異世界に召喚されたけれど、話が分かる竜相手に交渉して竜の力を半分貰って帰ってきた。
うちの父親は世間的に言ってクズと表現されても差し支えないと思う。
平日日中から酒を浴びるように飲み、酒が足りなければ家族へと暴力を振るう。仕事をしている所など見た覚えもなく、パートに行く母親が我が家の支えだった。
その母が過労で倒れて亡くなると、次に家計を支えるのは自分の役目になった。中学生の頃の話であったので、学校の許可も貰えず無断で新聞配達のバイトをして家計の足しに。
そうして中学の卒業も迫ってくると、高校には行けるわけもなく進路希望は就職とだけ。
だが学校の先生なんてものは、こちらの事情を聞いている筈にも関わらず無難な選択肢をどうしても選ばせたいらしく、なんとか高校へと行く方法を探し出しては進めてくる。
奨学金とか言われても、後で借金として返さなければならないのらば、自分は今を生きる方が大事だと思うんだけど。
そんなある日、教室で今日も一人ご飯を食べていた時だった。
因みにお弁当だ。買い食いなんて出来るレベルの家じゃない。しかも白米どころか弁当箱の中身はもやしオンリーである。調味料は塩のみだ。
さあ、これから食事だと箸を手に持った所で教室内に目も開けられない程の光が溢れた。
そうして光が収まり、なんとか目が開けられるようになると、そこは知らない光景で……いや、知らない光景か? 王様が王座に座って兵士が左右に控えてて赤い絨毯とか、これ謁見の間ってやつだよね? ゲームで見たことあるから、知ってる光景と言えなくもない。
「遥か異界の地より、よくぞ参られた。我等が呼び声に応えた勇者達よ」
偉そうな王様が、これまた偉そうな口調で多分、俺達に向かってそんなことを言う。ていうか、異世界小説が流行りの昨今、この王様は多分ダメなパターンだと思う。
なんでダメかって、でっぷり太って贅肉がたっぷりだ。服装も金糸なんか入れちゃってめっちゃんこ豪華だし、煌びやかなのは王冠だけでも十分なのに、太い指にもごっつい指輪が何個も。
絶対困ってないパターンの王様だろ、これ。
「貴殿らに来てもらったのは他でもない。我がシールデニア王国の領地に竜が住み着いてしまい難儀しておる。我が国の兵も屈強ではあるが、人の身で竜を打倒する事は困難を極める。そこで、過去の文献を紐解き、竜を打倒したとされる古の勇者と同じ世界の者である貴殿らを呼ぶに至った。ここまでは良いか?」
良いか? と言われても別に良くない。
言っちゃえば俺達は誘拐されたようなものだし、竜と戦えってことだよね、それ? それに竜が住み着いたって……被害が出てるのかも知れないけれど、その竜が居る領地ぐらいは諦めて離れたらどうなんだろう? 案外手を出さなければ放っといてくれるかも知れないじゃないか。
しかも質問を挟もうにも、中学生が兵士から睨みつけられ続けてたら中々に質問し辛い事に気付いてほしい。
頼りになりそうな担任の先生はお昼ご飯の時間だったので職員室にいたのか、教室に居た生徒のみで連れて来られているので、こちとら怯えっぱなしである。
中学生男子の怯えっぷりを舐めるなよ、なんて心の中で強がりを言ってみても何の解決にもならないんだけれど、心の中だけでも強がりを言いたい年頃なので、解決しなくても心の中だけで強がりを試みていた時の事である。
突然、王様の背後の壁が崩れ落ちて王様が瓦礫の中に消え去って行った。
「…………」
総勢がぽかーん、と茫然である。
『異界より出でし勇者達よ。突然の事に戸惑いもあろうが、話を聞くのだ』
そして壁の穴から竜と思われる顔が出てきた。鼻息が生暖かいと分かるぐらいにデカい顔である。
……これって話に出てた竜じゃない? しかも王様、あれ死んじゃってない?
俺達を囲んでいた兵士達が剣を抜いて竜(頭しか見えない)に果敢に斬りかかっているみたいだけれど、全ての剣がカキンカキンと音を立てて弾かれまくっている。
『此方の世界の者の無責任なる暴挙により連れて来られた勇者よ、どうか寛大な心でこの過ちを赦して欲しい。此の世界の者の責任として、我が其方らを元居た異界へ送り返そうではないか。無論、望むのであれば詫びの品として金塊程度のものであれば差し出そう』
いや、斬られてますよ? そんなのんびり話してる状況じゃなくない? 兵士が群がってるよ?
