第303話 殿下の御前で相談する
「という訳で生まれました」
「おお、無事に生まれたか! リップルも息災か?」
「魔法を駆使して信じられないほどの超安産を成し遂げたようで、もう普通に歩き回ってますね」
「さすが英雄……」
ちょっと引いている陛下なのだった。
出産は大仕事なので、この世界ではまさに命がけなのだ。
医療が発達していないしな。
一応、慈愛神の助産師さんたちを呼ぶと回復魔法が使えるので、生存率がグッと上がる。
だが、呼ぶための費用というかお布施がかなり高い。
お金持ちは有利だが、そうでない人たちは民間の助産師さんに頼むしか無いので、危険度はあるわけだ。
「……して、家名はどうなった?」
「それは決めました。生まれるまでの間に余裕があったので」
「そなたは剛毅なのか、薄情なのか」
「リップルを心配してもですね……」
「それはそうだな……」
納得してもらえた。
相手がもっと普通の女性なら心配していただろうし、僕の油を使って安産のお手伝いをしたことだろう。
「まあ妻は一人でやってしまいましたんで」
「なんということだ」
「それで家名なんですが」
「おお、そうだった! あまりに衝撃的な話ですっかり忘れてしまっていた」
「家名はですね。僕がコボルド好きなんで、ボルドスキーということに」
「ボルドスキー美食伯家か。なるほど、様になってるではないか。よし、そのように定めておこう」
良かった良かった。
家名は受け入れてもらえたらしい。
「では殿下、うちの息子の名前ですが」
「男児が生まれたのか。美食伯家の世継ぎだな! めでたい。女児でももちろんめでたいが、婿を取るとなるとそなたら夫婦の圧倒的功績の前で竦んでしまうであろうからな」
「そんな先のことまで見通して……。そんなものですかね?」
「アーランを救った英雄と、世界を平和に導いた美食伯の夫婦だぞ。王家に匹敵するわ」
「そこまでですか。じゃあ男の子で良かったんでしょうねえ」
「それはそれで、両親の圧倒的功績の前で苦労しそうではある」
「どちらにせよ大変じゃないですか」
「さて、私はそなたの子が、男児であっても女児であっても大丈夫なように名をずっと考えてあったのだ」
「おおーっ、さすが殿下……!! ではお聞かせ願いたく……」
「うむ、待っているがよい」
よくよく見ると、殿下の前にあるテーブルには二つの巻物があるではないか。
まさか、あれに名前が……!?
「偉大なる英雄と美食伯の間に生まれた命……! 私は考えた。三日三晩考えた。そして出た名が……」
横から執事がサーッとやって来て、巻物を手に取った。
そして僕の前で広げてくれる。
そこに書かれている名前は……。
『カルボナル』
「カルボナル!?」
「そなたが美食の可能性を見せてくれた最初の料理、カルボナーラ。全てはあそこから始まった。私はそなたの子が、新たなる可能性を見せる者になる事を願い、こう名付けたのだ」
「なるほど……!! そう聞くと深みのある名前ですね……。呼び方はカル、とかになるか」
あれっ?
英雄も美食伯も関係なくない?
だがこれを突っ込んだらいけないんだろうな。
今はシャザクもいないし、空気が微妙な感じになったらどうしようもない。
カルボナル・ボルドスキーか。
ボとかルが多い名前だな。
まあいいか!
僕は賜った名前を持ち帰ることにしたのだった。
自宅では、リップルがカルボナルにおっぱいをあげているところだった。
「ほほう」
「なーにを見ているんだナザル? 君も吸いたい口か?」
「あるいは少年期の僕であれば……」
「そうだったのか……。早く言ってくれれば良かったのに」
「なんだって!? 吸わせてくれたのか!?」
「可能性は大いにあった」
「なんてことだ」
「ほわわ」
おっぱいをお腹いっぱい吸ったカルボナルが、謎の声をあげた。
リップルが背中をさすると、げぷっとする。
そしてすぐに、すやすやと寝てしまったのだった。
「剛毅なもんだなあ、カルボナル」
「カルボナル? もしかして、殿下が名付けてくださったのかい?」
「ああ。最初に僕がご馳走したカルボナーラから取ったらしい」
「ははあ、なるほどねえ。君の料理が世界を変え始めた最初の一歩か。いいんじゃないか? とてもいい名前だ。愛称はカルでいいのかな」
「それが可愛くていいだろうね」
うんうんと頷く僕らなのだった。
リップルがカルを赤ちゃんベッドに寝かせた頃に、扉がソローっと開き、静かにコゲタが帰宅してきた。
「ご主人、あかちゃんねてる?」
「今寝たところだぞ。そして赤ちゃんに名前がついた」
「ほんと!?」
思わず大きな声が出て、慌てて口を塞ぐコゲタなのだった。
ははは、かわいいかわいい。
「ほんとー? どういうなまえー?」
「カルボナルだ。略してカル、だな」
「カル。いいなまえー」
コゲタはぴょんぴょん跳ねようとして、ハッとした。
カルを起こさないように、小さく屈伸している。
「そんなに気を使わなくていいんだが……そうだなあ。コゲタはお姉ちゃんになったんだからなあ」
「うん。コゲタね、カルといっぱいあそんであげるの」
「そりゃあいい。たーくさん遊んであげてくれ!」
僕はコゲタをもしゃもしゃ撫でるのだった。
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