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マリーの手紙を届けて数日、表面上何の動きもなかった公爵家の様子に警戒していた緊張が緩んできた頃にその報せは齎された。


「なぁカイル、お前最近なんかあったか?」


学園での授業が終わり帰る支度をしている間に唐突にトニーからそう尋ねられた。質問の意図が分からずカイルが首を傾げると、雑談のような軽さで「昨日、うちの従業員がいつもはしない報告してきてさ」と返してきた。


「報告?」


いぶかしんで声を落としたカイルに「いつもの調子で喋れよ。教室の真ん中で堂々と話してりゃ後ろめたい話してるなんて誰にも気付かれないって」と動きを止めずにトニーは話す。

確かに皆帰り支度をしていたり、雑談が飛び交う中では内緒話の方が目立ってしまうかもしれない。却って気遣ってくれたらしい友人に感謝してカイルも「そうだな」と返す。


「でも、別に何もないんだけど」


嘘だ。あるけど。一人で抱えるには大きすぎる秘密があるけど、事が事だけに巻き込む訳にもいかない。


「んー…まぁ、あったかどうかは別にどーでもいいいんだけど」

「どうでもいいのかよ」

「聞いたところでどーせ簡単には言わないだろお前は」


呆れたように肩を竦めた友人に内心で感謝して相手にだけ分かるように口元を歪める。


「で、いつもしない報告をしてきたのは何でなんだ?」

「ソイツが言うには、うちに出入りしてる商人が珍しく貴族向け商品を買って帰ったのと、俺とお前が仲が良いのを知ってるみたいなことを言ってたってこと」

「え?それだけ?」

「そいつが買ったのはあの人気のない便箋だ。前俺お前に同じの売りつけたよな」

「あー…」


マリーの手紙に使ったのはトニーの商会で購入したものだった。無地で特徴のないそれは「人気がなくて売れ残って困ってる」と嘆く友人に箱で買わされたものだ。特徴も人気もないなら足が付きにくいと考えて使用したが、それだけで販売元まで辿りついたのなら公爵家の本気を思い知る。


「この間のドールハウスの口裏あわせといい…挙句バンカー家のご子息って名指しまでされて。俺に心当たりがないんだから原因がお前にあると思うのが普通じゃん」


「こちらのご子息とバンカー商会のカイル様は仲が良いと聞きました」という言葉。トニーの家の商会は主に生活用品を扱っており、貴族よりも一般に向け手広く商売を行っていて、その店に商品を卸しているのであれば当然貴族位ではない人間と考えられる。しかし二家の商売上の付き合いは知っていたとしても、貴族位を持たない人間がカイルとトニーが親しいことまで知っているとは思えない。


「だから巻き込まれんなら事情を知らせといてくれると助かる」

「…その商人の素性は確かなのか?」

「んー…前から取引のある相手だからなぁ」


届いた便箋から販売元であるトニーの家の商会を割り出したのは間違いないだろう。しかしトニーはあの夜会には出席していない。だからこそあの夜会の日に会場にいた可能性のある人間との繋がりを辿って調べているのかもしれない。それならまだ差出人がカイルであると断定されたわけではなさそうだと判断する。


「…知らぬ存ぜぬで通してくれていいよ」

「いいのか協力しなくて」


まだ相手が本当に公爵家の従僕かどうかも断定できないし、カイルが同じ便箋を所持しているのを知っているのは直接売りつけたトニーだけだから、それさえ黙っていてくれればいい。


「あ、でも、その商人の名前だけ聞いときたいかな」

「イース地区で生地を売ってるトニングって奴だよ」


トニーから聞いた名前にやはり心当たりはなかった。帰ったらマリーにも聞いてみようと「無茶すんなよ」と手を振る友人に感謝して、軽く返事をして別れた。









「トニング?」


帰宅したカイルは早速マリーにその商人のことを尋ねたが、返ってきたのは覚えがないという表情だった。


「うん、イース地区に生地や糸なんかの店を構えてる商人みたいだけど」

「我が家に出入りしている商人ではないわ。お兄様達の詳しい交友関係はわからないけれど…」

「トニングの店は直接城に卸すような商品を扱っていないから、接点はなさそうだけど…関係なくはさなさそうだ」


タイミングが良すぎるというのもあるが、トニーの店の従業員がわざわざ報告したということは相手に対して何らかの違和感を感じ取っていたということだろうとカイルは思った。商売上そういう勘は大事だと思う。


