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公爵令嬢の朝は早い

作者: じゃく

朝日が昇る前、窓から差し込む薄明かりに誘われ目を開ける。


静寂が取り巻く澄んだ世界、とある公爵令嬢は動き始める。


洗濯をして、井戸から水を汲み上げ、朝食の準備をする。


朝から流す汗は昇り始めた太陽の光を反射し、彼女を輝かしく照らす。


公爵家といえば、王家に次ぐ権力を有する名家であり、そんな大家の令嬢が自ら家事をするなんて、普通はあり得ない。


だが、嬉々として働くその姿は、メイドが行う日陰仕事がさも舞台のような輝かしさを感じてしまう。


「さて、そろそろ時間かしら?」


公爵家が預かる領地で一番栄えている領都、アーシアの中心地に大きく構える公爵家の本邸。彼女はその端にある離宮で一人で過ごしている。


外出が許されず、世話をするメイドもつけてくれず半ば軟禁状態の彼女の唯一の楽しみ、それが早朝に届く新聞である。


朝食の準備を終えた彼女は、一度玄関に向かいポストを確認しに行った。


「ふふ、今日も届いてますね」


届いている新聞を手に取り、ステップを踏みながら食堂に戻ってくると、朝食を片手に新聞を読み始めた。


そもそも、何故彼女がこのような軟禁状態にあるのかというと、時は1ヶ月程遡る。





王立魔法学院では、高等部の卒業パーティーが開催されていた。


彼女もパーティーの主役の一人として参加していた。


軽食をつまみながら友人達との会話に花を咲かせ、別れを惜しみながらも、これからの人生を想像して皆期待に満ちた顔つきをしていた。


そんな素敵な雰囲気が続いたのも束の間だった。


第一王子が婚約者でもない男爵令嬢を連れて会場へと入ってきたからである。


「諸君、聞いてくれ!この場を借りて、私は宣言する!アスタリナ・アーシア・ベルドランジ公爵令嬢との婚約を破棄する!」


その発言に会場がざわつき始めた。


「本当に婚約破棄しちゃったよ」


「殿下って本当に何も分かってなかったんだね」


一つ一つは小さなざわめきであるため、殿下には仔細な内容は聞こえなかったが、殿下には会場がどよめき皆から注目されていることが嬉しく意気揚々と話し出した。


「アスタリナ、お前の学内での暴挙、私が見逃すとでも思ったか。こちらにいる、フェリシア男爵令嬢がお前からの嫌がらせを受けて日々泣いていたことを俺は知っている。3年から転入してきたフェリシア相手に公爵という立場を笠に着て、よくも好き勝手できたものだ。そんなことをしていられるのも今日までだ!」


「殿下ぁ、私昨日も階段から突き飛ばされたんですぅ」


「本人もこう言っている!お前に逃げ場所などない!今後社交の場に出ること、私のいる王都に立ち入ることを禁止する。追って沙汰を下す。それまでは公爵家領地の本邸にて、一人でわずかな余生を楽しむがいい」


「...殿下、私がいじめた証拠があるのでしたらご提示いただきたいですわ。憶測だけで私に罪をなすりつけるおつもりで?」


「ここに来てなお悪あがきとは見上げた性根よ。目撃者ならいる!悪事とは人に見つかるものぞ!こんな事をして恥ずかしくはないのか」


殿下の声に続き後ろで控えていた二人の男が続くように「俺は見ました」と声を上げる。


「殿下のそば付きの二人が証人ですか?もう少し公平な人物はいらっしゃらないのかしら?

どなたか、私がフェリシア嬢を虐めている現場を見たという方はいらっしゃらないですか?」


アスタリナは後ろに振り向きながら、会場中の人に聞こえるように声を張り上げた。

会場全員に聞こえていても、現場を見たと名乗り出る者は一人もいない。


「さて、目撃者は殿下のそば付きしかいないようですが、本当に目撃しているのでしょうか?」


「貴様、それが私の側近に対する言葉か!一人一人の人間を信じられないとはまさに愚の骨頂!愛らしいフェリシア嬢相手に醜い嫉妬に駆られたのだろう。その卑しい心の持ち主であることが何よりの証拠だ!」


「...左様でございますか。殿下にそのように思われていたとは、悲しい限りです。これ以上ここで口論したところで、お互いの時間の無駄でしょう。私はこれにて失礼致します」


「貴様は二度と日の目を見られなくなると思え」


彼女の去り際にかけられた第一王子の声に、彼女が振り向くことはなかった。






パーティー会場を後にした彼女は王都での最後の仕事をしに王宮へと向かった。


「予定より早いけれど、謁見してくださるかしら」


少し早い到着に憂慮しながらも、無事陛下への御目通りが叶い安堵のため息をついた。


近衛によって通されたのは国王の私室。


「失礼致します」


近衛によって開けられた扉の先にはソファーで寛ぐ国王の姿。国王に勧められて、向かいのソファーに腰をかけた。


「して、どうだった?」


息子の命運を握る大事なパーティー。このパーティーでの様子で今後の王子としての去就が決まることもあり、国王は冷静そうな表情でありながらも手に汗握っていることが分かる。


「無事に婚約破棄を言いつけられましたわ。一応指摘もしましたが、中身のない反論ばかり。思っていた以上に想定通りの動きでしたわ」


「...左様であるか。此度は息子が大変失礼した。許せ」


アスタリナの話を聞いて一瞬悲しそうな、でも安心したような複雑な表情を浮かべる国王。最後の最後まで僅かながらでも我が子に期待してしまうのは、庶民も国王も同じであった。


