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 日曜日、待ち合わせ時間ぴったりに着く。藤堂は先についており、ガラス張りになった壁の前にあるベンチに座って携帯をいじっていた。

「よう」

 声をかけると振り向く。

「よ。時間ぴったりだね」

「そりゃな」

 早く用事を済ませて帰りたい。さっさと行けと顎で示す。藤堂は素直に立ち上がった。

「とりあえずお腹空いたから、なんか食べようか」

「いや待て。映画だろ。百歩譲って食べるにしても見終わったあとにしろよ」

「見てる途中にお腹すいたら集中できないでしょ。これだから映画館素人は」

「こんなことで玄人ぶるなよ……」

「いいから、おいしいとこ知ってるから」

 ぐいぐい手を引かれる。いちいち抵抗するのも面倒になってきた。そもそも映画の誘いに乗った時点で負けてるんだ。今日はこいつの言うことに従ってやろう。

 抵抗を緩めると、その隙を逃さず藤堂は力を込め、隣に立たせる。

「……逃げないでよ?」

「野生動物じゃねえんだから」

 藤堂はそれで納得したらしく、ようやく手を離した。……手首いてえ、どんな握力してんだよ、ゴリラめ。

 喫茶店に入り注文を済ませると、藤堂はスマホをいじって映画館の情報を出す。

「ねえ、どれ見る?」

「恋愛ものじゃなければなんでもいい」

「恋愛もの嫌いなんだ。っぽい!」

「ああ。ゲボ吐きそうになる」

「そんなに!? ちなみに普段どんな映画見るの? やっぱバトル系?」

「わかりやすい話」

「よかった。小難しいの指定されたらどうしようかと思った」

「映像作品くらい脳のスイッチ切って見てえよ」

「ちなみに好きな作品は?」

「…………スパルタンX」

「なにそれ?」

「カンフー映画」

「かん、…カンフかー……カンフーパンダしかわかんない」

「ああ、あれはよかったな」

「だよね! 私も好き! シーフー老師かわいいよね!」

「俺は花火の人が好きだけど」

 人じゃなくてクジャクか。

「続編ってあるのかな。あ、4やってる! って、いや、ぎりぎりまだやってないか。じゃあどうしよ。他には?」

「逆に今何やってんだよ」

「んー、バトル、っていうかアクションだとマッドマックスとか?」

「知らんな」

「これ」

 スマホを差し出してくる。見ると、その映画の説明が表示されていた。

「自分で見てみる?」

 スマホを差し出された。受け取ると画面が勝手に変わった。なんでだ? 持ち主じゃない人間が触ったから?

 フリーズしていると、藤堂が「あ」と声をあげる。

「ごめんごめん、持ってないんだったね。貸して」

 渡すと、テーブルの中央に置いて操作の説明をはじめる。

「画面をタッチすると動くの。今、受け取ったときに戻るボタン押しちゃってたみたい。この矢印みたいなやつが戻るで、逆の矢印もどきが進む。あとは適当に指でしゅってやったりしたらなんとかなるから」

「……これが現代文明か」

「スマホに触った異世界人みたいだね」

「異世界……ニライカナイみたいなやつか?」

「なにそれ?」

「仏教で海の彼方にあるってされてる異世界。補陀落渡海で行けるやつ」

「仏教でも異世界ってあるの? ていうか行けるの?」

「異世界といえば仏教だろ。まあ、神話や宗教全般に詳しいわけじゃないが」

「逆に仏教は知ってるんだ」

「知ってるってほどじゃない。集中してやったのは真言密教だけだ。小乗はほとんど知らんしな」

「ごめん。一ミリも理解できない。そもそもなんで仏教? 家がお寺だったり?」

「家は一般家庭だ。……ただ、まあ、母親がちょっと信心深い人間でな。すぐにお払いとかそういうことするんだよ。だから」

 と、そこで言葉をとめる。つい言いすぎてしまった。口が軽くなってるな。気を付けないと。

「お母さんのために勉強したってこと? めっちゃいい子じゃん」

 笑顔を向けられ、目をそらした。

 そんなんじゃない。あまりに鬱陶しかったから、反論できる知識をつけようとしただけだ。もっとも、論理的な思考力を持たない人間に反論なんて意味なかったが、当時の俺はそんなこともわかってなかった。知識をつけた上で丁寧に説明すれば相互理解は得られると、なんの疑問もなく思い込んでいた。

 そんなわけはない。人と人とは見えている世界が違う。思考回路が異なる人間同士がいくら言葉を重ねても、違うということが強調されるだけ。最後にはヒステリーを起こされて、泣きわめかれて、何度も何度もたたかれて……おしまい。