「ねぇカイル、私をその店に連れて行ってくれない?」

「え」

「店にというか…遠目で見るだけでいいわ」

「どうする気?」


意を決したような表情のマリーに聞けば「公爵家の誰かと接触しているのなら顔を見ればわかるわ」と言われて目を瞠る。


「だって、使用人の顔全員わかるのか?」

「もちろん」


うちのような成金と比べるのもおこがましいが、歴史ある公爵家なら百近い使用人を抱えているものじゃないかと思って「ほんとに?」と聞き返す。

心外だと言わんばかりに返ってきたのは「えぇ皆の顔も名前も覚えているわ」という驚くべき言葉だった。


「は?…いや、待て…何で?」

「何でって言われても…当たり前のことではなくて?」

「いや…うちみたいに数人しかいないなら分かるけど…はは…すごいな」


苦笑して褒めるとマリーは「何よそれ」と、馬鹿にされたと思ったのか口を尖らせて拗ねてしまった。

そういえばあの夜もマリーはカイルの徽章を見てすぐにバンカー男爵家の者だと理解し、国内の貴族の徽章は全て覚えていると言っていた。

王家の血をひく公爵家の姫として教育された結果なのだろうと思うと、住む世界が違うのだと再度突きつけられた気がして、誤魔化すように前髪をくしゃりとかきあげた。


「違うよ、褒めたんだ。気を悪くしたなら謝る」

「別に…怒ってないわ。そもそもカイルにデリカシーを求めても無駄だもの」

「そんなに無駄かな…」


そこまで自分は無作法だったのかと困惑しながらも、目の前で話の続きをはじめたマリーに向き直る。


「だから店の出入りを見ていれば私の知っている顔がいるかもしれないでしょう?」

「遠くからなら大丈夫か…」


恐らくトニング商人の後ろにいる相手はまだマリーの庇護者を絞りきれていない。数ある容疑者の一人という状況なら、逐一見監視されているということもないだろうとカイルは考えた末に頷いた。


「分かった。明日…いや明後日、学校が終ったら行ってみよう」

「明日なにか用事があるの?」

「用事って言うか…うん、まぁそんなとこ」


わざわざ明後日に約束しなおしたのには理由がある。

今のマリーを連れ歩くということは、カイルのポケットに彼女に入ってもらう必要があり、そんな狭くてごわついた場所にマリーを押し込むのは気が引けてできそうもないので、せめて手触りの良いハンカチか何かをポケットの中に敷いておいた方がいいだろうと思ったから。


「また店の方に頼むか…」

「何を?」

「何でもない」


ハンカチの調達を考えながら、目の前で久しぶりの外出にそわつく相手を見てカイルは口元を緩めた。










「わぁ…すごい眺め!」

「あんまり身を乗り出して落ちないでくれよ」

「分かってるわ!」


カイルの注意もどこ吹く風といったようにマリーは「だって小人になった気分なんですもの!」と感嘆の声を上げた。


トニングの店を訪れると決めてから二日。無事に商会から絹のハンカチを調達できたカイルは、それを敷いたポケットの中へマリー迎えた。


「小人と言うより妖精だけど」

「どっちも同じじゃない」

「ばう!!」


胸元から聞える声に賛同するように足元からも元気な鳴き声がする。


「ほら、シルーズもそう言ってる」

「お前本当にどっちが飼い主か分かんないな…」


マリーに振動を与えないよう、いつもよりもゆったりとした足取りで歩く。その足元に寄り添って尻尾を揺らし歩くのは、いつの間にかお姫様に飼い慣らされてしまった我が家の番犬である。

