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キラキラしたシャンデリアの光。

その下で楽しげに話す招待客。

オルゴールの上に乗った人形のように対になって踊る人達。

会場に並ぶ趣向をこらした料理やお菓子達。


「素敵な夜ですね」

「えぇ本当に」


俗世から切り取られたようなそんな会話を、壁をすぐ背にした場所でぼんやり聞いていたカイルは、そんなキラキラした全てのものを見渡して重い溜め息を吐いた。


「ハァ……」


本当はこんな夜会になど来たくなかった。


カイルの生家であるバンカー男爵家は、名ばかりと言ってもいいほどの下っ端貴族である。

一代で財を築いた祖父の商才と、商会の資金の一部がかつて災害に見舞われたこの国の復興に大きく貢献したとかで貴族に取り上げられた過去があるというだけの完全なる成り上がりだった。

バンカーという家名もそこから取られているのだという皮肉なもので。名を第一とする歴史ある貴族からは成金と馬鹿にされることも多いこの名前がカイルは好きではなかった。

祖父が築いた財を元手に、跡を継いだ父は商会の他に今は貸金業にも事業を拡げている。恨みだってあちこちで買っていることだろう。

しかしその家業のお陰でカイル達はこうして何不自由なく暮らしていけるのだから、文句を言うのは筋違いだというのも分かっている。

ただ、こういう場所に来ると感情と理性の間でこうして思い悩む羽目になるので、やはり面倒くさいなと思ってしまう。

カイルはそんなもやもやとした感情を抱えながら、再びきらびやかな会場を見渡した。


今日の夜会は王家が主催のもので、国内の貴族ほぼ全部が招かれている。

領地が遠い者などは欠席も認められているが、王都に程近い男爵領では急病にでも罹らない限り出席は免れなかっただろう。

そしてタイミング良くその急病に罹ってしまったのが我が父と言うわけだ。昨夜「この貝は生でも食べられるらしいぞ」と皆が嫌厭する中一人だけ貝を生食した父は見事に当たり、昨夜から手洗いとベットを行き来している。ほらみろと思って呆れたのも束の間、夜会の代理出席と言うお鉢が此方に回ってきたものだからたまったものじゃない。


窓の外の月の位置を見て、重たい足を引き摺って出席した夜会も漸く中盤を過ぎた頃だろうと見切りをつけ、会場の出口に向かう。

壁際にいたカイルが移動をすると「あれが成金男爵家の…」などという声が遠巻きに聞えた。その相手が手に持つグラスに注がれているのはその成金男爵が納入したワインだと気付いているのだろうか。誰に言われるまでもなく分かっているとうんざりしつつ、その声を振り切るように会場を後にした。


馬車の停車場までの道はまだ人がほとんどいない。最後まで残る人間がほとんどの中、最低限の出席義務は果たしたとカイルは早足に馬車の止めてある場所へと歩く。

ふと通路に落ちる月明かりが翳ったのに気付いたカイルは顔をあげ庭の方を見やる。そして、そこに一人の少女がぼんやりと月を見上げながら立っていることに気がついた。


「………」


上等そうなドレスを着ているところを見ると、今夜の夜会の招待者であることが窺える。桃色の髪は月明かりの下でもその色を失うことはなく、逆に柔らかく光を放っているみたいだと思った。

一枚の絵画を見ているようだと、柄にもなくそんなことを思ったのは一瞬で、すぐに頭は早く家に帰りたいという欲求に切り替わる。


カイルがそんなことを思いながら、一瞬止まっていた足を踏み出しかけたその時、令嬢はその姿を突如として消した。


「え」


限界まで大きく開いた目に飛び込んできたのは、着る人間を突如として失ったドレスが地面に落ちる瞬間だった。


「…っ…何が…!?」


言葉の通り瞬きすらしていない一瞬で、いきなり消えたのだ。


今この瞬間までそこに確かに居たはずの人間が突然消えるなどとありえない。

思わず駆け寄ってしまったカイルは、地面に落ちたドレスや宝飾品に、それが見間違いではない事を知る。落とし穴でもあってそこに落ちたのかと思わず地面を確かめるが、落ちたとしてもこんなに都合よく衣服だけが残るなどということはないだろう。


「…何だ…これ……?」


跡形もなかったのなら、そこに少女が居たこと自体が見間違いであったと思うこともできた。けれどそのドレスは間違いなく先程までここにいた少女が着ていたものだ。

「お野菜を残すとお化けがでるわよぉ」というのは昔の母の口癖だが、お化けだって中身だけを連れ去るなどと面倒なことはしないだろう。一瞬寒くなった気がして自分の腕を擦りながら、深呼吸をして落ち着けようと大きく息を吐く。

