『熾天使カレイア』
「サツキ!? どうしてここに!? あと血だらけだよ!?」
公園に現れたサツキに、私は駆け寄る。
メイド服が赤く染まっており、出血しているのなら明らかに致死量である。
「心配なさらずとも、私の血ではありません」
「え?」
一瞬遅れ、私は気付く。
もしこれがサツキの血であったならば、この場に現れるどころか、生きていることすら難しいだろう。
「貴様!!」
サツキと話していたとき、ティアレが声を上げる。
「初対面で貴様呼びですか」
「貴様、港町に忍ばせておいた妾の部下を殺りおったな」
「おや、アレは貴方の部下でしたか。申し訳ありません、アメルを狙っていましたので殺してしまいました」
五皇竜ではないとはいえ、ドラゴンを殺すなんて――
ドラゴンは戦闘能力が高く、ドラゴン兵1体に対して天使兵2体掛かりで戦わなければいけない。
――そんな相手を、1人で殺した?
「この剣……」
私が驚いていた時、地面に突き刺さっていた黒色の剣を握ったティアレが呟く。
「おや、触れても平気なんですか。師匠の言う通り、これだと最上位のドラゴンには効かないようですね」
「貴様、竜狩りの一族か。皆殺しにしたと思っておったが、まさか生き残りがおったとは」
「詰めが甘いんですよ」
竜狩りの一族、最上位のドラゴン、話に付いていけないが、これだけは確信できる。
サツキは、ティアレの正体を知っている。
「魔剣ドラゴスティアのレプリカであろう、なるほどのう、部下も殺されるわけじゃ」
「よく触れましたね、本物であれば貴方もただでは済みませんよ」
「レプリカであることは分かっておったからな。本物のドラゴスティアであれば、そこに存在するだけでドラゴンは力の大半を失う」
「詳しいですね」
微笑を浮かべると――
サツキは魔剣を消滅させ、私の方に振り返ってくる。
「サツキ……?」
「私は竜狩りの一族なんですよ。私以外は全員殺されましたけどね。私は覚えていますよ、里を一瞬で消し飛ばした紅と黄金のドラゴンを」
紅の竜。黄金の竜
竜界の序列1位――『竜王』ルヴィエラと、竜界の序列2位――『裁光竜』ラードニアか。人間界で、彼女等の名前を聞くことになるとは思わなかった。
「……」
「カレン、やはり貴方はそれらの竜を知っているんですね。お願いします、どうか名前を教えてください。私はアイツを殺さなければいけないんです」
懇願するサツキを見て、ティアレが笑う。
「竜狩りとはいえ、人間如きにルヴィエラ様とラードニアは殺せんよ、彼女等を殺せるのは、魔王アズリオン、熾天使カレイアだけじゃ」
ティアレの言葉を聞いて、サツキは少し黙り込む。
そして、衝撃的な発言をした。
「じゃあ、カレンに鍛えてもらえれば殺せるようになるってことですね」
「えっ?」
間抜けな声を上げる私。
どうしてそうなるのか。ティアレの発言から、なにがどうなって私に鍛えてもらうって話になるのだろうか。
「彼女等を殺せるカレンに鍛えてもらえれば、私も殺せるようになりますよね?」
「どうして、私が出てくるの?」
「熾天使カレイアって、カレンのことじゃないですか。最強の熾天使に鍛えてもらえれば、私も強くなれますよね?」
「えっ?」
聞き違いじゃなかったら――
サツキは今、私のことを熾天使カレイアって言ったよね。
「もしかして、正体を隠しているつもりだったのですか……?」
「えっ」
「私てっきり、隠す気がないのかと……」
「えっ」
「クハハハハハハハ!!!」
私とサツキのやり取りを見て、高笑いするティアレ。
「いつからバレてたの……?」
「熾天使カレイアだと確信したのはサコレット森林での一件です。美しい容姿、銀髪紅眼、銀色の焔、凄まじい魔力、熾天使カレイア伝説を読んだことのある者なら、誰でも分かりますよ……?」
苦笑を浮かべるサツキ。
衝撃の事実、正体を隠せていると思っていたのは私だけだったらしい。
「アメルも知ってるの?」
「アメルにもバレているのかは知りませんが……私たちは仲間なんですし、いっそのこと打ち明けてしまっては?」
サツキに言われ、私は黙り込む。
私の正体を知っても、サツキは態度を変えることなく接してくれた。しかし、アメルはどうだろう。私が熾天使だと知った瞬間、怖がらないだろうか。
「サツキ、これでも怖くない?」
私は天輪と白翼を顕現させると、熾天使カレイアを降臨させた。
腰まで届く銀色の髪。燃え盛るような紅色の瞳。黄金に輝く天輪。漆黒の夜を照らす3対6枚の白翼。私を中心に渦巻く銀色の焔は少し掠るだけで致命傷。
「怪物が……太陽に謝れ、触れてもおらんのに焼けそうじゃ」
私から距離を取るティアレ。
怪物とは、私にお似合いの表現である。敵味方関係なく焼き尽くす死の焔を操る怪物。
竜界の序列3位――『冥闇竜』ティアレでも恐怖を感じるのだから。怖がらないほうが不思議である。
――しかし、サツキは違った。
「怖くないですよ、カレンですから」
「サツキ!! 私に近づいたらダメだって!! 私の魔法は少し掠っただけでも死んじゃうから……!!」