あの後マリーと相談して、実際に店に入るのは危険が高いということで、犬の散歩を装って店の前を通り過ぎるということで落ち着いた。

元々シルーズを伴って散歩に出るのは珍しいことではないし、犬を連れていれば独り言を言っていても目立ちにくいと思ったのもある。


「マリー、店に行く前にうちの商会に用事があるんだけどちょっと寄っていいか?」

「えぇ構わないわ」


カイルの胸ポケットから見える景色に夢中になっているマリーに口元を緩め、ゆっくりした足取りのまま商会へ辿り着く。


「少し頭引っ込めてて」

「分かったわ」


シルーズを入り口に繋いで、ひょこりと身を沈めたマリーを確認してから、カイルは商会の門を潜った。


「あっ、坊ちゃんいらっしゃい」

「お疲れさん」


責任者である馴染みの従業員へ声をかける。すぐにカイルの横に来て応接室へと伴って歩く相手こそ、あの夜会のワインを選んだ功労者であった。


「店の方は変わりなく。この間坊ちゃんの意見で作った持ち運びできる鏡ってやつの試作品が出来上がって着てるんで、それを確認してもらいたいですね」

「早いな。助かる」


後で労ってやろうと思ってたのに、更に上乗せして褒めなければならないようなことを言われて仕事の早さに感心する。


「いやぁ、試作品見て女達は皆目を輝かせていましたからね。あれは見た目に拘れば売れると思いますよ。よく思いつきましたねぇ」

「あー…まぁ、ね…」


応接室で試作品の箱を手渡され、それを開けると掌よりも少し小さい位の懐中時計のようなものが納められていた。表面は色つきのガラスやタイルで装飾がされている。それの蓋を持ち上げて確認すれば中には小さな鏡が嵌っていた。


「うん、いいんじゃないか?」

「自分もそう思います。多少元手はかかるけど、貴族向けとしてなら十分利はとれると思います」


うんうんと満足そうに頷く相手に、カイルも頷く。


「じゃあ父さんにも一度そう報告しておく。作成費用と納品の詳細を算出して後で見せて。それから許可取るから」

「はい!それにしてもこんな女性が好みそうなもの、坊ちゃんも隅におけませんね」

「は?」


ニタニタと面白そうなものを見るように相手が笑う。


「だってこの間のドレスに、昨日は絹のハンカチ。それでこの鏡だって、好きな子にプレゼントしようと思って考えたんでしょ?」

「な…」


まさかそんな風に思われていると知らず、カイルは思わず絶句する。

もぞりと胸のポケットが疼いた気がして、ハッと我に返ったカイルは「違うからな!」と慌てて否定した。


「言っただろう、学園祭で必要なんだって!!ハンカチだって自分で使おうと思って」

「はいはい、坊ちゃんくらいの年は大体そうやって誤魔化すんですよねー」

「だから違う!!」


褒めて昇給も考えなければと思っていた相手のからかうような発言に、そんな気も失せたカイルは「もういいお前は据え置きだ」と溜め息を吐いて怒りと羞恥を逃がす。


「えっ俺もしかして昇進のチャンスだったんすか!?」

「どうだかな」

「そ、そんなぁ!!そんな赤い顔してるくせに!?説得力ないっすよ!?」

「そーいうとこだぞお前!!」


「また好きな子にプレゼントする時は任せて下さいねー」などと、どこまでもからかうことを止めない相手にカイルも叫んで早足で店を後にした。


「全く…」


顔に上がった熱が冷めないまま、眉間に寄った皺を指で解す。再び胸のポケットで身じろぎしたような気配を感じて、カイルはマリーの存在を思い出して慌てて歩をゆっくりに戻した。


