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翌日からカイルはいくつかの支店に顔を出し情報を集めた。


王城に商品を納入した者の話によれば、城内は昨日と同じく大きな動揺はないものの、誰しもが重苦しい空気の中で働いているとのことだった。

サンヴェリナ公爵は出仕しているらしいが、夫人は心労で臥せっていると噂になっていた。マリーも表向きは体調不良で療養しているということになっているが、社交界にはマリーが行方不明だという噂は信憑性の高い噂として色濃く流れている。そして彼女の三人の兄達は使えるべき伝手を全て使ってマリーの行方を捜している様だった。全員が顔が広すぎる。あまり彼等の動きに深入りすると此方が捕まってしまいそうな勢いだ。


「マリーの兄さん達はすごいな…」

「お分かりいただけた?」

「十分」


数日たって碌な情報も得られないままぐったりと机に突っ伏したカイルの前で、マリーは優雅に紅茶を飲んだ。玩具でしかないティーセットが様になっている。手馴れたものだ。


彼女の兄達は目下の容疑者であるカーマインの王子を王宮に幽閉しているらしい。表向きは外交のために滞在していることになっているが、のらりくらりとすぐに済むはずの協議を引き延ばしているのは一番上の兄で、王子の側近達が次々に腹を下すという体調不良を訴えているのは二番目の兄が暗躍しているからで、王子の乗ってきた馬車の車輪が石に乗り上げ粉々に砕けるという事故は三番目の兄の仕業なんだろうなとカイルは遠い目をする。


「………やっぱり、公爵家に連絡を取るべきじゃないか?」


ニール王子の動きを彼女の兄達が封じている間ならばそれも可能ではないかとカイルは思った。


「場所は知らせずに、無事だってことだけでも」

「カイルは知らせた方がいいと思う?」

「うーん…このままマリーが見つからなければ、あんたの兄さん達が勇み足で王子を始末しそうで恐いなって…」

「ありえるわね」


そこは否定してほしかったところだが、長年一緒に暮らしてきた彼女のお墨付きがあるのだから可能性はなくはないのだ。高位貴族恐い。


「でもどうやって知らせるの?」

「知らせる方法か…」


それはカイルも頭を悩ませているところである。


「手紙しかないか」


しかしカイルが直接届けたのではすぐに足が付く。幾人かを通して届けさせてもあの兄弟達の目を盗めるとは思えない。郵送でも同じこと。サンヴェリナ公爵家の誰かの机にでも見つからないようにそっと置いてくるしかないかと考える。


「公爵様と一番上の兄上は外交官だっけ…だとすると第一棟か…俺は入れない。魔術師団も無理だな」

「どちらも部外者は立ち入り禁止ですわね。そうなるとエメットお兄様かしら」

「確か…第三騎士団か…」


騎士団の訓練場ならば城内に入るための身分証だけで行けるだろう。しかし騎士個人の荷物が置いてあるような場所まで入り込むのは難しい。


「手紙を書いたところで置いてくる場所がないな」

「差し入れを装って渡すのはどうかしら?」

「差し入れ…」

「婚約者や意中の相手に差し入れをするご令嬢も沢山いるし誤魔化せるんじゃない?」

「差し入れか…うん、手段は考えておく…うん…」


一つ方法は思いついたが、差し入れの令嬢達の群れに混じるには色々な葛藤を捨てなければいけないかもしれない。カイルは頭痛を覚えつつも、机の引き出しから便箋を取り出し再びマリーの前に戻る。


「さて、しがない黄金虫ではございますが、私めが代筆いたしましょう妖精女王」


わざとうやうやしく言ったカイルにマリーはクスクスと楽しげに笑いながら「では貴方にお願いするわ黄金虫さん」と立ち上がって淑女の礼をする。

最初はぎこちなかった会話も最近ではこうして冗談を言い合えるまでになっている。


柔軟で頭の回転が早くて話していて楽しい。


そんな思いに蓋をして、ただの忠実な代筆者になるべくカイルは静かに筆を走らせた。











数日後、書き上げた手紙を持ってカイルは王城の騎士団の訓練場を目指していた。


「っ…」


緊張からか焦る足が、着慣れない服の裾を踏みそうになって慌てて立ち止まる。

すーすーと心許ない下肢の感覚と、ひらひらと動きに合わせて翻る足元を眺めてカイルは溜め息を吐いた。


(落ち着け、既に葛藤は済ませてきただろ…)


挫けそうになる心に言い聞かせて再度歩を進める。

今のカイルの恰好は貴族のお嬢様の外出着という出で立ちである。不本意ではあるが元々小柄ではあるし、頭に長いウイッグとつばの大きめな飾り帽子を被ってしまえばぱっと見はどこぞのご令嬢に見えるだろうという算段だった。実際に着て見て違和感がさほどないのには落ち込んだ。

