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大阪で水族館といえば海遊館だ。ていうかそれしか知らない。
遊び慣れた陽キャなら別の場所知ってるのかなと思ったが、藤堂が指定したのも海遊館だった。
「水族館もはじめて?」
大阪港駅から降りて入口まで歩く道、藤堂が話しかけてくる。
「いや、ばあちゃんと来たことある」
「あ、こっちははじめてじゃないんだ。なんか残念」
「なんでだよ。俺が外出してるとそんなに変か」
「違う違う、そうじゃなくて。映画館は私がはじめてだったから。なんか、先越された感じでちょっと悔しい」
「もうひとりのばあちゃんがまったく同じこと言ってたな」
「え、私おばあちゃんなの?」
藤堂は自分のことを指して笑うも、俺は若干引いていた。こいつ、たまに所有欲みたいなものを見せるので怖い。最初は思春期男子特有の自意識過剰かと思ったが、今の発言はあからさま過ぎる。普通に怖い。
あくびが出たせいで思考が中断される。
「どうしたの? 寝不足?」
「いや、まあ、ちょっとな」
「なにー? ゲームでもしてた?」
「寝る前にちょっと数学やろうかなって思ったら、なんか、ノってきて」
「数学でノる……」
「勢いあるうちはやろうと思って、気づいたら朝だった」
「一睡もしてないじゃん!?」
「いや、一時間だけ寝て、電車でも寝てた」
「大丈夫? そういやたしかに隈あるね」
藤堂がじっと覗き込んで来る。思わず目をそらした。あんま近づかないで欲しい。心臓に悪い。
「体調管理は気を付けてね? 早死にするよ?」
「ああ、そうする」
頷き、目をこすった。
藤堂はなぜか感動したかのように、目を見開いていた。
「須田くんが……素直だ!」
「は?」
「いつもならこういうこと言うと『は? 睡眠の匙加減くらい調整してる。俺以下の知能のやつが俺の心配すんじゃねえ』とか言うのに!」
俺ってそんなだっけ? けっこう最低じゃね?
「返事考えるのもめんどくさいんだよ」
「お、これはちょっといつもっぽい!」
何が面白いのか、藤堂はきゃっきゃと笑う。
軽口を叩いてるうちに到着。藤堂はネットで予約していたらしく、スムーズに入場できた。
だがゆっくり魚を眺める気分にはなれなかった。眠気のせいだ。日光にあたってるうちに体内時計がリセットされるかと思っていたのだが、むしろ時間がたつにつれ睡魔は強くなっていく。
「須田くん、大丈夫? ふらふらしてるけど」
「ん、ああ。まあ、たぶん」
「いつものキレがない。ちょっとさみしい」
こいつ、罵倒されたいんか。次から思いつく悪口ぜんぶ口にしてやろうかな。
結局、水族館はまったく楽しめなかった。こればっかりは俺も残念だ。今度ひとりで来よう。
「電車乗っちゃえば寝れるから」
駅に向かう道でそう言われた。だが今日は日曜、帰りの電車は混んでいた。当然、椅子も空いていない。
ドアの隣の壁に背を預ける。すると藤堂が向かいに立ち、俺の顔の後ろに手をついた。藤堂が壁となったことで人混みから遮断される。それはありがたいのだが、代わりに藤堂の顔が目の前にあった。
……せめてブスだったらなあ。意識せずに済むのに。それかいっそ男。
「着いたら起こすから、目つぶってていいよ」
「……音でわかる」
だが提案はありがたい。目をつぶると、ふっと暗闇に飲まれた。
ぺちぺち頬を叩かれる。払いのけてもまたぺちぺち。
んだよ、うっせえな。
目を開けると、やたら綺麗な顔が目の前にあった。
「うわっ、びっくりした」
「おはよ。めっちゃ寝てたね」
気づけば大変な格好で寝ていた。身をくねらせて壁と手すりの間にはまり込み、もて余した頭は藤堂の腕にのっけている。
「……すまん」
「いいよ、別に。寝れた?」
頷くと、藤堂は「よかった」と笑う。
「せっかく来たのに残念だったね」
「それはそうだな」
「ところでお願いなんだけどさ、期末では赤点出すなって言われたんだよね」
「そうか。勝手にがんばれ」
「で、もちろんそんなの無理じゃん。だから勉強教えてくんない? 日曜だけでいいからさ」
さすがにそれは嫌だ。睨みつける。
「あー、腕疲れたなー。人の頭って重いなー。これはもう何かで埋め合わせてもらうしかないなー」
「だからって期末までめんどう見ろってか? 釣り合ってない」
「いいじゃん。この前みたいに、基本的にはひとりでやってわかんないとこだけ聞くから。それ以外の時間は自分の勉強してて大丈夫だよ。もちろん、バイト代も出すしさ」
言われ、財布の中身に思いを馳せる。以前もらったバイト代はまだ使い切っていないが、こいつのせいで例年よりも出費が嵩んでいる。このペースで外出に突き合わされれば赤字は確定。ならば最低限の被害に抑えつつ経済面では有利の取れるこの申し出を受けるべきではないか。
「本も、読み終わったら次の買ったげる」
こいつ、どうやら有効な餌が何か学んできたようだ。
餌付けされてるみたいでいやだなあ……。