第272話 すまんなリップル、名前を借りるぞ!!
「ナザルさんの帰還だ!」「逃げちゃったかと思った!」「我々反省しています」
職人たちとその一家が僕に謝って来ている。
だが、不屈の魂を持つ娘さんたちは、チラチラ僕に闘志が消えぬ瞳を見せるのだった。
冗談ではない。
毎晩これではおちおち寝ていられない。
ここはどうするか?
やはり、第三層で誤解されていた内容を追認する形で、既成事実とするしかあるまい。
すまんなリップル、名前を借りるぞ!
「諸君! 僕には真に才能ある女性を妻に迎えている! だから諸君の思いに応えることは出来ない!」
「えっ、独身だったはずでは……!!」
驚愕する職人たち。
諦めていなかったか……!!
だが、彼らが衝撃を受けているうちに畳み掛ける。
「かつてアーランを救った大英雄リップル。僕と彼女が特別な関係だという歌を聞いたことはないか? そのように吟遊詩人が歌っていたはずだ! 独り身であるように君たちに錯覚させていたことは謝ろう。だが、それには理由がある。僕ほどの男が、リップルほどの女性と一緒であることを公表したらどうなる? 世界のパワーバランスが崩れてしまうとは思わないか!!」
ハッとする一同。
なんて騙されやすいんだ……!
だが、それくらい僕はリップルと行動をともにしていたので、想像しやすいということだろう。
「まさか……」「いや、知ってる!」「本当だったんだ……」「そう言えばリップル様と一緒に別の島に行ったという話を聞いたことが」「二人きりで!?」「コボルドも一緒に」
そうそう。
でも、事情を知らない人がこれを聞いたら、僕とリップルの関係を誤解してしまっても仕方あるまい。
僕と彼女は、かなり以前に少年と謎のお姉さんだったのがそのまま年を経た、くらいの関係性でしかないのだが。
そんなことをすぐ分かる人間などいようはずもない。
「うう、リップル様が相手じゃ勝てない」「相手が悪いどころじゃなくて地上最強の魔法使いだもん」「バレたら呪殺されちゃう」
「リップルはそんな陰湿なことはせずに隕石落とすと思う」
僕がポロッと言ったら、女子たちが「ひー」と悲鳴をあげた。
そして僕に手出しすることは止めると約束してくれるのだった。
持つべきものは安楽椅子冒険者だなあ。
さて、自由を手に入れたぞ!
職人たちも、僕への尊敬とリップルへの恐怖で掌握した気がする。
恐怖……?
僕が知らないところで何をやっているんだリップル。
いや、彼女はあのゴールド級冒険者にしてアーラン最高峰のシーフ、アーガイルさんが尊敬する女性である。
とんでもないことを幾つもやらかしていてもおかしくはない。
ここからはちゃんとした仕事だ。
水田の進捗を確認する。
ふんふん、隅から隅まで青々とした稲が茂っている。
これは順調ではないか。 教えた通りの手順できっちりと作業をやってくれている。
彼ら、優秀な職人ではあるんだよなあ。
名誉欲とかそういうので目が眩むだけで。
実に人間的と言えよう。
「このままやっていけば、秋には米を収穫できるね。優秀優秀。遺跡は害獣の類がいないから、理想的な状態で収穫ができる」
天井は外の世界の空を映し出している。
どうやっているのか、そこから太陽の光も差し込んでいるのだ。
そして遺跡の中から湧き出す水によって、水田は空を反射して輝く。
水田の合間を縫って鴨たちが泳ぎ回り、雑草や余計な虫をパクパク食べている。
雑草なあ……。
本当にこいつら、どこから来るんだろうなあ……。
「あらゆる畑には雑草が生えます。これは外から来る人達の体に種が付着しているとも言われているんですよ。だが、みんなこの穴蔵で過ごせる人ばかりじゃありません」
職人の一人が教えてくれる。
彼ら職人が特殊なのは、遺跡の中で暮らしていても苦ではないことだ。
僕は違う。
数ヶ月ごとに地上で暮らさないと息が詰まってしまう。
大空は見えるし、そこから四季がうかがえる遺跡は閉塞感などない。
だがやっぱり、体はここが閉鎖環境だということを理解してしまっているんだなあ。
ということで、遺跡と外を行き来する人は必ずいる。
それが害虫や雑草が入り込む原因になっているなら、それは仕方がないことなのだ。
だから鴨が大活躍する。
「こいつらはどんどん増えるんで、いいところで締めて飯にします」
「焼き鳥かあ。いいね」
「ただ残念ながら、酒の量には限りがありますんで。普段は茶です」
「そこは問題ない」
僕は酒がなくても平気なタイプだ。
あくまで、娯楽として飲む。
ひとまずここから、収穫までの間を頑張る。
これだけは確定だ。
「よし、じゃあ作業に掛かろうか。見た感じ……水の量のコントロールか」
「はい。遺跡は温度などの環境が安定してるんで、ナザルさんから教わったような細かな仕事はしないで済んでますが。あとは必要なのは、間断灌漑ですね」
「もう水を抜く時期なんだ」
「ええ。ちょっと大変ですよ……!」
「任せてくれ!」
さて、米を育てて行こうじゃないか。
一年目だからこそ、ある程度の手順を見届け、自分の手で収穫するのだ。
こうして工程を自らの身体で把握することで、来年からは全面的に職人たちに作業を任せる事になる。
「オーナーとしては、稲作を物語として理解し、セットにして売り込んで行かねばな……」
僕の目に見えているのはこれからもっと先の話なのだった。
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