能力開花
職場の人間関係が悪いわけではない。上司に辛くあたられるなんてこともないが、真面目すぎる性格ゆえか、人見知りが影響してか、上司と言う立場に酷く弱い。冷静な受け答えも出来ず、期待通りにできないことがあるとその場から逃げ出したくなる。
「例年の調査もののことなのですが...」そう県庁の担当者は切り出した。
「全都道府県分を取りまとめた結果は一年後の調査時に合わせて提供いただいてますが、可能であれば早めに提供していただきたいのです。最新資料があれば、議会答弁などでも使用できますから。」
「申し訳ないのですが、まだ調査ものに手を付ける余裕が無くて内容を把握していないので、確認して折り返します。」
嫌なやり方だ。自分でもそう思う。上に弱く、下には強い。理屈では早く手をつけてあげればどちらにとっても良いことなのは分かっている。だか、単純にそこを考える余裕もない。目の前の火が着いた仕事を捌くのが精一杯。それだっていつ爆発するか分からない。ああ、もういいか。このまま飛び降りれば楽になるか。あるいはその辺りの壁にロープを繋いで首を吊ってしまおうか。そんな空想をしてしまう。
そのまま目の前の仕事に追われているうちにあっという間に1ヶ月が経った。あの予算要求にはいまだに手をつけられていない。他の業務もこなしきれておらず、仕事が積み重なっていくばかりだった。それに対比するように、自分の精神力は薄く薄くなり擦り切れて行った。
もう限界だったのだろう。とっくに体は気づいていたし、いろんなサインを僕に送ってくれていた。毎朝の目眩や動悸。それを無視し続けて、こんな状況になった。
「猿元君。予算要求の期限来週だけど、あの件の進捗状況を教えて。」
そう言われた瞬間に頭は真っ白になった。忘れていた訳ではない。ずっと頭の隅にあった。それを他にもやるべきことがあると後回しにしていた。
何か言うべきなのは分かっている。その何かは口からは全く出てこない。辺りを沈黙が包む。
「まさかまだ何も手をつけてないの?」上司からの言葉に胸を刺されたような気分になる。衝動的にここから飛び降りてしまいたくなる。何も答えられずにいると、カチ、カチと時を刻む時計の音が耳に入る。
そしてその音が止まる。いや、その音だけじゃなく全ての音が止まったような静寂に包まれる。




