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 天王寺駅から徒歩五分、予備校の入ったビルがある。

 月曜日は二コマある。終わるのは九時過ぎ。

 今日やった内容を思い返しつつ、駅に向かう。夜の天王寺は治安が悪い。駅までの短い道のりでも酔っ払いや、ケバケバしいギャル、奇声をあげて叫ぶ人間がちらほら。あの叫び声なんなんだろ。薬でもやってんのかな。怖すぎる。

 考え事をしていると前から歩いてくる人にぶつかった。

「あ、すいません」

「すいませんじゃねえよ」

 ドスの効いた声、咄嗟に顔をあげると、ガラが悪そうなお兄さん三人組。

 一歩下がると、鞄を掴まれた。暗がりに引き込まれる。

「逃げんなって」

 わずかに奥まった路地に放り投げられた。通りから5メートルも離れていないのに別世界に入ったような感覚に陥る。

 怖い、声が出ない、震えてる、それを冷静に見ている自分がいるのに体はちっとも動かなくて頭ばっかり空回りして男は近づいてきてもう目の前にいるのに泣くこともできなくて。

 顔をあげると、目があった。理性的な人間の目じゃない。普段関わる人間とは別種の存在。

 手を地面をかいて後ろに下がる。けど、それが目いっぱいの抵抗だった。

 男がさらに一歩踏み出した。


「あ、やっぱり須田くんだ」


 聞き馴染んだ声。通りからだれかやってくる。逆光になっているせいで見えないが、シルエットだけでわかった。

「あ、……あ」

 まだ口は動いてくれない。藤堂は俺の姿を見ると、ぎろりと男三人を睨みつける。

「なにやってんの?」

 底冷えのする声。いつもとはまったく違う、知らない世界に生きる知らない人間。

「なにって別に。てか、お姉さんこいつの知り合い?」

「消えて。目ざわり」

「そんなこと言うなって。今ひま? ちょっと向こうで」

 言いながら、藤堂の腕に手を伸ばす。藤堂はそれをよけると、男の頬にビンタした。

 男は凶悪な笑みを浮かべる。

「いってえな!」

 お返しとばかり、藤堂の頬に平手打ちしようとした。大振りの攻撃はあっさりとかわされる。

 男が吹っ飛んだ。顔をねじらせ、壁に激突する。

 藤堂がよけるのと同時に殴ったのだと気づくのに数秒かかった。まったく見えなかった。

「このアマ!」

 もうひとりが殴りかかる。今度はまっすぐに藤堂の顔を狙うが、藤堂は上半身を前に倒してそれをかわす。すかさず男の顎にアッパーを入れた。よろめいたところへ追い打ちの蹴りが金的をうつ。

「ほおおおお!!??」

 男は悲鳴をあげてくずおれた。藤堂は最後に残った男と距離を詰める。相手が身構えるより早く目をはたいた。男の動きがとまる。その隙に顎へフックを入れた。シュッと鋭い音が鳴り、男は倒れた。見た目はダメージを追っていないのに焦点が合わず、遠くを見ている。

 藤堂がやってくる。手を差しのべてきた。

「大丈夫?」

「……大丈夫」

「ここいると危ないから、駅まで一緒に行こっか」

 藤堂に腕を引かれるがまま、駅へ向かう。明るい場所に出るとだんだん落ち着いてきた。

「なあ、なんで来なかったんだよ、昨日」

「えー、それ聞いちゃう?」

「そりゃそうだろ。契約違反だ」

「でも、嫌いなんでしょ」

「恋愛がな。けど、言葉通りに動かないやつはもっと嫌いだ。三十分ファミレスの前で待ったんだぞ。クソ暑い中、店員から不審者扱いされて」

「え、義理堅」

「口約束も契約として効力を持つって民法でうたわれてるだろ」

「それはごめん。……けど、振られたあと顔合わすって、気まずいでしょ」

「そうだろうけど、事前に一言いえよ。言っとくけど俺はコミュ障だからな、空気読めないぞ。言葉で明示してくれなきゃわからん」

「自信満々に言う、それ?」

「お前相手に遠慮しても主導権握られるだけだからな。いい加減学んだ」

「じゃあ、言うけど。……私と会うの、嫌じゃないの?」

「基本的には嫌だが部分的には嫌じゃなかったこともある」

「お金あげることとか?」

「そうだな。あと、俺は水族館は好きだ。前日寝なかったのは後悔してる。勉強だって二人ですること自体は必ずしもダメじゃないとは思った。休憩時間を決めてたらその間雑談してるといい気分転換になって集中力が持続する。ぐだぐだしゃべり続けるのは嫌いだけどな」

 言い切ると、藤堂は苦笑する。

「めんどくさいね、須田くんって」

「今更気づいたか」

 そう、俺はすごくめんどくさい。あれだけ嫌われようとしてたのに、いざ約束をすっぽかされるとイライラするくらいにはめんどくさい。

「ねえ、晩御飯食べない? おごるから」

「餌付けの一環か?」

「そう。よくわかってるじゃん」

 藤堂が歩き出したので隣に行く。

「……なんで、こう、あれだ。付き合うとか、思ったんだよ」

「生意気なところがむしろかわいい」

「変な奴」

「そっちこそ。めんどくさいやつ」

 藤堂は行く店を決めたらしい、足取りから迷いがなくなる。

「ねえ、私たちって知り合いなの?」

「知らねえ」

「じゃあ、友達?」

「……前にも言ったろ。友達だの知り合いだのの言葉に一般論はないって」

「個々の事例と個々人の解釈だっけ?」

「そうだよ」

「ふーん、なるほど。じゃあ、私で勝手に解釈しとくけど」

「勝手にしろ」

「うん、勝手にする」

 言って、藤堂は嬉しそうに笑った。

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