根暗で、ボッチで、インキャの俺にはバレンタインでチョコレートは貰えません!
「はぁ……」
朝食を取り終えた俺は、深くため息を吐きながら洗面所へと向かう。
規則正しく歯ブラシを動かし、蛇口を捻り口内を注ぐ。
「……これは酷い顔だな」
洗面所の鏡に映っているのは、酷くやつれた表情の俺。
二月十四日。
そう、今日はバレンタイン。
非リアに、インキャ、ボッチの三冠を所持している俺にとっては地獄の一日である。
■□■□
ガラガラ、と扉をスライドさせ教室内に足を踏み入れる。
窓側の一番後ろに位置する俺の席にたどり着くと、叩きつけるように鞄を机に置き椅子を引く。
『――はいっ! 今日はバレンタインだからあげるよ〜。あ、もちろん義理チョコだから勘違いしないでね?』
『――たっくんには、私が愛情込めた手作りチョコをあげる♡』
『――こ、このチョコはその……ぎ、義理なんだからね! 勘違いしないでよッ』
リア充オーラ溢れる教室内の雰囲気。
クラスの至る所で、女子が男子にチョコを渡している光景が見受けられる。
「……」
校内トップと名高いイケメン野朗の席に目を動かすと、山積みとなった箱の束が出来上がっている。
対して、俺の机には虚しいかな。
軽くホコリが散らばっている。
なんなんだ、この差は。
泣き出しそうになった衝動を抑えつけるように、授業が開始するまでずっと机の上に顔を伏せていた。
■□■□
「ま、こうなるわな……」
夕焼け模様が空に昇る放課後。
結局、俺は義理チョコすら誰からも貰うことが叶わなかった。
知っていた――心の中ではこの結果を予想していたのだが。
「……リア充は爆発してくれ」
下駄箱に上履きを乱暴に投げ入れる。
バコンッ、と鉄の甲高い音が鳴るとともに足を伸ばし靴を履く。
玄関を出ると、肌寒い風が俺を出迎えるかのように舞い身を震えさせる。
「……帰るか」
ポケットに手を入れ、歩き出そうとしたその時。
「先輩〜、お疲れ様です!」
背後から、聞き馴染みのある少女の声が耳元に響いた。
俺が振り返ると、少女は口元を緩ませながら馴れ馴れしく近寄ってくる。
「おまえは……」
「お前ってなんですか? 私は先輩の後輩ちゃんですよ〜、可愛い可愛い後輩ちゃんですっ!」
えへへ、と妙な笑みを浮かべた少女は俺の隣に身体を寄せた。
この少女は、同じ部活動に所属している一つ年下の後輩である。
小柄な身体に無邪気な笑顔。
誰にでも優しく接している姿は、部内で彼女にしたい候補一位に輝いている。
「どうした、今日は急に」
「先輩こそつれない態度ですね……あ、もしかして。先輩、チョコレート貰えませんでしたっ?」
「……人が傷付く話題にあえて触れる辺り、酷いよな」
そう、この後輩は俺にだけ他人とは違った顔を見せるのだ。
今みたいに、わざとからかうような態度を取ったり。
なので、俺はこの後輩が男子に人気だなんて不思議で仕方がないのだが……。
「だって、先輩が悔しがるその表情。すっごい可愛いんですよっ? 見たいじゃないですか」
「……小悪魔め」
「なんとでも言って下さいっ」
あざとそうに、身を乗り出しながら話し掛けてくる後輩。
こうなると、俺がなにを言おうと無駄だ。
諦めて帰路へ歩みを進みだす。
後輩も、それに合わせるよう俺の横を維持したままついて来た。
「……で、そっちは渡せたのか?」
「はい? なんのことですか」
「チョコレートだよ。好きな男くらい、居るだろ?」
俺が尋ねると、後輩は一瞬顔を暗くし、そして取り繕ったような明るい笑顔で応えた。
「ま、まぁ……」
「まさか、勇気が出せなくて渡せなかったとか? 意外だな、こんなに俺をからかう余裕はあるのに」
「ッ……せ、先輩に。言われたく、ないです。インキャの、根暗ボッチ先輩にはっ!」
地味に突き刺さる言葉を言わないでくださる?
少しの間に流れる沈黙。
しかし、自然と気まずくはない。
後輩と一緒に会話するこの時間は、素の自分をさらけ出せるんだよな。
「……先輩っ」
「ん?」
「チョコ……ほんとうに、誰からも貰ってないです、か?」
突然、弱々しく声で問いてきた後輩。
目の前には、二本に別れた道沿い。
ここで俺たちはいつも別れる。
「あぁ、悲しいことにな。お前だって分かってるだろ?」
「……はい」
歯切れの悪そうにつぶやく後輩に、俺は手を振り別れの合図を送る。
オレンジ色の夕陽はすっかりと沈みかけ、二月の寒さが身を包み込む。
あぁ、と俺は思う。
こんな小悪魔な後輩にでも、今日ばかりはチョコを貰いたいなと考えてしまうのだ。
しかし、過ぎたものは仕方ない。
俺はぼっちに加えてインキャ。
可愛くて、誰からも好かれる後輩とは釣り合うはずがない。
そう胸内で思いながら、俺が前へと進もうとした矢先。
「先輩っ!」
後輩が、本来の道に進まず俺の方へと走って来た。
はぁはぁ、と肩を上下に揺らす後輩。
「どうしたんだ?」
「……こ、これっ」
後輩は鞄から取り出したピンク模様の袋を、俺に向けて差し出す。
「チョコ……? はは、義理チョコか。なんだ、意外といい奴だな。同情なら――」
「これは、私の手作りチョコです」
「なら、余り物か?」
「……先輩って、鈍いですよね」
後輩は言うと、俺の耳元に口を運び囁いた。
「本命、ですよ」
「……え?」
「だから――」
差し出していた袋を戻した後輩は、紐を解き中身から一口サイズのチョコを手でつまんだ。
次いで、息が掠める距離まで近付くと俺の口元に向けてチョコを運ぶ後輩。
「ずっと、好きだったんですよ。先輩が」
「なっ……」
「インキャで、根暗で、ぶっきらぼうな先輩ですけど……可愛い照れ顔は、好きですっ」
あーん、と無理矢理開かせた俺の口内に後輩の指ごとチョコが侵入する。
とろけるほどに甘く、そして心を込めて作ったかのような味が、混じり合って喉に流れ。
気が付いたら、俺は後輩に抱きついていた。
「……俺で、いいの、か?」
「二度は言いませんよ、先輩っ?」
チョコレートのように甘くて、溶けるような恋。
大嫌いだったバレンタインは、大好きな後輩との思い出で塗り替えられた。
ここまで読んで下さり、ほんとうにありがとうございました。
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次の話で、また会いましょう!