106・うなぎ料理と美少年 第326話 うなぎ尽くしで精をつけろ
「あっ、なんか見たことないシェフがうなぎ料理を作ってる」
「おう、あいつ、見どころがあるやつなんだ。まだ若いが、メインのシェフを任せてる。若い分だけ変な手癖がなくて、俺の技を覚えやすいんだな」
「ほほー。一見して、うなぎの内蔵を使っているように見えるが……まさかあれは……」
「そうだ。俺もどういうものになるのか予想ができん。基本の味はシンプルな塩のスープなんだろうがな。だが、うなぎの肝を使ったらどうなるのか? 誰も試したことはないだろうよ」
これは……今まさに肝吸いが生まれようとしている!!
他にも、ギルボウの店に所属するシェフがちょこちょこやって来て、僕に挨拶していく。
なんだなんだ。
「若手を育ててるんだよ。俺は自分一人だけでも平気だったんだが、この美食ってやつを扱えるシェフはちょいと少ねえ。だから、若くて見込みのあるやつを集めて使ってるんだ。技は教えてるぜ? 目利きのやり方と、料理を作り出す発想方法をだな」
「本格的ぃ」
「まあな」
「あらあら、もう大盛況なのね。私が混ざってしまって本当にいいの?」
「待ってたぜ!」
ギルボウが勢いよく立ち上がった。
なんと、ドロテアさんがいらっしゃっているではないか。
いつの間に用意されていたのか、彼女の分のうな重も供された。
「あら美味しい! ギルボウさんは本当に料理の天才ね……!」
「毎度、ご贔屓いただいてありがとうございます、奥さん」
ニコニコするギルボウ。
お前、ドロテアさんが好きだな!?
相手はあのギルマスの奥さんぞ?
まあ、あと十年もすればギルマスは寿命で死ぬ気がするが。
ギルボウは年齢が良く分からないが、こいつは多分若い。
初めて会ったときはおっさんだと思ったが、付き合う内にだんだん、若さから来るバイタリティみたいなのが分かるようになってくるのだ。
この男はやってしまうかも知れないな……!
それはそれで全然良い……。
それだけの価値がある男だと思うのだ。
「知識神のレシピから、うざくでございます」
「うひょー!」
僕の思考は雲散霧消したぞ!
異世界でうざくが食べられるとは!!
うざくというのは、本来はきゅうりとうなぎの酢の物である。
蒲焼に、よく冷えたきゅうりの漬物を合わせる。
甘さと酸っぱさ、熱々とヒエヒエのコントラストを楽しむものなのだ。
この複雑な美味さに、あちこちで驚きの声があがる。
そりゃあそうだろう。
こんなもの、パルメディアのどこを見回しても存在しない。
熱いものに冷たいものを合わせ、柔らかな肉にパリパリの漬物を合わせる。
甘さに酸味、茶色に緑。
一つだけの要素ならば他の料理にもあった。
だが、全てを併せ持つものは、異世界パルメディアにおいて、うざくただ一つだけと言えよう。
さらにここに肝吸いがやってきた。
順番がめちゃくちゃである!
だが、これでいいのだ。
下魚とされてきたうなぎが持つ、凄まじいポテンシャル。
その前で、この世界の人々は今パニック状態に陥っているからだ。
うなぎとハーブの天ぷらに、白焼きにわさびっぽいハーブ。
うなぎと卵を一緒に焼いたもの……。
うなぎ尽くしだ!
こりゃあとんでもないぞ。
この場にいる全員、精がついてしまう!
「うーん美味しい」
リップルがパクパク食べ続けている。
心無しか、いつもよりも肌がつやつやしていないか?
魔法使いは栄養の吸収が早いのか!?
「ナザル、君がつやつやして見えるぞ。油が外に出てないか?」
「えっ! 僕まで!? 油はコントロールしているはずだが……」
まさか、うなぎの持つ栄養素が僕の精力を大いに拡大させているとでも言うのか!
うなぎ料理に、ほどよい温度に冷やされた穀物酒が合わされる。
これがまた美味い。
甘口、辛口、微発泡。
料理に合わせて、違った酒がサーブされる。
けしからん!!
食と酒の相乗効果で何杯も美味くなるではないか!
止まらない止まらない。
みんな夢中で食べ続けたのだった。
釣ってきたうなぎは全て、僕らの腹の中に消えた。
三尾くらいしかいなかったんじゃなかったっけ?
「うなぎなら市場にも出回ってるんだよ。後から買ってこさせたぞ。料理次第でこんなにも化けるもんなんだな。これは……しばらくは秘密にしておいて、うちでだけ食える謎の魚にしておいたほうがいいだろう」
にやりと笑うギルボウなのだった。
うーん、策士としての顔も見せてきたな。
こうしてうなぎパーティーは終わった。
シャザクもエリィも、満腹と酔いでニコニコになったまま、馬車で家まで運ばれていったのだった。
あれは第二子を作るために頑張るな。
間違いない。
ビータは、ちょっと飲みすぎたツインを送っていくんだそうだ。
うんうん、護衛としてもビータは超一流だからな。
いいと思う!
そして、かなり飲んだはずなのに全く酔った風でもないドロテアさんは、ギルボウと親しげにお喋りしているのだった。
「よし、じゃあ僕らも帰るか」
「いや、素晴らしい料理でした」
神官氏は大満足のようである。
ハムソンは食べすぎて、お腹をまんまるにしている。
歩けないようなので、神官氏がおぶっていくのだそうだ。
「コゲタとアゲパンはほどほどにしたか?」
「おなかいっぱいよー」
「でもわれらはあるけるくらいにしてます」
「節制出来て偉い」
なお、うちの奥さんはお酒でフラフラになっていた。
肩を貸しながら、自宅まで戻るのである。
「いやあ、別に魔法で酔いを覚ましたっていいんだけどね。でもねえ、なんとも気持ちのいいお酒だったじゃないか。おつまみがあんなに美味しいと、酒も一緒に美味しくなるんだねえー。あはははは、お姉さんは大満足だぞー」
「しっかりしてくれー」
彼女を支えながら、僕はどうにか帰途につくのだった。