「でも、本当によろしかったので?」


「あぁ、これで構わぬ。あの子には第一王子という立場は荷が勝ち過ぎていた。

良くも悪くも普通の子だった。あの子が第一王子として、延いては次期国王としてこの国の頂点に立つには分不相応であるのだよ。

もっと早くに気づいて王位継承権を取り下げてやれば傷も浅く済んだかもしれんが、親としてあの子は次期国王になるため、立派に成長してくれると信じすぎてしまった私の過ちでもある。

其方にも婚約破棄された令嬢として今後汚名を被り続ける責を与えてしまったことをお詫び申し上げる」


「いえ、私としてもこのお話は渡りに船といったところでございました。殿下を支えていけるほどの度量は私には持ち合わせておりませんでしたので」


「王国一の才女と名高い君が持ち合わせていないなら誰であっても無理だったということよ。よりによって息子は君を軟禁しようだなんて、本当に愚かな考えをするようになってしまった。

学院の成績が優秀なのはもちろんのこと、領地の経営手腕や革新的な技術の発明、新たな魔法の開発。多くの実績を残している君と、己の立場に胡座をかいて大した実績もない王子。

王子には代わりがいるということを全く理解していない。愚かな息子よ」


どこか遠い目をしながら自嘲気味た笑みを浮かべる姿に国王の威厳はなく、ただ一人の父親としての嘆き悲しむ姿がそこにあった。




—コンコンコンー


「入れ」


国王の私室にもう一人の来客を知らせるノックがあった。


王の指示を受け扉の外で待機していた近衛が扉を開けた先では、先ほどまで王子に寄り添っていたフェリシア男爵令嬢がいた。


国王に促されるままアスタリナの隣へと腰掛ける。


「そなたもご苦労であった。どうだったかね?息子のそばにいるのは。ここでの発言は全て無礼講じゃ。思ったことをありのままに話してくれればいい」


「では、僭越ながら、殿下の懐に入り込むのは非常に簡単でした。少し肌を露出してあげれば、それだけで鼻の下を伸ばしておいででした。

アスタリナ様とのご婚約もあり、あからさまな色仕掛けをされた経験がないのでしょう。あとは私の言ったことはなんでも信じる始末。正直アスタリナ様からイジメを受けている話をした時には、ああも簡単に信じてくれるとは思いませんでした。

卒業パーティーの直前には、『俺はパーティーでアスタリナとの婚約を破棄する』なんて大々的に触れ回っていた次第で、会場にいる人たちも噂として知れ渡っていました。先見性や計画性にも難ありと愚考致します」


ただ淡々と王子との出来事を語るフェリシア。そこに恋慕の様子は微塵もなく、全てが計画的であったことが良くわかる。


「...左様であるか」


アスタリナからの話で既に満身創痍となっていた国王はフェリシアの話を聞いて第一王子への希望が全て砕け散ったことを理解した。


「二人ともご苦労だった。アスタリナ公爵令嬢には一時軟禁状態となろうが、すぐに元通りの生活ができるように手配しよう。本件の詫びとして、汚名の払拭はもちろんのこと、公爵家へのさらなる支援と必要であれば婿探しの協力を約束しよう。フェリシア男爵令嬢は父親の麻薬売買による男爵家の取り潰し処分を減刑、当主の貴族籍剥奪のみとし、男爵家の存続を許可するものとする。二人とも大義であった」


二人とも頭を下げ跪いてから、王の私室から退出した。




「あなたはこれでよかったのかしら?」


「えぇ、家が存続するのであれば私はなんでも構わないわ。所詮男爵で社交の場に出ることも少ないだろうから、陰で尻軽令嬢と揶揄されようが関係ないしね。それより、あなたこそいいの?褒賞も公爵家へのさらなる支援なんて漠然としたもので?」


「ええ、構わないわ。何より私にとっての最大の褒賞は貰っているから」


「確かにそうね。少しだけ、一緒にいたけどあの王子はないわ。残りの人生あれと一緒に過ごさなくていいなら、それ以上の褒賞はないわね」


アスタリナの望むものをピシャリと言い当てるも、二人の中では周知の事実。


「改めて考えてみると面白かったわ。あなたが突然『私の婚約者様と浮気する気はない?』なんて言われた日には、頭がおかしくなっちゃったかと思ったもの」


「あの時は前置きを端折ってしまったわね。私も少し焦っていたのよ。王妃教育で王城へ通う私の元に国王陛下がいらっしゃって、『息子から王位継承権を剥奪することを考えている』なんておっしゃるんですもの。これは千載一遇のチャンスだと思ったわ」


「それにしても、よくこの方法を思いついたわね」


「本当はもっとシンプルな方法でもよかったのよ。でも、あなたの家のことが公になったのが丁度同じくらいのタイミングだったのよ。これで、あなたも国王陛下に恩を売れれば、男爵家にとっても起死回生のチャンスになると踏んでこの作戦にしたのよ」


「...そうだったんだ。でも、おかげでお家の取り潰しを防げたし、金銭的に行けなかった魔法学院に通うことができて、卒業という学歴を手に入れることができたわ。それもこれも全てはあなたのおかげね。持つべきものは友、ということかな?」


「ええ、私にとっての一番の友達ですから」



「では、私はここで。これから軟禁されに行かなくてはならないの」


「戻ってきたらまた会いましょう。と言っても、すぐ戻ってくるんでしょうけど」


王城の城門前に停めてある公爵家の馬車に乗り込むと、馬車は駆け出した。




そして、時は冒頭に戻る。


新聞の一面を飾る王子の顔を見ながら、遠くの方から蹄の音が聞こえてくる。


「あら、もうお迎えかしら?まだ日は昇り始めたばかりなのに、もう少しゆっくりさせてくれてもよくってよ?」


まったく、公爵令嬢の朝は早い。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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[良い点] 主人公さんもバディさんも沈着で淡々としているのがかっこいいです! [気になる点] この世界の新聞配達は馬でですか?
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