「マリー、ごめん。揺れたよな?大丈夫か?」

「……うん、大丈夫よ」


もそりとポケットから顔を出したマリーの顔に先程までの元気がない。


「気分悪くなった?吐きそう?」


カイルの乱雑な動きで酔ったのだろうと、申し訳なくなって休めそうな場所がないかと辺りを見渡す。


「ばうッ!」


シルーズの声と引かれる手綱の方を見遣れば、公園のような場所が目に入った。


「もうちょっと我慢して」

「っ」


マリーが揺れないよう、ポケットの上に自分の手を添えて押さえるようにしてそこへ足をむける。息を飲んだマリーを憐れに思ってカイルも出来る限り急いでそこを目指した。

公園に足を踏み入れてきょろきょろと辺りを見回す。隅の木陰になっているベンチを見つけて進む。


「シルーズ、ステイ」


腰かけた自分の膝の前にシルーズを座らせ、他の人間から影を作ってマリーを呼ぶ。


「マリー大丈夫か?」

「え、えぇ」

「待ってろ、今外に出してやるから」

「っ」


ポケットに入れたハンカチごと慎重に引き出してそっとベンチの上に降ろしてやる。


「ありがとう…」

「酔った?」


押し込められていた場所から外に出た事で少しだけほっとしたような顔をしたが、あまり表情の晴れない相手にカイルが問うと、マリーはハンカチの上に座ったまま顔を背けた。


「好きな人がいるなら、早く言ってくれたら良かったのに」

「はぁ?」


言われた意味が理解できず聞き返すと、怒ったようにマリーは「だから、好きな方がいるならこんなこと頼まなかったわ!」と言い返してきた。


「もしかしてさっきのこと言ってる?俺に婚約者はいないって言っただろ」

「でも好きな人はいるんでしょう?」

「だから違うって…」


先程の店での会話をやはり聞かれていたのだと思うとすごく居たたまれない。


「でも、だって…ドレスやハンカチをプレゼントするような人がいるのでしょう?」


落ち込んだようなマリーに、もしかして嫉妬されているのだろうかと自惚れかけてすぐに馬鹿みたいな考えを打ち消した。きっと無理矢理協力させてしまったと気にしているだけなのに。


「違うって」


いつもみたいに元気でいてほしくて、先程店で預かったばかりの懐中時計型の鏡をマリーの目の前に置いてやる。


「…これは?」

「前にドールハウスに鏡がなくて不便だって言ってたろ?」


言われるまでカイルは気付かなかったが、年頃の娘なら誰だって身繕いをするのに鏡は必要だっただろう。


「あー…あながち間違いじゃないのが悔しい…」

「カイル?」


先程の会話を思い出して顔が赤くなる。

手櫛で済むカイルの部屋にはそんな気の効いたものはないし、共有の洗面所に連れて行くにはどうしたってカイルの手が必要になる。かといって手鏡ではドールハウスには入らないし、どこかに立てかけるかにしてもカイルが支えていてやらなければならない。他人、しかも男に身支度を見られているなど不快だろうなと思って考えついたものだった。


「これがあったら好きなときに身支度できるよなって思って」

「わ…」


かちりと蓋を開けて中を見せてやればマリーが感嘆の声を洩らす。


「すごく…かわいい…」


鏡の嵌っていない方は蔦の文様が掘られていて小物入れのようになっている。マリーは立ち上がって蓋の装飾を眺めたり鏡を覗き込んだりして「かわいい」と目を輝かせて観察している。


「気に入った?」

「えぇ!とっても!…って、違うわカイル!今はその話じゃなくて」

「ハンカチ、それ」

「え?」


マリーの足元を指さして言う。


「昨日買ったハンカチ、それ」

「………ドレスは?」

「あー…」


その使い道は言いたくない。言いたくないが、聞くまで納得しなさそうな顔に諦めて溜め息を吐く。


「手紙を届ける時に使った……俺が」

「え?カイルが?」

「そうだよ、俺がだよ」


ヤケクソになって白状して、恥ずかしいのと情けないのを誤魔化すように膝の上のシルーズの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。もみくちゃにされて嬉しそうな犬とは対照的にカイルの心境はどん底だ。


「その、ごめんなさい、勘違いして」

「いや…」

「…ふっ…くく…」

「笑ってないマリー?」


俯いて肩を震わせるマリーに恨めしく尋ねれば、我慢できずに噴出した相手は口元を必死に抑えながら笑い声を零した。人の気も知らないで。


「くそ…」


可愛いな、という声は必死で飲み込んだ。


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