「大丈夫ですよ。カレンの魔法では私を殺せませんから」
銀色の焔に包み込まれても、サツキは無傷だった。
私の『銀ノ焔』は、魔力を燃やし尽くしてしまう。その性質から魔力を保有する生物が触れてしまえば致命傷は免れないはずなのだが――
「やはりそうでしたか」
「え?」
「カレンの魔法は、カレン自身が敵と見做した者にしか効果が無いんですよ」
銀色の焔の中を、サツキが歩いてくる。
そして、メイド服に付着していた返り血が燃えただけで、傷1つ負うことも無く私の元に辿り着いた。
「うそ……」
「そこの方が熱そうにしていた時、私は熱くなかったんですよ。それで私は確信しました。カレンの魔法は私に効かないと」
「まって、たったそれだけで……? たったそれだけで『銀ノ焔』に飛び込んじゃったの……?」
「はい」
笑顔で頷くサツキ。
「1歩間違えてたら死んじゃってたよ?」
「死ななかったので問題ありません。私の故郷には面白い言葉があるんですよ。終わり良ければ全て良しという」
「あは、あはは……」
ぺたんと座り込む私。
私とサツキを見て、ティアレが言葉を洩らす。
「貴様等、狂っておるわ」
「おっと、大事なことを忘れていました。カレン、彼女ですよね。私達の仲間であるアメルに刺客を差し向けたのは」
「そうだね」
サツキの言葉に――
私が頷いた瞬間、表情が変わるティアレ。
「くっ……」
「でも、ティアレにはアメルの命を救ってもらった恩があるんだよね。ティアレがいなかったら、アメルはレイン・ドゥクスアに殺されてた」
私は『銀ノ焔』を停止させ、白翼と天輪も消滅させた状態でティアレに近づく。
「ふん、アメルを助けたのはおぬしとの取引材料にするためで――」
「それでも、アメルを守ってくれてありがとう」
「礼を言うくらいなら、魔界の殲滅を手伝え。おぬしと契約を結べなければ、ルヴィエラ様に顔向けできん」
「じゃあ、時間をかけて私を口説いてよ。もちろん汚い方法は無しで。もしかしたら気が変わるかもしれないよ」
「は?」
私の言葉に、きょとんとした表情を浮かべるティアレ。
「私たちのギルドね、あと2人メンバーが欲しいんだよね」
「おい」
「ギルド対抗戦に出場するには、5人のメンバーが必要なんだよね」
「まさか」
「ティアレが私たちのギルドに入ってくれたら、もしかしたら気が変わって魔界の殲滅に手を貸したくなるかもしれないよ」
ティアレの肩に手を置くと、私は優しく微笑みかける。
アメルからの好感度も高いし、戦闘力も申し分ない。ティアレが『色彩の集い』に入ってくれたら冒険者生活が楽しくなる。
「まあ、どうせ竜界には戻れんし」
「契約成立だね」
「勘違いするでないぞ。妾がおぬしのギルドに所属するのは、ルヴィエラ様の命令を遂行するために仕方なくじゃ!!」
「あはは、わかってるって。アメルも待ってるし、食堂に帰ろう」
ティアレに背を向け、私が公園の入り口に向かって歩き出した時である。
身体を貫くような殺気が、私を包み込む。
「平和ボケというのは、これほどまでに恐ろしいものであるか」
「なっ」
ティアレの貫手が、私の脇腹を抉る。
殺気を感じ、躱すのが遅かったら腹部を貫かれていた。
「しくじったか」
「うぐ、ティア、レ……」
脇腹を押さえ、私はティアレから距離を取る。
出血が多いせいで、ポタポタと地面に落ちる私の血液。出血多量となる前に、私は『銀ノ焔』で傷口を焼く。
「カレン!!」
「大丈夫だよサツキ、脇腹を抉られただけだから。ティアレ、どう考えてもあそこは仲間になる流れでしょうが……? あのタイミングで裏切っちゃいけないよねえ……?」
「ルヴィエラ様からの命令でな。カレイアが誘いに乗らなければ、隙を見つけて殺しておけと。無理に決まっているだろうと思ってはいたが、案外なんとかなるかもしれんな」
ティアレは魔力を解放すると、漆黒のドラゴンに姿を変える。
渦巻く黄金の角。全てを切り裂く大爪。ぎょろりと開かれた眼。全身を覆う漆黒の鱗。巨大な翼を広げ、私とサツキを見下ろす。
「これが、最上位のドラゴン……」
「ごめんけど……サツキ、食堂に行ってアメルを守ってくれないかな。ティアレの部下が1体だけとは限らないから」
「しかし……」
心配するサツキ。
生まれて初めて心配された。私よりも、1回りも2回りも弱い生物にである。
――しかし、それも悪くない。
「元とはいえ、天界の序列3位――『天銀』カレイアだよ? あんな黒トカゲに殺されるわけないじゃん?」
「まあ、私がいても足手纏いになるだけですし……分かりました、黒トカゲは任せます。夕飯のおかずにしたいので、消し炭にはしないでくださいね」
「かしこまりっ」
私は元気よく返事すると、サツキと拳を合わせるのだった。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます!!
みなさんに楽しんでいただけることが、執筆活動の原動力になっております!!
これからもよろしくお願いします!!




