『抑止力の消失』
「降参するわ」
氷の隕石が消滅すると――
黒翼を折り畳んだサレヴィアが、両手を挙げながら降りてきた。
「降参なんて、つまらないこと言わないでよ。たっぷりと時間はあるし、もっと殺し合おうよ。もしかしたら勝てるかもしれないよ」
「この殺戮天使……脳筋なドラゴンと違って、アタシは馬鹿じゃないのよ。天界最強の熾天使を相手に単騎で挑むわけがないじゃない。まったく、素顔さえ分かっていたなら戦いを挑むことは無かったのに……」
地面に足が付くと、サレヴィアは軽く舌打ちする。
戦闘の時、天使は鎧を纏うことを義務付けられているので、サレヴィアが私の顔を知らないのは当然のことである。
「はあ、久しぶりに楽しめると思ったのに……」
「世辞は言わなくていいから。まったく本気を出していないくせに……どうして、創造神の最高傑作は3体とも性格が悪いのかしら」
「それは言い過ぎじゃない? イカレポンチのあいつらよりは正常だよ?」
「お・な・じ・だ・か・ら」
そこまで言うことはないだろう。
私は基本的に平和主義者だし、私から攻撃を仕掛けることはないし、雑魚相手に全力は出さないし、相手の降参は受け入れるし――
「そういえば、サレヴィアには教えてもらいたいことがあるんだよね」
「奇遇じゃない。アタシも聞きたいことがあるの」
「「なんで人間界にいるの?」」
私とサレヴィアの声が重なってしまう。
まあ、やっぱりそうなるよね。人間界に熾天使と最上位悪魔が存在するなんて、有り得ないことなんだから――
「アンタが派遣されたってことは、人間界は用済みってことね」
「どういうこと?」
サレヴィアの物騒な発言に、私は首を傾げる。
人間界が用済みなんて、どういうことだろう。こんな素晴らしい世界が用済みになるわけがないだろう。
「ハレスの命令で、人間界を滅ぼすんじゃないの?」
「そんなことしないよ」
サレヴィアの発言に、私は即答する。滅ぼすなんて物騒なこと言わないでほしい。そんなことは私がやらせない。
「じゃあ、なんでいるのよ。殺戮天使が派遣されるなんて、余程の理由があるんでしょう?」
「さっきも言ったけど、冒険者になったからだよ」
「は?」
ポカンと口を開け、目を丸くするサレヴィア。
「天界を追い出されて、自由になったから冒険者になったんだよ」
「待って、追い出された……?」
「うん、セクハラに我慢できなくて、ハレスを殴り飛ばしたんだよ。そうしたら魔力を封じられて人間界に落とされちゃった」
私が真顔で言うと、サレヴィアは驚愕の表情を浮かべる。
そして、言葉を放ってきた。
「馬鹿じゃないの!?」
「私は被害者なんだけど……?」
「アンタじゃなくて、ハレスに言っているのよ!! 天界最強の熾天使であるアンタがいない天界なんて、魔界と竜界にとっては格好の的でしかないわよ!?」
最大の抑止力なんて、なんだか照れるじゃないか。私がいなくても天界には熾天使が5体も残っているし、なんとかなるでしょう。
「まあ、いいんじゃない?」
「それが良くないのよ。魔界と竜界にアンタの不在が知られたら、3界戦争の続きが始まるわよ?」
「そうなの?」
「自覚無しとか、天然の領域を超えているわね……アンタは魔界と竜界に対して、最大の抑止力になっていたのよ。アンタは創造神が生み出した最高傑作の1体。アンタがいたから3界は均衡を保っていたわけ」
「なるほど、天界やばいね。魔王と竜王は私じゃないと止められないもんね。まあ、私には関係ないけど」
「簡単に切り捨てるのね。天界に思い出とか無いわけ?」
思い出が無いわけではない。
私の部下。私を慕ってくれた熾天使の後輩。食堂の天使ちゃん。なるべく彼女たちは救ってあげたいけど――
「無理だね。天界に戻ったら、今度こそハレスとソフィエルに殺される」
「神の権限と、天使を無力化する黄金の鎖よね。魔王様から聞いたことあるわ。なるほど、あれは殺戮天使にも効果があるのね。高く売れそうな情報だわ」
「せっかく降参を受け入れてあげたのに……なるほど、殺し合いの続きをやるんだね?」
「冗談よ」
サレヴィアは微笑を浮かべると、手頃な大きさの岩に腰掛けた。
「それじゃあ、次はサレヴィアが答える番だよ。魔界を守護する最上位悪魔の君がどうして人間界にいるの?」
「まあ、隠しておく理由も無いし、正直に答えてあげるわ。アタシは魔王様から人捜しを任されたのよ」
最上位悪魔が人捜し。
そうなると、世界に影響を与えるほどの重要人物に違いない。
「情報はあるの?」
「転生魔法の使い手で、タルタロスの鍵を身に宿した魔道士よ」
「タルタルソース?」
「タ・ル・タ・ロ・ス!! 封絶牢獄タルタロスよ!!」
「そっちか~」
封絶牢獄タルタロス。
創造神が生み出したという、神の敵を封じ込める牢獄である。架空の存在だと思っていたが、実在しているとは思わなかった。
「タルタロスの鍵なんか探して、どうするつもり?」
「アタシは知らないわ」
「役立たず」
「うるさいわね」
サレヴィアは舌を出すと、岩から立ち上がる。
そして、私にくるりと背を向けると、森の出口に向かって歩き出した。
「どこいくの?」
「もちろん、魔界に帰るのよ。魔王様にアンタのことを報告しないと」
「ダメに決まってるじゃん」
魔界に帰ろうとしたサレヴィアを、私は腕を掴んで引き留める。
「見逃しなさいよ。アンタはもう天界がどうなろうが知ったことじゃないでしょう」
「君を連れて行かないと、報酬が貰えないんだよ。天界は好きにしても構わないから、魔界に帰るのは冒険者協会で謝ってからにしてよ」
「そっち!?」
報酬が貰えないと、のんびりと冬を過ごせないからね。
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