学祭の催しで女装が必要になると言って商会から調達したレディメイドのドレスがすんなり着られてしまった複雑な気持ちは未だに持続しているが、今は手紙を届けるのが先決だと頭を切り替える。



目的の場所が近付くにつれ同じような姿のご令嬢を見かけるようになった。

騎士団の訓練場は王城を囲む位置にあり、そのまま城の守りを担う要塞のような作りになっている。だから特別な許可のない外部の人間が入り込めるのはこのラインまでなのだ。

きゃあきゃあと黄色い悲鳴が混じる一角にはきっと人気の騎士がいるのだろう。気が散って訓練にならないのではないかと思わないでもないが、騎士には爵位を継げない次男以降の子息や貴族以外の出身者も多く所属しており、婚姻相手や出仕先を見つけるためにもこういった措置は必要だろうと容認されているらしい。断じてもてない僻みなどではない。断じて。


カイルはそんなことをつらつらと考えながら、人ごみに混じってそっと騎士達の方に視線をやれば、複数人が打ち合いをしているところが見えた。


(あの中にマリーの兄さんもいるのかな…)


確か第三騎士団の隊長と言っていた筈だ。相手の骨を握りつぶす程の握力の持ち主というからにはさぞ体格に恵まれた大男なんだろうと思う。見たことはないがマリーの兄弟なのだから美形なのは間違いないだろうと勝手に想像していた。

集団を見渡してみればやはり騎士というだけあり誰もが体格が良く、誰がマリーの兄であるのか判断がつかなかった。

顔だけでも事前に確認しておくべきだったかと眉間に皺を寄せ考えるが、今更日を改めて出直しをするのも抵抗がある。


「あの…これを第二騎士団のフロッグ・グリーン様へ渡していただけないでしょうか?」


その時カイルの後ろの方でそんな声が聞えて、そっと後ろを振り向いて確認する。

見れば一人のご令嬢が通りかかった騎士に差し入れを頼んでいるところだった。騎士の方も慣れているのか「詰め所での検分を済ませてからになりますが宜しいですか」と返している。


(なるほど…いくら部外者を容認しているとはいえ、騎士本人に渡る前には検分をされるわけか…)


だとしたらマリーの手紙も兄の手に渡る前に読まれてしまう可能性がある。それではこうして居たたまれない思いをしてまでカイルがここに来た意味がなくなってしまう。


(どうするかな…)


間違いないのは本人に手渡すことだが、それをしたらカイルがマリーを匿っていることまでばれてしまうだろう。

やはり一度出直すべきかとカイルが思い初めていた時「通るよー!!」と威勢のよい声が聞えた。


「!」


荷物の詰まれた大きな台車を引いているのは恐らく配達人だろう。台車の荷物が食材や資材でないのなら郵便なども扱っている筈だ。

迷っている暇はなかった。恐らくこの荷物は城門を潜る時に一度検分を受けている。だからもうこれ以上中身を検めるということはないだろうと推測して、カイルはすれ違う振りをしてその台車の中に手紙をねじ込ませた。封筒には宛名しか書いていないが、騎士隊長の立場にあるマリーの兄が自分宛の怪しい手紙をそのままにはしないだろう。ましてや今は大事な妹を血眼になって探しているのだから尚更。


ガラガラと通り過ぎていく台車を見送ってカイルはその場を後にした。とにかくこれで任務は果たしたと言っていい。無事にあの手紙がマリーの家族に届くといいと思いながら早足に立ち去ろうとしたカイルは、気が急いたのかドレスの裾に躓いて転びかけた。


「っ…」

「…大丈夫ですか?」


慌てて踏みとどまりはしたが、思い切り躓いたところを騎士の一人に見られてしまって話しかけられる。カイルは顔を髪で隠すようにして頷いて急いで頭を下げて立ち去る。


(あぶな…かった…)


うっかり野太い声で悲鳴を上げなくて良かったと胸を撫で下ろしながら城門を潜る。

雑踏に紛れ遠ざかる城に視線を向けられず、とにかく一刻も早くこの恰好を脱ぎたい一心でカイルは足を速めた。








「あら、カイルお帰りなさい……今日は何だかとても疲れているのね?大丈夫?」


帰り道では本当に何でこんなことしてるんだろうと思っていたのに。

それなのに、マリーの「私のためにありがとう」というたった一言で自分のやったことを褒めてやりたくなるのだから、本当どうしようもないとカイルは思った。


「どうやって届けたの?」


ただ、この質問にだけは絶対に、絶対に答えたくない。



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