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「これで、十件目…… 」
不意に、十字を描いて手を合わせ終わったソフィルは呟いた。寒い寒い冬のさなかの、その悲しみの感情。
それでも冬の透き通る空に輝くスバルの星たちの、その玲瓏さで。
悲しみの表情とともに確かな意志を感じる呟き。
もちろん、その意志とは立て続けに起こっている事件の解決に少しでも尽力しようとする彼女の。しかし未だ齢十五のソフィルにそれは大きく過ぎた話であって、何もできないことはソフィル自身も理解している。
それ故に、こうして亡くなった者たちのために十字を切る事しか、手を合わせることし出来ない自分に、ソフィルは内心失望していた。
何よりも十というキリのいい数字に、これでもう終わってくれと願う自分に。
そんなことを考えたって、今まで亡くなった人が報われるわけでも、未だ捕まっていない犯人がキリがいいので捕まりますなどとそんな馬鹿気た話、あるはずがないのだから。
ここ最近、観光客が全くいないのもそれが原因だ。
すでにマスメディア達はこれを史上最恐の殺人事件として世界に発信していた。殺人が行われるその予兆は分かっているのに、それを止める手立てはどこにもないと、警察連中もたじたじになっていることだろう。
犯人もまだ捕まっていないとあってそんな中ここらに観光しに来る人など、度を越した馬鹿か、並外れた図太さを持つ人かのどちらかだ。
そんなこともあって、いつもは喧噪の酷いここも一時の静寂を取り戻しているというわけだ。
いつもはまだかまだかと人間達のおこぼれを狙って鳴いて縄張りを主張している鳥達も、そのおこぼれがないのだからそっぽを向いて何処かへ旅立ってしまったらしい。
「ソフィ。…… またこんな所にいたのか」
後ろから声をかけられて、しかしその声にソフィルは振り返ることなく応じる。
「お父様…… 」
「ソフィ、危ないかもしれないから事件の現場にはあれほど来るなと。たとえそれが規制が解除されて一週間も経っていたとしてもだ」
ソフィとは、言うまでもなく彼女の愛称だ。幼い頃から、誰よりも清く正しくあれと、そう教えてきた父。ソフィルを愛称で呼ぶ唯一の人。
…… 母は、死んだ。
彼女が幼い時に、全身黒づくめの影に、攫われてそれきり。
今も生きていたとしたならば、ソフィルの事を優しく父と同じ愛称で呼んだであろうその母も、土葬にに入れる体もなくて、代わりに入っているのは二つ対の母の形見の髪留めと、生前の写真一枚。
そのどちらも、土に還るものでなければならないという規則に反してしまっているけども、
そこはこっそりと父との忘れてはいけない約束だ。