というか勝手に呼び出されただけだから送り返してやるって言ってくれてるんだよね? じゃあ何で俺達の呼び名は勇者なんだろうか。責任も使命もないみたいなのに。
というか竜よ、お前は分かっていない。
僕らは卒業間近の三年生とは言え、ちょっと前まで二年生だったのだ。リアル中二病患者の集まりなのだ。
竜から何かしらお願いがあれば、的な話をされたら――。
だが、ちらりと周りを見てみるが、そのことに心躍っているクラスメイトは思いのほか居ないようだった。ああ、現実離れした出来事と光景にフリーズしていたり、むしろ竜を怖がっていたりって人の方が多かったようだ。
だが俺は違う。
なにせ、いつ何時、家に借金取りが押しかけてくるか、いつ何時、親父が凶器を持ち出すかって生活をしていた上で中二病な俺に隙はない。
いつ死ぬか分からない身の上で中二病、もう何も怖いものなんてないのだ。
「はい! 金塊以外にも望めば叶えてもらえますか!」
なのでしゅぴっと手を挙げて質問してみた。果たして異世界で手を挙げて質問をするシステムがあるのかどうかは定かではない。
『我に可能な範囲であれば応えよう』
「じゃあ俺のペット兼護衛になって頂く事は可能でしょうか!」
『……護衛であれば』
「ペットの方をメインでお願いします!」
ドラゴンを飼うなんて中二病の夢の一つじゃんね。
『だが其方らに不利益を与えたのはこの国の王であり、我ではない。我が身を捧げるには値しないと思うのだが?』
「こちらの世界に一緒に来てもらうだけでもダメですか?」
『そちらの世界には我のような生物は居ないのではないのか? 混乱を招くだけと思うが』
「じゃあ人間の身体とかがあるなら、それに乗り移ったりとか出来ませんかね? うちの親父の身体なら好きなだけ奪って良いですよ」
ついでにクソ親父が消えてくれるし。
『その肉体の持ち主自身との交渉でなくば無理だ』
「……この世界の者として責任を取るって言ったのに、結局叶えてくれないなら、謝る意味なくないですか……?」
『む……』
お、竜が怯んだ。これは畳みかけたい。
「じゃあ連れてくのは無理でも、竜の力を半分ぐらい俺にくれたりするのは……これも無理です?」
『……承知した。それで気が済むのであれば、我自身を連れて行くよりは受け入れ易い』
まさかの交渉成立である。なんかドラゴンの力を半分もらえた。
……もらえた所で、それがどんな力なのかは知らないんだけども。
『他の者は良いのか? 力は半減しておる故、他のもの……出来れば金塊等であれば助かるのだが……』
なんかドラゴンが弱気になってしまった。
そして皆は金塊で手打ちにしたようだ。そんなので良いのかな? 俺はアルバイトしてたからそう思うのかも知れないけど、お金なら仕事すれば稼げるんだし、竜の力の方が希少価値高くない? 地球にはない力だよ?
ぶっちゃけ、あの酒クズ親父と縁を切りたくても暴力から逃げたくてもお金だけじゃ縁も切れなけれゃ暴力から逃げるのも一時的な回避にしかならないから、力があった方が俺としては嬉しいんだけど。
『ではもう良いな。其方らを送り返そう、光る陣の中から出ずに待機せよ』
なんか魔法陣みたいなの出てきた。
ていうか俺は特に儀式的なものをしていないんだけど、竜の力は本当にもらえてるんだろうか? これで帰って力が使えなかったら異世界召喚の魔法を地球で調べる羽目になるかも知れない。トラックに轢かれてみるとか? 絶対に嫌だ。
「ちゃんと力は受け渡されたんですか?」
『その魔法陣で異界へと戻る際に付与される、安心せよ』
うーん、こちとらなんでもかんでも契約書の日本人だ。そうそう安心できないけど……まあ、ファンタジーな存在のドラゴンと魔法的なものだから、そういうものとして納得するしかないのかな。
「あと力の使い方を――」
『力が与えられれば自ずと分かる。もう送るぞ』
ドラゴンの表情は全く分からないけど、声からしてうんざりしている感が漂っていた。質問しすぎだったようだ。
こうして竜の力を宿して教室に帰ってきた俺達。いや、竜の力を宿したのは俺だけで、他のみんなはあの怖い竜の顔に質問やお願いをするのが気が引けたから金塊だけで済ませたみたいだけど。
ていうか、教室のクラスメイト皆が金の延べ棒を持ってるんだけど、それどうするつもりなんだろう……? 今の時代、金の延べ棒にも刻印があったりとか出所を調べられたりとかするから、換金できない可能性の方が高いと思うんだけど……。
力なら調べられる事もないし、こりゃ得した。
こりゃ食べかけだった、もやしオンリー弁当もさぞ美味かろうと思って弁当を食べようとしたらチャイムが鳴って教師が教室に入ってくる。
あ、こっちの時間は止まってたわけでもないのね……クラスメイト全員がその日はお昼ご飯を食べ損ねたのであった。