事故や超常現象でないのなら、何か理由がある筈だ。このドレスの持ち主がどこに行ってしまったのかは分からないが、宝飾品などもそのままになっていることからこのままにしておくわけにもいかないだろうと思う。面倒なことになったと思わずここにはいない父に恨み言を呟きながら、何か手がかりがないかとカイルはそっと落ちているドレスへ手を伸ばした。


「あの…」

「!?」


カイルの伸ばした手が衣服に触れようとしたとき、指先に何かが触れるような感覚と小さな声が聞こえた。


「え」

「あの」

「うわっ!?」


指先を何かに掴まれた感覚にカイルが覗き込んだ先には、布に埋もれるように小さな小さな桃色の頭の、カイルの掌にも乗るような人間がいた。


「は、えぇ、と……妖精…?」

「そんな訳ないでしょう」

「は?え?」


即否定されて、まじまじと相手を見ると、よく見ればその桃色の髪は先程姿を消した令嬢と同じであると気付く。


「あんたは…さっきの…え、何でそんなに小さく…?」

「私にも何が何だか…」

「何だよ…何が起こった…!?」


この状況に混乱していたカイルは思わず一歩後ずさる。


「ま、待って!」

「っ…」

「助けて、今ここで貴方に見捨てられたら私は死んでしまいますっ…!!」


切実な叫びと必死な形相に、カイルは早鐘を打つ胸を落ち着けながらその場に踏みとどまる。確かに人間がこのサイズでいきなり外に放り出されたら、家に帰りつく前に力尽きるか野生動物の餌食になるかのどちらかだろう。


「いきなりこんなことを目にして驚いているとは思いますが…私も突然こんな風になってしまって驚いているんです…どうか話を聞いてください…」

「…自分の意思で小さくなった訳ではない?」

「そうです、夜会の空気に疲れてしまって、静かな場所を探して散策していたら急に体が小さくなってしまったのです…信じてください…」

「………」


まるで物語のような話にカイルは返事ができない。

人を小さくする魔法なんて見たことも聞いたこともない。人から聞いた話だったらカイルだって何を馬鹿なことをと一蹴していただろう。けれど目の前でそれを目撃してしまったのは紛れもない自分なのだ。どんなに信じられないことだとしても、こうして小さくなった彼女を見ていれば信じるしかないとも思う。

信じられない事が自分の身に起こった彼女の方が動揺していてもおかしくないのに、必死に冷静を保ちカイルに助けを求めている。

その姿に少しだけ頭が冷えたカイルは服に埋まる小さな少女の前に膝をついて話しかけた。


「分かった…あんたの話を取りあえず聞くよ…」

「ありがとうございます…!」

「俺は…あんたを家族の所まで送り届ければ良いか?」

「それなのですが…」

「どうした?」

「こうなった原因については分からないのですが……この事態を引き起こした可能性のある相手については心当たりがあります」

「は…?」


考え込むように俯いた少女は身体に巻いたドレスの布を握り締めながら言った。


「このままでは良くて誘拐か最悪は殺されてしまうかも…」

「殺されるだって…?」


告げられた深刻な内容にカイルは冷やりと顔が青褪めるのが分かった。


「私は魔抗の道具を身につけていました…それなのにこのような姿に変えられてしまったということは、わが国の魔法によるものではなく…他国に伝わる禁術のような類のものかもしれません」

「禁術…」


この国ではあまり聞かないが、魔法が普及していない他国では呪術がそれに変わる手段といて用いられているとも聞く。禁術は呪術の中でも危険なものだという認識だ。


「勿論、私の推測でしかありませんが…相手の目的がはっきりしない以上、私が生きていると相手に知られるのは不味いと思うのです。幸い庭に出ることを誰にも伝えずに出てきたので、恐らく相手も今私がここにいることに気付いていないと思います」

「相手に心当たりはあるんだろ?家族に話して匿ってもらえばいんじゃ…」

「敵を欺くには味方からと申しますでしょう?私の家族は…特に兄達は私のことが大好きなので、姿を現してしまえば、もう行方不明の妹を心配している振りはできないと思うのです…」

「そんなこと言われても…」


「だから元の姿に戻る方法が分かるまで、匿って欲しいのです」と言う少女に、カイルは不謹慎ながら面倒なことになったと思う。

命を狙われているというだけでも大事なのに、他国の呪術とか、成り上がりの下っ端貴族の一長男が抱えるには手に余る問題だ。何よりこの少女を匿ったところで危険こそあれメリットはない。気の毒だとは思うが今日はじめて会っただけの、しかも偶然通りかかったに過ぎないカイルが、そこまでしてやる義理はないとも。


