無題1 ある日の世界
「なあ、最強って何だ?」
男は永く閉じていた口唇を開いた。
「抽象的な質問。もっと具体的に聞いてほしい。私に君のフクザツな考えを推量する方法なんて無い。」
瞬。
「…俺ァちっせェ頃、どんな存在にも負けないようになれば、不自由なく、悲しみとかとは無縁に生きることができんじゃねぇかって考えてたんだ。」
「うん。」
だがな、と
「頑張って頑張って頑張った結果手に入ったのは老いず死なずのこの体。悠久の時間を使った鍛錬がありゃ、そりゃ最強になるってもんだ。けどな、最強っつーのは案外、寂しいもんなわけよ。」
「うん。」
瞬。
「…だからよォ、お前みたいな奴、俺を微塵も怖がんねぇ奴がそばにいてくれるだけで……、まあお前からしちゃマジで米粒ほども怖くねぇんだろうがな、…なんっつーか……、ともかく、ありがてェのよ。」
「うん。」
両者の間に得も言われぬ空気が流れた。
「……私には、君のその考えはよく分からないと言わざるを得ない。」
その存在からは、予想していた通りの答えが返ってきた。
「……ま、お前みたいな奴からすればそりゃそうだろうがなァ…。
人間は基本弱っちいイキモノで、お前みてぇなヤバイ存在と同じ立場に立つことなんかできやしねぇ。だけどだ、その中から自分のことをちゃんと見て、ちゃんと対等に接してくれる奴が出てきたら嬉しいだろ?」
「?別に?」
「…なんでだ?」
「私が人間と全く同じ感性を保持していると思うの?」
数瞬。
「……そうかい。」
一息。
「……最強になったところでなんの意味もなかったんだ。最強になるためだけに全ての時間を費やしてきた。その他のものはすべて切り捨ててきた。
…なぁ、このチカラはなんのためにあるんだ?気に入らないやつを黙らせるためか?
俺は強くなって何がしたかったんだ?
このチカラを手に入れて…
俺は…
このチカラは…
あいつを殺すためだったのか?
……………………
……………………
…………ありえねぇじゃんかよ…っ。
あいつは死んでいいやつなんかじゃなかったんだ…ッ。
こんなチカラがあってたすけらんねぇなんて…………ッ!
あいつは、俺が殺したも同────」
「そんなことはない。」
否定の言葉はマッサラな世界によく響いた。
「彼女は君に確固たる思念を抱いていた。それを涜すのは良くないことだと、こんな私でも絶対に主張する。」
男の理論は歪んでいた。
全ては自分の責任だと、自分を責め続けていた。
それほどまでに、アレはこの男にとって、地獄のような出来事だったのだろう。
「……………………。」
「君はそんなチカラを持っているのだから、もう少し自由に生きてみるといいと思う。あの出来事に対する責任を孤独に背負い続ける事は、恐らく彼女も望んでいない。」
男の世界が目まぐるしく変化している。
この存在が言った、言ってくれた事と、自分の考え、戒めを擦り合わせている。
「………………俺ァ、もう孤独じゃねぇよ」
唐突なる去り際に、彼は付加物を置いていった。
絞り尽くされ、唇の端から漏れ出た言葉は満遍なく聞き取ることができた。
意味は良く理解できなかったが、私が彼に何らかのキッカケというものを与えることができたのかもしれない。
「…アナタは私の大切な人………、もっと深く大きく気持ちを教えてほしい…」
呆れ気味に頭を振った。
「…アナタはもっと私にニホンゴを教えるべき……」
理解ができなかった自らの頭を少しだけ恨んだ。
「…私も、変わるべきなのかな…」
勇気、時間、差異。
私には、遠いモノばかりだった。