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新たな人生の第一歩

作者: エロン公麿

二作目です!

キクが最後に見たものは、薄暗い天井だった。痛む体は床に打ち付けられたままで、全身に走る鈍い痛みが彼女を締め付けていた。冷たい空気が部屋に満ち、何度も打たれた痣が紫色に浮かび上がっている。彼女の体は栄養が足りず、皮膚に浮いた肋骨が目立っていた。


「役立たずが…!」


母親の怒声が耳に残り、蹴りが腹に入った痛みが蘇った。キクは声を出さない。痛みを感じても、もう何も反応しなかった。彼女は感情を押し殺して生きてきた。泣いても怒っても、虐待は止まらない。それならば、無感情にただ耐えるしかなかった。


「消えたい…」


声には出さず、心の中で呟いた。キクには頼れる人も、助けを求める場所もなかった。近所の人は薄々彼女の状況を知っているはずだったが、誰も見て見ぬふりをしていた。だからこそ、誰も助けに来ることはないと彼女は知っていた。

その晩、キクは深い眠りの中へと落ちていった。目を閉じる瞬間、彼女の心はただ静かに、生きることを手放していた。

次に目を開けた時、菊は冷たい地面ではなく、柔らかな草の上に横たわっていた。彼女は驚いて起き上がり、自分の体を見下ろす。汚れたボロボロの服はそのままだったが、周囲は全く知らない風景だった。


「…ここは?」


キクは呆然と周りを見回した。青い空が広がり、木々のざわめきと草の匂いが漂ってくる。足元には色鮮やかな花が咲き乱れていた。それは、彼女がこれまでに見たことのない美しい景色だった。

しかし、次の瞬間、地面が震え、遠くから大きな音が近づいてきた。馬の蹄と車輪が地面を叩く音。それは徐々に大きくなり、目の前に迫ってきた。


「え…?」

キクはその音に気づいたが、体が動かなかった。目の前に豪華な馬車が現れ、その巨大な姿が自分に向かってまっすぐ突っ込んでくる。

体が硬直し、逃げることもできない。彼女は次の瞬間、激しい衝撃を覚悟した。

だが――奇跡的に、馬がジャンプして馬車の下をと通り抜けた。


「轢いてしまったのか!?」


馬車の中から男性の声が響き、扉が乱暴に開かれた。そこから出てきたのは、堂々とした身なりをした中年の男性だった。彼は立派な衣装に身を包み、顔には驚きと焦りが混じっていた。

菊は呆然としながら、目の前の光景を見つめる。男性が駆け寄り、彼女を覗き込んだ。


「大丈夫か?」


優しげな声が耳に響いた。しかし、キクはただ彼を見つめるばかりだった。過去の経験から、彼女は大人に対して恐怖しか感じていなかった。感情を顔に出すこともなく、彼女は無表情のまま彼を見上げていた。


「これは…。」


キクの服が捲れ、体の痣が見えていた。

男性は厳しい瞳でキクを見つめるが、キクは返事をしない。すると、彼は急いで馬車の中に向かって声をかけた。


「セバス、彼女を保護する。すぐに治療院に連れて行くぞ。」


すぐに召使いのような男が現れ、キクをそっと抱き上げた。キクは抵抗する気力もなく、ただされるがままにその男の腕の中に身を預けた。


「伯爵様、この子は…?」

「わからん。ただ、このまま放ってはおけん。今すぐ治療院に連れて行く。」


伯爵と呼ばれた男性は、馬車に戻るとキクを丁寧に乗せた。そして、馬車は再び動き始めた。キクは窓の外をぼんやりと見つめながら、ただ揺れる車内に身を任せていた。

治療院に連れて行かれ緊急性ないが、虐待か暴行での痣、骨にひびが入っていたが栄養失調により回復魔法がと変えない状態であった。

転生前の母親が、虐待の跡を隠すための長袖ロングスカートが現代の服で綺麗であった為、伯爵は貴族か商家の娘と勘違いし、部下に行方不明者の照合を命令していた。瑕疵を作らないためにも伯爵は保護することにした。

馬車は広大な邸宅の前で止まった。石造りの美しい建物に、手入れの行き届いた庭園が広がっている。キクはこのような場所に足を踏み入れるのは初めてだった。彼女が知っているのは、いつも狭くて汚れた家の中だったからだ。