「それは得策ではないと思う…命を狙われているというのなら、俺なんかじゃなくてそれこそ城の騎士団にでも頼むべきじゃないか?」

「城内に内通者がいなければ、今日のような王家主催の夜会には身元不明の、それこそ他国の人間が入り込むことは出来ませんわ」

「!」


言われてその可能性に初めて気がついた。けれど呪術がどういうものか知らないが、近くにいなくてもかけられる可能性だってあるんじゃないかと思い至る。


「しかし…」

「勿論、お礼はしっかりと致します」

「はぁ?」


尚も言い募ろうとしたカイルを遮るように少女は言った。


「貴方は確かバンカー男爵家のご子息でいらっしゃいましたね」

「!何でそれを…」

「国内全ての貴族の紋章を覚えるよう教育を受けていますから…」


少女の視線の先、自分の胸元にある徽章に納得する。


「全部覚えてんの?すごいな」

「え…えぇまぁ…」


感心したカイルに驚いたような顔をした相手は、すぐに居住まいを正して向き直る。


「申し遅れました、私はサンヴェリナ公爵家の娘、ローズマリーと申します」

「サンヴェリナ公爵…の、ご令嬢…?」


サンヴェリナ公爵といえば、王弟であり政界でも社交界でも指折りの名家である。その家のご令嬢といえば正真正銘のお姫様ではないか。バンカー男爵家ではどんな伝を辿ってもお知り合いになることも出来ないくらいの相手の高貴さにカイルはめまいがしそうになった。


「信じられないのでしたら、ドレスの懐に家紋の刺繍の入ったハンカチが入っていますわ」

「いや…信じていないわけじゃなくて…」


何故相手が高貴な身分である可能性に思い至らなかったのだろう。相手が貴族である以上、ほとんどが己以上の爵位を持っていると分かっていたのに、動揺してそんな当たり前のことも考えられなくなっていたらしい。

公爵家のお姫様をあんた呼ばわりしたり、助けることを渋ったり、今までの不敬の数々が頭を過って冷や汗をだらだら流すカイルとは裏腹に、令嬢は「貴方のお名前をうかがっても?」と首を傾げる。


「も、申し訳ありません…私はカイル、カイル・バンカーと申します」

「無理に話し方を変えなくても大丈夫です、そんなことで咎めたりしません。今の私の命は貴方に握られているも同然なのですから」

「………」


その言い方をされたらもう断れないだろうと思わず眉間に皺が寄る。


「…ごめんなさい、脅かすつもりはなかったのです。ただ、今貴方に見捨てられたら私は本当に死んでしまいますわ。これでも必死なんです。元に戻った暁には必ず男爵家にとっても納得いただけるだけの十分なお礼は致します…どうか、私を助けてください…」

「………」


小さな少女が更に小さくなってしまったかのように頭を下げたのに、カイルは罪悪感を覚える。義理はないとかメリットはないとか、そんなことばかり考えていた自分が酷くろくでなしに思えてきた。

落ちているドレスや宝飾品を見ても、どれも上等なものばかりだ。公爵家というのは嘘ではないだろう。ローズマリーを助けることで、公爵家に恩を売れて、その上謝礼までもらえるとしたら、それは悪くない条件のようにも思える。


何より小さな彼女を見ていて、庇護欲というか何と言うか哀れに思ってしまった。


「うーん……」

「お願いします…」

「わかりました…ただ、状況が変わればすぐにでもあん…貴女をを公爵家に届ける…ます」

「はい!ありがとうございます、カイル様!」


小さなローズマリーに微笑まれ、背中がむずむずとして居心地が悪い。

高貴な身分のご令嬢は大体カイルを見て遠巻きに鼻で笑ったりひそひそ陰口を叩く。名前だって「カイル様」なんて呼ばれたことはない。せいぜい「あぁバンカー男爵の」ぐらいだ。そんな風に名前を呼ばれて微笑まれるなど初めての出来事に、カイルはどうにもむず痒くて誤魔化すように頭を掻いた。


「…俺のことはカイルと呼び捨ててください」

「では私のこともマリーとお呼びください」

「それは…」

「家族はみんなそう呼びますの。今の私は貴方に頼らなければ生きていくことはできません。名前くらいは気安く呼んで欲しいのです。話し方もさっき言ったように普通で構いません」

「……わかった」


慣れない敬語を使わずともよいと許されただけホッとする。


「とりあえずあんたを王都内のうちの邸に連れて帰ろうと思う。それでいいか?」

「はい」


返事をしたローズマリーに手を伸ばしかけて動きを止める。


「……取りあえず何か着るものを探さないといけませんね」

「…っ…」


それまで動揺していて気付かなかったが、いくら小さくても、例え衣服に隠れて肝心な所が見えなかったとしても、年頃の令嬢のはだけた姿というのは年頃の男子にとっては刺激が強すぎた。


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