みこ@推ししか勝たん!の場合
ありえない
ありえない
ありえない!!!
みこはお気に入りのリボンのついたエナメルの厚底ローファーをことさらドカドカさせながら歩いていた。
自宅は都内ではなくて近県、それも最終が22時には出てしまうような場所で都内に来る時は綿密な計画を立ててきているのに。
「マルのバカー!」
友達と渋谷で遊んだ後いっしょにマックで沸きたおそうと思ってたのに。
はぐれてしまった。
「東京なんてよくわかんないのに…」
せっかくの楽しみが台無しだ。
「どうしよ…」
見たことのない風景。
どこまで行っても見慣れない建物が並んでいてどこにいるのかわからない。
マップを開こうにも友達にLINEしようにもスマホの充電が切れてしまっていた。
コンビニでもあればバッテリーを借りられるのだがそれにはアプリが必要。
「詰んだ…」
涙目で立ち止まって手持ちのリボン付きのバッグをぎゅっと抱きしめる。
「怖いよう…」
友達となら都内ウロウロしていたがひとりになることなんてない。
このままではほんとに動けなくなっちゃう…
行動力だけはあるから歩いて歩いてコンビニか駅か交番にでもたどり着いたらどうにかなる、はず。
「よし!」
歩き出したとたんひとにぶつかった。
「ご、ごめんなさい」
大きな男のひとだ。
「こちらこそごめんなさい」
ん?
今の声聞き覚えが…
顔を上げてみると、
「あああああああー!」
「え?」
彼、だ!
わたしの推し!
推しだああああああ
ちょっと小さめのわたしが見上げないと見えないくらいの身長。
何よりこの声!
「あの!あのっ!」
「ん?もしかして…」
「わ、わたしリスナーです!みこ!みこ!」
彼は一瞬目を見開いてそのあとニコって笑った。
「なんだぁ、みこかぁ」
配信の時みたいに優しい声。
「すごい偶然だね。なんでここに?たしか都内じゃないよね?」
覚えててくれたんだぁ。
「とっ、友達と遊びに来ててそんではぐれちゃってっ」
「あららそりゃ大変。連絡ついた?」
「スマホ充電切れでそれで迷子になっちゃって…」
「そりゃ、心細いね〜」
「どうしよ…」
「あのさー俺もこの辺よくわかんないけどたしかさっき降りた駅に充電用の自販機みたいなのあった」
「えええええ!駅どっちですか⁉️」
「んーとねーあっちの方。いっしょ行く?」
「え?」
「待ち合わせしてたんだけど相手が1時間くらい遅れるってさー」
「ええええええ!いいの⁉️」
「いいよ、そのくらい。すぐそこだし。さすがに迷子の未成年ほっとけないでしょ」
うわぁ…うそ。コレ夢?
「夢じゃないよ」
笑われた。
え?わたし口に出してた?
「うん」
ええええ。どうしよ。
「友達心配してるよ、行こうか」
頭沸いてるのにガチガチに固まってしまった。
どうしよ、かっこいい…
歩き出した彼のあとをついて行く。
「ほんとすぐそこ駅だよー」
「ああああありがとうございますっ!」
角を曲がると駅の看板が見えて、あれ?もしかして一本隣の道がさっき友達と歩いてたとこ…
「みこっ!」
「あ!マル〜」
駅のとこから友達が駆け寄ってきた。
「もう!みこちっちゃいくせにちょこまか動くからすぐどっか行っちゃうんだから!」
「ごめーん」
「友達見つかってよかったね。じゃ、気をつけて帰るんだよ」
言い残してスタスタ歩いて行く。
「あっ!」
「誰?」
「推しくん…」
「ええええ!?あんたがいつも沸いてる…」
「そう…」
しまった、ちゃんとお礼言えなかった。
慌ててて握手とか何にも言えなかった…
「めっちゃかっけーやん!何?どーいうこと?」
「偶然…」
「すげー!」
もう角を曲がって見えなくなっちゃった…
「背ぇ高いしかっけーけど、胸のとこに養生テープなかった?」
「あ」
そういえばこないだの配信で貼ってたやつまだつけてるんだ。
教えてあげればよかったなぁ。
それよりもなんで握手とかサインとか…
「駅まで送ってくれたんだね。優しいやん」
「うん…」
「めっちゃイケメン」
「うん…」
「アタシも推そうかな」
「うん…」
「どしたのよ」
「めっちゃかっこいい…」
実在したんだ。
わたしの推し。
「だめだこりゃ。あっちの世界行っちゃったね」
なんでもっとちゃんと話さなかったんだろ…
「みこ?みーこ?早く帰らないと終電間に合わないよ?」
「うん…」
いつかきっと、ちゃんとお話ししたいな。
「にしてもなんで養生テープ?」
「あ、それはね…」
また会えるよね?