 ヒステリー持ちは適当になだめておくしかない。触らぬ神に祟りなし。宗教を学んで役に立ったのはその金言だけだ。

「おーい、須田くん? 大丈夫?」

 藤堂が目の前で手を振ってくる。

「……うぜえ」

「あ、よかった。目あけながら寝てるのかと思った」

「んなイルカみたいなことできねえよ」

「イルカって目あけたまま寝るの!?」

「イルカは片目だけつぶって寝る。右脳と左脳が両方寝ると息継ぎできなくなるから、交互に休めるんだ」

「へー、すっご」

 会ってから一番のリアクションされた。映画館じゃなくて水族館のほうがよかったんじゃね? それなら俺も行きてえし。

 携帯を返すと、藤堂は画面をいじる。ふと指をとめ、上目遣いでこっちを見てきた。なぜか頬を染めている。

「えーっと、須田くんって、恋愛はダメなんだよね?」

「ああ」

「……それってさ、あれかな、普通の恋愛がダメってこと?」

「普通じゃない恋愛ってなんだ? ベルリンの壁と結婚するみたいな話か?」

「そんな人いるの!? ……って、違う違う。須田くんと話してるとびっくりネタが多すぎるね」

 お前が無知なだけだ。

「えーっと、普通じゃないってのはつまり……あの、女の子同士、とかいける口?」

「新天地すぎて想像がつかん」

「あー、はは。そっかそっか。そうだよね。スマホなかったらそういう文化とかも入ってこないよね」

 たははーと笑いながら、藤堂は自分の顔を仰ぐ。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。

 紅茶をすすると、藤堂が目の前に画面を突き付けた。

「これ、どう!?」

 アイドルマスターシャイニーカラーズ 2nd season

「セカンドシーズンって書いてるけど?」

「大丈夫! 解説するから!!」

「……ああ、もうなんでもいいわ」

 こいつさては語りたいだけでは?

 と思ったのだが映画がはじまると静かなもんだった。なんかやたら熱狂してる。かと思ったら泣きそうになったり呆然としながらキャラの名前つぶやいたり、情緒豊かなやつだ。

 話自体はまあ、わかりやすくはあった。前作見てないない俺でもなんとなくわかったし。

 映画館を出ると、なにはともあれ昼食だとレストランに連れていかれる。こいつどんだけ食うんだよ。もうばあさまにもらったお年玉が心許ない。まだ今年半分しか終わってないのに。

 藤堂はテーブルにつくや身を乗り出して聞いてくる。

「ねえ、だれがよかった!?」

「だれか……」

 がんばって思い出そうとする。ストーリーはなんとなく理解できたがキャラ名はほとんど覚えられなかった。

「私は冬優子のpやってるんだけど」

 これあれだ、質問と見せかけて自分が言いたいだけだ。

 俺の予想はあたり、藤堂は「冬優子」なる人物がいかにかわいいかについて長々と語る。下手に対話を試みられるよりこっちの方が楽だ。適当に相槌うってるだけでいいし。

「……いやー、やっぱ大スクリーンで見る推しは最高だね」

「そうか、よかったな」

「うん。須田くんもpにならない? って、携帯ないのか。買ったほうがいいよ。そしてpになろう。アイドル育てよう」

「丁重に辞退させていただく」

 俺が食べ終わっても、藤堂はまだ半分以上残っている。そりゃあんだけしゃべってたらな。

 藤堂はさすがに焦ったのか食べるペースをあげる。だがしゃべるのはやめようとしない。

「それでね、私的には須田くんは透とか好きじゃないかと思うんだよね!」

「いいから、ゆっくり食え。口の中が見えて不快だ」

 言うと、藤堂は「失礼」と呟いて口元を押さえる。

 そのあと、30分以上語られた。キレそう。

 最初こそがんばって聞いていたが、だんだん受け答えも雑になってくる。最後にはほとんど聞かずに口だけ動かしていた。

「でもやっぱ円香のほうがいいかも。この子、どう?」

「ああ、いいんじゃねえの」

「そういやぼざろもやってるんだよねー。総集編だからこっちにすればよかったかも」

「ああ、そうだな」

「ていうかトラペジウム見ればよかった! 今度見よーっと」

「ああ」

「ていうか次どこ行きたい?」

「あー、水族館」

「おっけ! じゃあ来週ね!」

「ああ。……ん?」

 聞き返すと、ちょうど食べ終わるところだった。藤堂は手を合わせると立ち上がる。

「じゃ、お会計行こうか」

「いや待て。来週?」

「うん。え、水族館行きたいんだよね? ほかのとこがいい?」

「いや、そういうわけじゃないが」

「じゃあ決まりね」

 にっこり笑顔を向けられる。今から断ろうとすると絶対にめんどくさい。だが来週もまたつぶれるのか? 勉強したいんだが。

 どうすれば反対されることなく断れるのか考えているうちにレジにつく。金を出そうとすると、藤堂は「お礼で誘ったから!」とおごってくれた。余計断りにくい。

 結局、最後まで断るための口実は思いつかなかった。

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