伯爵家の使用人たちは、驚いた表情でキクを迎え入れ、すぐに彼女を浴室に案内した。温かい湯に浸かると、キクの体からは汚れが落ち、痣だらけの体が露わになった。使用人たちはその痩せこけた体と、無数の痣を見て驚き、言葉を失った。


「なんて酷い…。どうしてこんなことを…。」


何も言わないキクを見て、使用人たちはただ黙々と彼女の体を洗い、綺麗な服を用意してくれた。それは、彼女が今まで着たこともないような上等なドレスだった。


その後、彼女は客間に通された。そこには伯爵が待っており、彼女の痩せこけた体を見つめながら深く息を吐いた。


「君の名前は?」

「…キク。」


しばらく無言でいたキクが、かすれた声で答えた。彼女の心はまだ閉ざされたままだが、この場所で自分が安全だと感じ始めていた。


「キクか。いい名前だ。私はオスカー・フォン・ウィンザーベル。この家の伯爵だ。君がどのような事情があるかはわからないが、安心していい。君を守ることを約束する。」


オスカー伯爵の言葉に、キクは戸惑いながらも、少しだけ肩の力が抜けた。これまで誰にも助けられず、ただ恐怖の中で生きてきた彼女にとって、誰かが自分を守ると言ってくれることが、どれほど大きな意味を持つのか、まだ理解しきれていなかった。

しかし、それは確かに、彼女にとって新たな始まりだった。

キクがウィンザーベル家に来て数日が過ぎたある日、部屋の窓から空を見ていると、突然背後から誰かに声をかけられた。


「ねえ、あなたがキク?」


驚いて振り返ると、そこには同じくらいの年齢の少女が立っていた。彼女は華やかなドレスに身を包み、くるくるとした栗色の髪を揺らしている。


「私、マリー。ここの長女なの!あなた、私のお父様に助けられたんだってね?」


彼女は興味津々といった様子でキクを見つめていた。キクはどう答えるべきか迷ったが、ただ頷くことしかできなかった。すると、マリーは突然満面の笑顔を浮かべた。


「じゃあ、今日からあなたは私の側付きよ!一緒に遊びましょう!」

「え…?」


突然の宣言に戸惑うキクをよそに、マリーは彼女の手を取り、屋敷の中を駆け出した。

マリーはいたずら好きで、明るく元気な少女だった。彼女は毎日のようにキクを連れ出しては、庭や屋敷の中で次々と遊びを提案してきた。最初こそキクは戸惑っていたが、マリーの無邪気な笑顔と明るい性格に、次第に心を開いていく自分に気づいた。


「キク、もっと笑ってもいいのよ!」


マリーはいつもそう言って、キクを笑顔にしようと必死だった。キクは感情を表に出すことが苦手で、特に笑うことが苦痛だった。だが、マリーの前では少しずつ変わっていく。

月日が経つにつれ、キクはウィンザーベル家での生活に慣れていった。オスカー伯爵は優しく、彼女に過度な干渉をせず、ただ見守っていた。

マリーが、キクと一緒に居ることで走りまわったりいたずらが減った。そして、一緒に授業受けさせたところキクは高等教育を受けており、マリーが最後まで授業を受けられるようになった。

伯爵は、身分が分からないが本格的にキクをマリーの側付きすることを考えている。

使用人たちもマリーのいたずらが減り彼女に対して好意を持ち、側付きの教育に協力してくれている。

何よりもキクにとって大きかったのは、マリーとの絆だった。太陽のように明るいマリーは、キクの毎日に少しずつ色を与えてくれた。

ある日、庭で花を摘んでいたキクにマリーが声をかけた。


「キク、今日も一緒にお茶会をしよう!」

「…はい。」


以前なら「はい」と返事をすることすらできなかった自分が、今は少しずつ返事をすることができるようになっていた。マリーが何気なく握る手は温かく、彼女の笑顔は、キクにとって救いだった。


マリーの側付きとして、そして友人として、キクはこの家で新たな居場所を見つけ始めていた。過去の痛みや苦しみが完全に消えることはなかったが、ここでの生活は確かに彼女に新たな意味を与えていた。


「ここが、私の新しい家だ。」


キクはそう思いながら、少しずつではあるが、新しい人生を歩み始めていた。

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