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 翌日、教室でぼんやりしていると机の前にだれか来た。顔をあげると、藤堂が立っていた。

「よっ」

 周囲の様子をうかがった。何人かがこちらを見ている。他の連中も気にはしているようだ。他の学年の生徒が来たら注目されるのは当たり前だろう。しかもこの女、頭は悪いが見てくれは反比例している。

「おーい、聞いてる? スリープ?」

「ちっ……」

「舌打ちされた!?」

 藤堂は大げさに驚く。

 ここで話すのはマズイ。黙って席を立ち、教室を出た。藤堂は後ろからついてくる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 無視して歩き続ける。人気がいないところまで行くと振り返った。

「なんでクラスわかった」

「先生に聞いたらすぐ教えてくれた。頭がよくて、目つきと愛想と口が悪い一年の男子生徒知りませんかって」

 胸を張り、なぜか勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「須田透くん。かわいい名前じゃん」

「……なんの用だ」

 問うと、藤堂は両手を合わせて頭を下げた。

「今日もお願い!」

「昨日全部やったろうが」

「知ってる? 補修って一日じゃ終わらないんだよ」

「そうか。がんばれ」

 帰ろうとすると、手をつかまれた。

「……なんだよ」

「ちゃんとお金払うから!」

 なんか嫌だな、この会話。

「同じクラスのやつにでも頼めよ。なんで俺」

「いやー、それは、なんていうかさ……キャラ? みたいなのあるじゃん」

「意味が分からん」

「私って運動とかは得意なんだけどさ。勉強はしてない系っていうか。急に真面目な雰囲気出すの恥ずかしいんだよね」

「そうか。ならこの機会にイメチェンしろ」

「簡単に言わないでよー。お願い! 今日もおごるから」

 頭を下げられる。めんどくせえ……。なんでこんなのに付きまとわれる羽目になったんだ。

 原因はすぐに思い出した。俺が勝手にこいつのプリントやったからだ。

 舌打ちし、がりがりと頭をかく。

「じゃあ、わからんとこだけ教えてやる。基本的には自分で解け」

「勉強教えてくれるってこと?」

「その認識でいい。ただし、今日までだ。明日は予備校だし、テスト期間も終わったからそっちで忙しくなる。人の面倒見てる余裕はない」

「やったー! ありがと!」

 手を掴んでぶんぶん振ってくる。犬みたいなやつだ。保健所に通報してやろうかな。

「教えてるとき以外は本読んでるから」

「うん、どうぞどうぞ」

「校門の前に本屋がある」

「……買わせていただきます」

「よし」

 これならバイト代としては十分だ。


 放課後、藤堂の補修が終わる時間を見計らって図書室から出た。先に本屋に着き、しばらくすると藤堂が来る。

「早いね!」

 元気よく声をかけられるが、返す言葉が見つからず、わざわざ返事をしてやる義理もないかと思って視線を向けるにとどめた。

「須田くんって、どんな本読むの?」

「なんでも読む。まあ、せっかく買うんだし、何度も読み返せるやつかな」

「普段は買わないの? 意外」

 意外って、お前が俺の何を知ってるんだ。

 突っ込むのも面倒なので物色に戻る。何度も読み返せる、つまり何度読んでも理解しきれないものがいい。となると、哲学か。気に入ったタイトルを選んで藤堂に渡した。

「これね! 買って来る!」

 藤堂はぱたぱたと足音を鳴らしてレジに向かう。すぐに紙袋を持って戻って来た。手を伸ばすと、なぜかはにかむ。

「ほい、プレゼント」

「言い方がキモいな」

「買ってあげたのに!?」

 それもそうだ。

「ああ、すまんすまん。どうもありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 プレゼントじゃなくてバイト代の現物支給だから、これ。

 自分に言い聞かせ、本を受け取る。プレゼントと言うと嫌な感じだ。人の感情が自分の中に入り込んでくるような、踏み込まれたくない領域を侵食されるような嫌悪感。まあ、藤堂と会うのも今日で最後だ。本人との関係が切れればこの不快感もきえるだろう。

