第288話 そして出会った
アーランは今まで見たことがないほど賑やかで、騒がしいところだった。
いや、前世ではこれ以上のものを幾らでも見てきた気がするな。
地方都市の繁華街でももうちょっと大きいか。
いやいや、僕は何を考えているんだ。
前世よ去れ!
冷静な判断ができなくなるだろ!
道行く冒険者を見つけて、話しかけてみる。
「あの」
「おう、なんだい」
ベテランらしい、鱗鎧を身に着けた戦士だった。
腰には封印の施された剣を佩いている。
「変わった見た目だな。異種族……じゃないよな?」
「生まれつきこんな感じなんで」
金色の髪、褐色の肌、緑の瞳。
油を使えるようになってから、僕の姿はこんな風に変わった。
ギフトというやつを身に着けたからだ、神の思し召しだと村ではちょっとありがたがられていたような。
「そうか! アーランは色んなのがいるからな。居心地いいと思うぞ! で、なんだ?」
「ええと、あの、冒険者ギルドってどこですか」
冒険者は冒険者ギルドに集まる。
前世の記憶だ。
役に立つときもあるじゃないか。
「ありがとうございます!」
「おう! 礼を言えるとはお前、育ちのいいガキだろ? ついでにいいこと教えてやる。冒険者はな、成人しないとなれないぜ。お前ならあと……5年ってところか」
「ええええええっ!?」
未成年はなれない!?
そんな、あんまりだ!
だとしたら僕は5年もの間、何をしてご飯を食べればいいのだ。
いやいや、だけどもだ。
冒険者ギルドに行ってみたらヒントはあるかも知れない。
ちょっとした手伝いとか、そういうのをやらせてもらえるかも知れないし……。
向かった先にあったのは、建て替えられたばかりだというピカピカの建造物だった。
三階建てで、側面には梯子がついている。
屋上まで登れるのだ。
村には存在しなかったような大きな建物だ。
前世の記憶の中には、もっと大きいものは幾らでもあった。
だが、記憶の中のそれと今の僕がリアルに目にしたものは、やっぱり衝撃の度合いが違う。
「でかい……!!」
僕が呻くと、扉が開いた。
冒険者のパーティが出てくる。
僕は慌てて避けた。
彼らはこれから冒険に行くんだろう。
胸元に、銅の色をしたバッジを装着していた。
あれが冒険者証だろうか?
恐る恐る、ギルドに足を踏み入れた。
そこには喧騒があった。
賑わいがあった。
行き交う冒険者と、ギルドの職員たち。
壁には幾つもボードが並べられ、そこには次々と依頼が貼られていく。
これを真剣な目で睨んで、これはと思った依頼を剥がしてギルドのカウンターへ持っていくのだ。
冒険者ギルド!
なんというところだろう。
僕の全く知らぬ世界だ。
ここにいる人々は、自ら望んで危険な仕事に向かっていくのだ。
己の命は、己の選択に掛かっている。
仕事の先で名誉を得るか、金を得るか、はたまた何も得られずに死ぬのか!
うーん、いいなあ。
僕もやってみたい。
そうは思ったのだが……。
「駄目です。成人してから来てくださいね」
当たり前のように、受付で断られてしまった。
しゅんとなる僕。
これからどうしたものだろうか。
遺跡の街で一人、あてもなく、途方に暮れることになるのだった……。
そこに、声を掛けてくる人がいる。
「おーい、そこの少年」
「少年?」
冒険者ギルドの一角は、酒場のようになっていた。
年齢の良く分からない男の人がカウンターの奥にいて、グラスを磨いている。
そんな彼の向かいに、女性が座っていた。
一見して若いのだけど、よく見ると年齢がわからない、金髪碧眼の女性だ。
耳が尖っていた。
もしかして、ハーフエルフというやつだろうか。
「少年って、僕のことですか」
「そう、君のことだ少年。君は今、寄る辺をなくし、希望を折られて途方に暮れているな?」
「えっ!?」
僕は仰天した。
今まさに、僕が立たされている状況を見事に言い当てたからだ。
「驚いたかい? 簡単な推理だよ。君のその姿は特別なものだ。とても目立つ。だが私は君を今まで見たことがなかった。ということは、君は外国からやってきたことになる。そして君はダメ元で冒険者になろうとしていた。そのことで、他に選択肢が無い可能性がある。これを合わせて考えると……君は一人でこの国にやってきて、頼れるものも無い中で仕事を得ようとした。どうだい?」
「合ってます……!! す、凄い……!!」
「ふふふ、私は安楽椅子冒険者なんだ。こうして椅子に座っていることで、様々な冒険者たちから相談を待ち、それらを解決してくらしているのさ」
「そ、そんな人がいたなんて……!」
前世で言う探偵みたいなものではないか。
いや、この世界の僕は探偵なんてものは知らないんだけど。
とにかく、眼の前の彼女はすごい人なのだと分かった。
「では少年、どうだろう? 私は今、私の代わりに動き回れる助手を探しているんだが……君がなってみないか?」
「僕が、あなたの助手に……!?」
「そうさ」
ハーフエルフの彼女は目を細めて笑った。
なんて綺麗な人なんだろう。
「私はリップル。君の名前は?」
「ナザルです。よ、よろしくお願いします、リップルさん!!」
「こちらこそ。長い付き合いになりそうだね」
彼女はまるで、未来が見えているみたいな口ぶりで言うのだった。
※
「……という昔の夢を見てしまった」
「ははあー! 懐かしいねえ! あの時の可愛い少年が、今じゃこんなにふてぶてしい男に育ってしまって……。しかもまさか私達が結婚するとはなあ……」
僕は明け方、上下逆になったリップルに顎を蹴られて目覚めたのだった。
ちょうど夢の中で、リップルの助手になった時だった。
腹いせにリップルを起こし、夢の話などをしていたのだった。
そうこうしていたら、朝担当のお手伝いさんがやって来た音がする。
朝食を作り始めるのだろう。
「ナザル、こうしてはいられないぞ。私達は顔を洗い、服を着て朝食に備えなければならないんだ。私は一足先に行ってくるぞ!」
リップルは寝間着とスリッパみたいな履物という格好で、いそいそと寝室を飛び出していった。
昔の僕よ。
あの頃の美女は、なんというか自分をよく見せようとか全然考えない人物だぞ……!
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