第294話 英雄的ハンバーグスパゲッティ
「おおお~! 美しき御婦人~!! みどもの心は高らかに打ち~!! 今まさに彼女のもとへとレッツダーイブ……」
「させんぞ!」
「やめろう!」
ギルボウと僕のアイアンクローが左右からブレッドを捕獲した。
「ウグワーッ!! 頭が! みどもの頭が割れる~!! サテュロスの人生がここで終わってしまう~!!」
サテュロスというのはどうやら結構好色らしいな。
危ない危ない。
リップルに色目を使わなかったのは、普通にリップルが怖かっただけだと思う。
アーラン一有名な英雄だからな。
だが、ドロテアさんを知らぬとはこの男、もぐりだな。
「あらあら、私もまだまだモテるのかしら。自信持っていいのかなー」
「魔性の微笑みだ。あんまりそういうのを旦那以外にやらない方がいいぜ……」
「あらそうかしら?」
ギルボウが本気で苦言を呈する程度には、ドロテアさんはその気になれば男の人生を狂わせる魅力を持っている。
まあブレッドは最初からおかしくなっているので、問題はないだろうが。
手を出したらギルマスが怒り狂うからなあ。
元プラチナ級冒険者を怒らせるなんて、命がいくつあっても足りないぞ。
「ナザル、こいつを大人しくさせておけよ。俺は最後の仕上げに行くからな」
「おう、いってらっしゃい」
ギルボウがのしのしと厨房に向かっていった。
ここはいわゆるVIPルームである。
「いいかブレッド。ドロテアさんに手を出したら、プラチナ級冒険者の下町ギルドマスターが君を消しに来る。いいね?」
「あっ、みども察しましたぞ。この方、もしかして不老の美女ドロテア……」
「その通り……」
僕がこの国にやってくるより前の時代に、現役でぶいぶい言わせていた冒険者がドロテアさんだ。
アーランに住むお年寄りなんかは、彼女の伝説をよく知っているのだ。
それとセットになって、いや、むしろこっちがメインだが、ギルドマスターの英雄伝みたいなのも語られるな。
ブレッドが大人しくなった。
流石に手出ししてはいけない女性というのは分かるのだな。
「みどもが思うに、強い美女が多すぎない……!? あんたの周囲の女性関係はどうなっているんだ?」
「他にもファイブショーナンの女王をやってるセイレーンの人と仲良しだぞ」
「バルバラ陛下じゃないかー!! あんたの周囲の女性怖いよ!」
言われてみるとそうだな……。
強い女しかいない。
「あらあら。私はもう引退して普通のおばさんよ?」
どう見ても二十歳そこそこのドロテアさんがそんな事を言って、ほほほと笑った。
こうして談笑しているところに、いい匂いが漂ってきた。
じゅうじゅうと音がする。
ギルボウがスパゲッティを炒めているのだ!
そして素晴らしい香りが……。
ミートソースを乗せたな?
「待たせたな! これがメインディッシュだ! オードブルはねえ! こういうのがいいんだよ、こういうのが」
ギルボウが実に楽しそうに笑いながら、山盛りのスパゲッティを持った皿を運んできた。
これをドーンとテーブルの中心に置き、めいめいフォークでこれを取り皿に移して食べるのだ。
さらに、自分用に盛ったスパゲッティの上には、ギルボウがでかいハンバーグを乗せてくれる!
「うひょー! 悪魔的!!」
「英雄的っつうんだよこれはよ! まさに明日と戦うためのエネルギーを与えてくれる食事だぜ?」
「ふおおおお、みども、こんな豪快なパスタは見た事がない!! おおーっ! まるで山のよう~! そびえ立つパスタ~! 否々スパゲッティー! 汝はあちこちコゲながらも香ばしく、たっぷり粗挽きミートソースを纏いて頭の上にズドンとどでかいハンバーグ!!」
「韻が踏めなくなってきてるぞブレッド!」
「腹が……腹が減って……!!」
では食べようということになった。
これがまあ、雑に美味い!!
スパゲッティは太く、やや茹ですぎかなくらいだが、それを油でガンガン炒めて焦げ目をつけている。
これだけでも塩味が効いてて食べごたえがあり、美味い。
そこに、粗めのひき肉がゴロゴロ入ったミートソースが!
細切れの野菜も入っていて、それが風味を際立たせている。
太いスパゲッティと合って、美味い!
これだけでもご馳走だ。
だがここに……でかいハンバーグが乗せられている!
厚みもなかなかのものだ。
2センチくらいあるな……?
表面はカリカリに焼かれ、香ばしくざっくりした歯ごたえ。
そして中にはジューシーな肉!
これ、合い挽き肉だな!?
複数の肉を組み合わせ、つなぎには香味野菜を使っている!
うめえーっ。
「あらあらあら、本当に美味しいわ! 太らない体質で本当に良かった! うちの人にも食べさせてあげたいけど、きっと彼は太ってしまうわねえ」
ドロテアさんがニコニコしている。
彼女は完全生物っぽいし、太ったりもしないのね。
だが、美味しいものは美味しい。
味覚は僕らと全く一緒なのだ。
ブレッドはもりもりもりー、ぱくぱくぱくーっと食べて、柑橘類を絞った冷水をグビグビ飲んだ。
「ぶはーっ!! た、た、たまらーん!! みども、これまで様々な美食は経験すれども、これほど本能に訴えかけてくる食事は未経験だーっ!! うまーい!! いや、味だけならもっと美味いものはあったが、こう、量の多さがうまーい!! 初めての体験!! これは歌になる……!!」
「なんでも歌にしようとする辺りは、本当にプロなんだなこいつ」
「ナザル! みどもはあんたについてきて本当に良かった! この分なら、たくさんのネタに出会えそうだ! これからも期待しているからな!」
「期待しなくていいのだが……?」
「いやいやいや、みどもにはわかる~! ナザルはきっと、無意識の内にみどもを未知の世界へといざない、創作意欲を全力でぶん殴ってきてくれると……! ああ、この仕事を引き受けて良かった! 本当に良かったあ!! うまーい!!」
感激するか味わうか、どっちかにしたらどうなんだ!
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