第302話 生まれそうなの!?
「家名を考えているんだが」
「ほう、それでずっと家の中をウロウロしていたのかい。私はてっきり、もうすぐ赤ん坊が生まれるから、ナザルも世の中の父親になる男性みたいに落ち着かないのかと思っていたよ」
「生まれそうなの!?」
僕が驚愕すると、リップルが呆れ顔になった。
「そりゃあ、私はその辺りの負担を魔法で軽くしているけれどね。だけど私以外の女性に同じような態度を見せたら、産後に恨まれるぞ~」
「うへえ怖い。申し訳ございませんでした。生まれそう? 何かやることある?」
「ないなあ……。慈愛神の神殿から助産師さんが来るし」
「じゃあ僕の役割はウロウロすることだけじゃないか」
「そうなるね。だからナザルの行動としては正しい」
そんな緊張感のない会話をしていたら、外でポーターと遊んでいたコゲタがバタバタと家に入ってきた。
「ご主人~! リップル~! なんかひときたー!」
「おっ、助産師到着か」
その通りだった。
臨戦態勢みたいな様子のむくつけきおばさんが数名入ってきて、僕の肩をポンと叩いた。
「ご主人はここで待っていておくれ。奥方は私達が寝室で世話をして、見事に赤ん坊を取り上げてみせるからね!!」
「あっ、よろしくお願いします」
凄い迫力だなあ。
彼女たちは、何人もの赤ん坊を取り上げてきた歴戦の助産師なのだ。
素人である僕の出番はなかろう。
せいぜい、油で赤ちゃんの滑りを良くしてスポンっと生まれるようにするくらい……。
だが、リップルなら魔法でなんとかしそうな気もする。
いや、流石にその余裕はないか……?
ちょっと心配ではある。
僕はさっきとは別の意味で部屋の中をウロウロし始めた。
「ごしゅじーん、みんなどうしたのー? あかちゃん?」
「そうだぞ。赤ちゃんが生まれるんだ」
「おー! コゲタあかちゃんすき!」
「うんうん。コゲタのもふもふは道行く赤ちゃんにも喜ばれてるもんな」
コボルドは基本的に子どもたちから人気だし、可愛いので、アーランでは彼らを家族として迎えるブームが来ている。
完全に犬のポジションに収まったな。
なお、この世界には普通に犬もいるのだが……。
愛玩動物ではなく、あくまで狩りや牧羊の番をしてもらう仕事の相棒みたいな役割だ。
そしてこれはコボルドもこなせる。
いわば、コボルドは走行速度以外は犬ができることは全てやれる。
犬が流行らないわけだ。
愛玩犬のポジションにもコボルドが収まってしまったし……。
コボルドは可愛いから仕方ないなあ。
可愛いコボルド。僕は好きだなあ。
コボルド……好き……コボルドを好きか。
「ひらめいた!!」
僕の脳裏に電流が走る~!!
それと同時に、隣の部屋から「ほぎゃー!」という元気な鳴き声が聞こえてきた。
生まれた!!
家名を思いつくと同時に、我が家の赤ちゃんも誕生したのだ。
「生まれたね! おめでとう! リップルお疲れ!」
「ああ、生まれた。これは大変だな。出産は魔法がないと、想像を絶する行為だよ。これをやっている巷の女性は偉いね。私にはとてもできない」
ごく冷静な感じで、ベッドの上にリップルがいる。
助産師のおばさんたちは、ポカーンとしながら、ほぎゃほぎゃ言う赤ちゃんを洗ったり、出産の後を掃除したりしているのだった。
「何をポカーンとなさっているんですかね」
「こ……こんなスルッと生まれたの初めてだよ……」
「そりゃあリップルの魔法が助けになってるからね。予想するに……赤ん坊を縮小して外に出した?」
「残念。流石に新生児に魔法は使えないからね。産道と骨盤を軟体化させつつ、筋力を強化していきんでスポンと行った」
「とんでもない」
「常識を超えてる」「こ、これが英雄」「あたしたちの想像を絶するよ……」
助産師のおばさんたちがすっかり肝をつぶしているではないか。
加減というものを知らないリップルなのだった。
「いや、私一人だと無理だった。赤ん坊を取り上げてくれる人たちは大事だね。出産ダメージを極限まで減らしたが、それでも動けるようになるには一時間くらいかかりそうだ」
「そうかあ……。リップル、ゆっくり休んでいてくれ。後は僕が色々やろう。具体的にはさっき、うろうろしながら家名を考えてきた。コボルド大好きな僕なので、ボルドスキーでどうだろう」
リップルが呆れ顔になった。
「君ってやつはそんな事を考えてたのかあ……」
「リップルなら平気だろうとは思っていたが、ちょっとは心配していた」
「なんだ、心配もしてたのか。なんだなんだ。少年、可愛いところもあるじゃないか」
ニヤニヤするリップルなのだった。
うーむ、ちょっとあの頃のお姉さんみたいな仕草を見せてきたな。
僕はちょっとそういうのに弱いのだ。
「ほぎゃー!」
「あかちゃん!」
おっと!
泣き声とコゲタの指摘で思い出した。
赤ん坊は己の存在を忘れるな! とでも言いたげに、目をぎゅっと閉じたままで元気に泣くのである。
これはエネルギッシュ!
ぶっちゃけ枯れている僕ら夫婦から生まれたのに、こんなに元気なのか。
「男の子だよ。生まれたてなのに凄くパワフル」
ゆるくおくるみに包まれた赤ちゃんを手渡されたので、僕は抱っこしてみた。
おほー、あったかい。
コゲタに負けず劣らずぽかぽかしている。
そして耳は……ハーフエルフではないな。
人間だ。
ハーフエルフからハーフエルフが生まれる確率は、それこそ天文学的な確率だろうし。
「よーしよし我が息子よ。名前は後でデュオス殿下が付けてくれるからなあ」
僕の腕の中で、息子は大変元気に泣いているのだった。
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