 昨日と同じ喫茶店に入る。紅茶とケーキを注文した。藤堂もコーヒーとケーキとサンドイッチを食べる。

「お前は勉強しに来たんじゃないのか?」

「まずは腹ごしらえでしょ!」

「……食いながらでも片手は使えるよな?」

 言うと、藤堂はきょとんと首をかしげる。

「行儀悪くない?」

「なんでここだけ育ちの良さ出すんだよ」

「いやー、私お嬢様だからさー」

 言って、お嬢様らしからぬ豪快な笑い声をあげる。こういう適当なところが学問と相性悪いんだろうな。シャーロック・ホームズが女を嫌う理由の一端を垣間見た気がする。

 料理が運ばれてくる間、藤堂はなにくれとなく話しかけてくる。鬱陶しいことこの上ないが、勉強がはじまれば静かになるだろう。それまでの我慢だ。

 注文したものをすべて平らげ、ようやくはじめるのかと思ったらコーヒー飲んでくつろぎはじめた。

「……お前、なにしに来たんだ?」

「え、課題だけど?」

「そうか。やれ」

 強い口調で言うと、藤堂はしぶしぶプリントを広げる。

「なんか、ほんとに先生みたい」

「無駄口叩くだけなら帰るけど」

「わあ、ごめんごめん、ちゃんとやるから!」

 藤堂がペンを握ったのを見て、俺も本を開く。ようやく人心地ついた。それからは静かな時間が流れる。

「せんせー、わかりません」

「なにが」

「これ。ていうか数列の存在の意味がわからない」

「あったほうが便利だから」

 軽口に付き合う気はない。ヒントになることだけプリントに書いて読書に戻る。

「あ、あー。え、いや、わからん。……わからんけど、えーっと、んー??」

 二時間以上かかり、ようやく課題を追える。外はもう真っ暗。会計を任せて先に出る。

 駅に向かうと、藤堂も小走りで追いついてきた。同じ電車に乗る。

「やー。こんな頭使ったのはじめてかも。逆に頭悪くなりそう」

「心配すんな。もう十分悪いから」

「ありがとー。……って、ん?」

 藤堂は怪訝な目を向けてきた。まちがったことは言ってないぞ。

「まあいいか。須田くんって、予備校いつあるの?」

「月、水、土」

「えー、めっちゃ行くじゃん。いつ遊ぶの?」

「自習室で」

「自習室で遊ぶの!?」

「そうだな。学校には関係ないジャンルの勉強したりするな」

「それは遊びじゃなくない?」

「遊びだろ。楽しむことを目的にした行動なんだから」

「えー、それはどうだろ。んー? あ、じゃあさ。日曜どっか遊び行かない? 教えてくれたお礼。私が遊びってのがどんなのか教えてあげよう」

「いやだけど」

「いやなの!?」

「いやだろ。そもそも遊ぶって何するんだよ」

「んー、映画見たり、ご飯食べたり?」

「家でできるな」

「そうだけど! そうじゃないの。映画館で見るからいいの」

「具体的に何がいいんだよ」

「音、とか? あと、画面でかい」

「だとしても高いし移動もめんどい。コスパ悪すぎだろ」

「それに見合う迫力あるんだって! 須田くんって、映画嫌い?」

「嫌いになるほどの関心がそもそもない」

「一番悲しいやつだ!? ……一応聞くけど、映画館、行ったことある?」

「ないな」

「ないのかよ! ただの食わず嫌いじゃん!」

 そう言われると俺が悪いみたいだな。

「よし、じゃあ検証しよう。ほんとに映画館は悪いものかどうか」

「検証ねえ……」

「うん。食べないものの悪口言うのってよくないと思う」

「まあ、それはたしかに」

「じゃあ決まりね! 待ち合わせ場所どうしようかなー。梅田駅わかる?」

 頷いた。

「それはわかるんだ。てっきり行ったことないのかと」

「でけえジュンク堂あるから」

「ジュンク堂?」

「本屋」

「なるほど。じゃあ改札出たとこ、十時でいい?」

「もうなんでもいいよ」

「じゃあ決まりー」

 こうして、俺の日曜はつぶれることになった。

 ……どうしてだ?

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