第110話 乳製品普及のためには
うまい!
うまい!
うまい!
「うめえっ!!」
「うまいなあこれ!!」
「うまいしかでてこないな!!」
僕ら三人はうまいうまいを連呼しながらカルボナーラを食べた。
なんだこれ!
この悪魔的なうまさは!!
美味いでもあり、旨いでもあり、もうもう、うまい。
卵とこってりした油の旨味、チーズのコクと独特の香り、そこにプレーンなパスタが絡むことでうまさをぐっと持ち上げてくる!
今までのアーランには存在しなかった、油っこくてこってりしててコクのあるうまさ。
しょっぱいのでも甘いのでもない。
油こってりコクなのだ!!
もうね、ヤバいブツですわ。
途中から無言になった僕らは、カルボナーラソースが無くなるまでパスタを食い続けた。
食事が終わり、僕ら三人は血糖値スパイクでぼーっとした。
食いすぎた……。
まさかこの世界で、食べ過ぎることになるとは思わなかった。
「やべえ……。やべえな、これ……。隠し味で使ったりはしてたし、上客にはそういうのを出すのが俺等料理屋の常識だったんだが……。たっぷり使うとこんなやべえのか、チーズ……。それに卵を混ぜたのもヤバい……。固まらないように油を加えてぐるぐるかき回すのか。なるほどなあ……。なんてもんを教えてくれたんだ」
店主が呆然としながら呟いた。
「これはまずいぞ……。こんな美味いものが世の中に出たらどうなる? そんなもの、人はカルボナーラを食べ続け、カルボナーラのために並び、カルボナーラを食べるために生きることになる……。だが……この贅沢な味。信じられないくらい美味しいが、絶対に食べすぎると体に悪いという確信がある……。死ぬぞ。たくさんの死人が出る。主に、富裕層から死に始めるぞ……!!」
使者の人がだんだんシリアスな顔になっていくではないか。
「やっぱ、これを広めるのはまずいか……。カルボナーラは封印しよう」
「それがいい。料理人としては残念だけどな」
「これは、一国を滅ぼす傾国の料理だよ。広く世に出してはいけないものだ。恐らく、これは過去に語られていた魔導王の復活や、魔王の降臨に匹敵する僕ら人間の存在をおびやかすものになる」
そんなに!!
恐ろしい料理だな、カルボナーラ。
人の欲望(食欲)を無限に掻き立て、全てを食欲へ向け、やがて(糖尿病とか高血圧で)死に至らしめる……!!
魔導王や魔王と違うのは、カルボナーラは人々が喜んで受け入れ、死へと続く列を作ることであろう。
チーズと卵とオブリーオイルの組み合わせはしばらく封印だ。
他にも美味しいものが世の中に溢れた頃合いに解禁するとしよう。
人類を滅ぼしうる可能性の一つを作り出してしまった僕らは、ここで起きたことは他言無用と言い合った。
「それで僕の計画なんだが、人々は美食という脅威の前に無力すぎると思うんだ」
「おうおう、それよ」
店主が上体を起こし、頷いた。
「今、アーランは急速に豊かになってる。だが、豊かになってるのに食生活は三十年前からそこまで進歩してねえんだ。うちでも野菜のスープとか、黒パンとか、焼いただけの肉とかを求める客が一番多いぜ」
「うんうん、そうなるとですね、いきなり美味しいものにガツンとやられたときの抵抗力が無い」
「ああ、今の我々のように」
体験してもらうと理解が早い!
「ということで、僕はですね。美食の片鱗みたいなのを、一般市民の皆さんも味わえるようにちょっとずつ広めるという事を考えてて……。今、巷にはピーカラや寒天が出てきてますし、高価ですがオブリーオイルもある。ただ、これを料理に使おうという冒険心がない。なぜならこれらは、料理に使わないといけないから」
「確かにな。料理をする家ばかりじゃねえし、自宅でやる調理なんざ、煮るか焼くくらいしかできねえだろ」
そうそう。
この世界の調理機器は、料理屋でもない限りは実にショボいのだ。
屋台とか、外で食べるのが全てという人も多い。
「なので僕は、このチーズや、あるいはチーズになる前の牛乳とか、生成物のバターを広めたくて」
「ほほー。だけどよ、すぐに悪くなるだろ」
「そうなんですよ。だから、熱で殺菌した後にしまっておける清潔な容器があれば……」
「ははーん」
店主が顎を撫でた。
「よっしゃ、じゃあな。俺の知り合いのドワーフを紹介してやる! 今は、大々的に武器や防具を作る時代じゃねえ。だからあいつらは家具とか調理器具なんかを作ってほそぼそ暮らしてるんだ。お前、そいつらに、ドン引きするくらい難しい牛乳用容器とか注文してみたらどうだ?」
「あ、その手が! 使者殿、これには殿下からのお金は……」
「あのお方なら出す。断言していい。私の権限の範囲でもお金を出すことだろう」
よし!!
カルボナーラからの、乳製品を広めるところまでのスケールダウン。
これはご納得いただけたようだ。
いや、カルボナーラはただただ僕が食べたかっただけだ。
超おいしかった。
また今度作ってもらおうっと。
その後、店主に紹介状を書いてもらい、僕と使者どのはドワーフの鍛冶師のもとを訪れることになるのだった。
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