はオリヴィアの勝ちだ。」といった。
「エマ、お前はまっすぐで良い子だ。保護者としての私はそれはお前の良いところだと思う。だが、戦士としてはそのまっすぐさはときに欠点となる。戦地では卑怯な手を使わなければ勝てないのだ。」
師範にそういわれても、卑怯な手は使いたくなかった。だって物語の中の英雄はそんなことしなかったから。
幼い私は騎士とは何かわかっていなかったのだ。
騎士の本当の役目が何であるか知ったのは、シャーロットに仕えることになったあとだ。
シャーロットとルーカスの婚約が正式に決まったあとすぐ、父は私にシャーロットに仕えるよう命じた。
金銭で雇われ戦う営利主義の傭兵、外国との戦や街の警護を担う軍隊に対し、世襲制で日頃から王族の側で護衛をするのが騎士だ。
王族に仕える騎士であるはずの私が、なぜ王家の血を引かないシャーロットに仕えるのか私は疑問に思った。
「父上、なぜ私は王族であるルーカス様でなく、その婚約のシャーロット嬢をお守りするのでしょう?」
父に問うと、父は温度のない声で真実を告げた。
「騎士とは、王族を守るのではなく王族に使われる駒だ。
騎士の仕事のひとつは、王家にとって必要な者を守ること。もうひとつは、反乱を起こす可能性がある者にとって脅威になることだ。側に常に騎士がいることはその者を大切に思う者にとって脅威になりえる。」
ルーカスは現王と妾の間に生まれた子だ。現王は、隣国の王女である正室との子である皇太子に権力を集め隣国の政権を握ろうとしている。だからルーカスが力をつけることは防ぎたいのだ。
ルーカスが王家に反いたとき人質になるのはシャーロットだ。
私は必要なときにすぐにシャーロットをとらえて王家に引き渡すために彼女の側にいることを命じられたのだ。
初めてあったとき、シャーロット嬢は姉ができたようだと喜んでくれた。
命令によっては彼女を牢獄へ送ることになると知っている私は、後ろめたく思った。
シャーロットは素直で穢れを知らず、気品高い子だ。
だから、シャーロットは私のことを少しも疑わないで私に懐いた。
彼女は雷が苦手で、嵐がきた夜、部屋へきて彼女のお気に入りの本を読み聞かせてくれと命じられた。
「いま、窓が光ったわ。また雷が落ちるのよ。」
「ちゃんと私がここにいて本を読みますから、目を閉じてください。」
「ドラゴンがでてくる話がいいわ。」
「まったく。物語の魔物や盗賊は怖がらないのに、どうして雷をそんなに怖がるんですか。」
「だって、雷には人間は敵わないじゃない。魔物や悪い人からはエマが守ってくれるでしょう。だから怖くないわ。」
そのとき、シャーロットは私が彼女を守る騎士だと思っているんだと知った。
本当なら、彼女に恥じない、誇れる自分になりたかった。
シャーロットが思ってくれているような、彼女の騎士になりたかった。
どうせ誰かのために使われる命ならば、シャーロットを守るために使われたい。
私にシャーロットを裏切らせないでくれと、願わない日はなかった。
彼女から向けられる信頼と尊敬の瞳が、本当の私を知って失望するところを見たくなかった。
勇者の遠征にいったはずのルーカスが13隊隊長と密会したという連絡をうけたとき、目の前が真っ暗になった。
ルーカスが13隊と協力して反乱を起こすようなことがあれば、私はシャーロットを捉えて王家に引き渡さなければならない。
反逆罪となれば婚約者であるシャーロットまで死刑になる。
シャーロットをそんな目に合わせたくない。そんな地獄にシャーロットを連れて行く役目を私はやりたくない。
シャーロットを裏切りたくない。
そのためなら、どんなに卑怯にもなれる。




