第132話 その場で捌いて食べる
「おーい、ダイフク氏」
「なんですかなー」
「いつ頃までここにいるわけ? ダイフク氏、一応船乗りだし、操舵手だから絶対に船に必要でしょ」
「そうですなあ。その通りではあるのですがー」
浅瀬を挟んで会話しているとまだるっこしい。
コゲタがイソギンチャクやウミウシを触ることに夢中なので、ひとまず安全であろうと判断。
僕はダイフク氏とおしゃべりするために移動した。
向こうでは、飼い主氏とアララが並んでそっくりなポーズで釣りをしている。
水遊びに夢中なコゲタと違って、アララは釣りのセンスがあるのかも知れない。
いや、コゲタも釣り糸を垂らせば釣るので、才能はある!
飽きっぽいだけだ。
「で、どうなのダイフク氏」
「そうですな。船主次第というところですが、かの御仁はしばらくの間こちらで豪遊していくつもりのようですな。ですからわしは、しばらくここでまったりですな」
そうかそうか。
ということは、一週間や二週間で去るというわけではないらしい。
海が荒れ始める冬場になるまえに船は離れるだろうから、遅ければ秋頃、早くても夏か……?
「じゃあその間、たっぷりと遊んでいかないとな」
「ですなあ。ナザル氏と出会えたことはわしにとって得難い幸運でした。ちょこちょこ面白いことを体験できますからな」
「うんうん、アーランはまだまだ面白いところがあるからね。ともに思い出を作っていこう」
握手を交わす僕らなのだった。
「ナザルさんはどんどん友人を作っていきますね」
飼い主氏が感心している。
「人生の豊かさの一つの指標だからね。友人が多いほど僕の世界が広がるだろ? そうすると楽しいことがどんどん増えていくんだ。そして……食材が新たに手に入る」
「最後に本音が出たようですね」
飼い主氏が笑った。
「その本音の一端をお見せするよ。ここに……鍋を持ってきていてね……」
適当な岩場に石を積み上げて、薪を突っ込む。
そして僕は新たな油を放つ。
可燃性の油だ。
「問題は、着火しないといけないことなんだが……。おーい、サルシュ。着火の魔法使える?」
「ワタクシめは司祭ですから、本来はそういう魔法は使えませんよ」
「やっぱり」
「ワタクシめはこんなこともあろうかと使えます」
「使えるのかよ!」
もったいぶって。
話を聞いたら、一応爬虫類系の人種なので、何かあったら体を温められるように炎を行使する魔法を一通り覚えているらしい。
これらは、至高神にして太陽神であるバルガイヤーの権能であるため、その信者にとって親和性が高いらしい。
「では行きますよ。えー、炎をここに」
そう告げたサルシュが、空に向けて両手を掲げた。
すると……。
彼の頭上の空気がぐにゃりと歪む。
おい、まさか……。
「そうそう。この着火の魔法は、昼間しか使うことができないのですよ」
「まさか。まさか、あれなのか!?」
ぐにゃりと歪んだ空気の向こうに見える太陽が大きい。
そこから、視認できるほどの強さになった太陽光が収束され、油で濡れた薪に直撃した。
やっぱり!!
空気をレンズにして太陽光線で熱を加える魔法だ!
炎を行使する魔法……?
「結果的に炎が発生するので炎を行使する魔法と言って問題ありますまい」
「広義の炎の魔法過ぎる」
だが火が付いた。
ここに鍋を乗せ、油を敷き……。
「よいでしょう。わしが魚を捌きますぞ」
「おお、船乗りの本領を発揮!」
ダイフク氏、立つ!
この場で魚を料理する気まんまんだったので、刃物を持ってきていたらしい。
「わしが食べるだけなら刃物はいらないのですがな。丸呑みなので」
「あっ、カエルだから……。つまり、その魚を捌く技は誰かに食べさせるために?」
「もてなしのためですぞ」
「おおーっ」
感嘆する僕なのだ。
ダイフク氏は、長い航海の間、趣味で魚をおろす技を身につけたらしく、見事な手さばきである。
鱗を取り、頭と内蔵を抜き、ざっと鍋の上に並べられる。
おお、食欲をそそる香りよ。
米が……米が欲しくなる香り。
コゲタとアララが寄ってきた。
「お腹へった?」
「へったー!」
「ごはん!」
「よーし、熱いからちゃんと冷まして食べるんだぞ」
炒めた魚を分配。
ひとまず釣りはお休みして、ここで食べようということになった。
サルシュがしみじみと呟く。
「釣りをする方々は、釣りが一段落するまでの間は軽食を食べながら、ひたすら釣り続けるものだと思っておりましたが……」
「僕の釣りはなんちゃってだからね。合間合間で魚でバーベキューもするし、途中で日向ぼっこに変わったりもする。浅瀬でコゲタたちと遊んでもいいし」
「なるほど、いい過ごし方です。やりたいことをやりたいようにやっておられる」
ああ。
お陰で今の生き方は大変満足できるものになっていると思う。
毎日がとにかく楽しい。
炒めた魚に塩を振ってかじると、なんともいいお味。
中まで熱が通っている。
油、いい仕事をしたな。
そしてこれを食べていると、米が欲しくなってくる。
……米、米かあ……。
この世界のどこかに存在しているのだろうか。
「米が欲しくなりますな!」
「あっ、ダイフク氏、君は米を知っているのか!!」
「南方大陸では米を育てておりましたな……」
「なん……だと……」
アメリカンファストフードと米がある南方大陸。
そこに行ってしまえば、僕の美食人生は完成するのではあるまいか?
いやいや、それは誰かが用意したものだ。
この世界で、ようやくパスタにトマトににんにく、オリーブオイルや寒天を一箇所に集めることができたのだ。
「こちらの世界の米を僕は探す……!!」
果てない野望である。
だが、まずは手近なところで大豆が手に入りそうらしいし……。
「醤油と味噌を作るところからやるか」
この炒めた魚を、前世で馴染んだあの調味料で味付けする。
それを夢見ながら、僕は新しい魚を焼き始めるのだった。
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