『絶対零度の悪魔』
「酷い有様だな……」
サコレット森林に降り立つと――
氷漬けになった草木を見て、ワイバーンの運転手が呟いた。
――生物の気配を感じない。
耳に入ってくるのは、風の音と私たちの足音だけである。薬草の宝庫と呼ばれるくらい豊かな森なら、動物の鳴き声とか、草木が揺れる音とか、生命の音が聞こえてくるはず。
「みなさん見てください」
少し歩いた時、サツキが森林の奥を指差して――
樹木の陰に視線を送ると、氷漬けになった動物の姿があった。
灰色の兎。骨が浮き出るくらい痩せており、見るに堪えない姿である。ここは豊かな森だ。動物たちが食料に困ることはないはずだが――
――もしかして、氷に生命力を吸い取られている?
脳裏を過ぎると同時、私はワイバーンを撃ち落とした犯人の正体に気づく。
私の予想が正しいなら、今すぐここからアメル・サツキ・運転手の3人を逃がさなければならない。
「アメル」
「カレン、どうしたの?」
「理由はギルドハウスで話すからさ……今すぐムンちゃん召喚して、3人で商業都市に帰ってほしい」
私はアメルの両肩を掴むと、真剣な眼差しで商業都市への帰還を促す。
「3人だけで帰れって、どういうこと?」
「ギルドハウスに帰ったら、きちんと話すから……お願い、今は理由を聞かないで。早くしないと手遅れになる」
目線を合わせたまま、肩を掴む力を強くすると――
なんとなく状況を察したのか、アメルの背中をサツキが軽く叩いた。
「アメル、理由はギルドハウスで話すと言っておりますので、今はカレンに従いましょう。どうやら只事ではないようです」
「サツキちゃん……」
サツキに説得されるが、納得できない素振りを見せるアメル。
そんなとき、運転手が会話に入ってきた。
「なあ、銀髪の嬢ちゃん……おめえ、もしかして、森林を凍結させた犯人を知っているのか? そして、俺達ではどうしようもないことを知っているからこそ、俺達を帰らせようとしているのか?」
「うん」
私が頷くと――
運転手は納得したような表情を浮かべ、アメルに視線を送った。
「桜髪の嬢ちゃん、俺は戦闘に関しちゃ素人だが、人を見る目はある。そんな俺から言わせてもらうが、銀髪の嬢ちゃんの目を見るかぎり、ワイバーンを撃ち落した奴は冗談抜きでやばいらしい。ここは素直に従っておこうや」
運転手からも説得され――
アメルはしばらく無言で私を見つめると、私から少し距離を置き、地面に手を触れて紫色の魔法陣を顕現させる。
「召喚術式――起動、ムンちゃんおいで」
魔法陣が輝くと同時、ムンちゃんが現れる。
ムンちゃんの圧倒的な存在感に驚いたようで、運転手は目を丸くしていた。
――そのときである。
森林全体を、凄まじい魔力圧が包み込んだ。
それを察知できたのは、熾天使である私とシルバーウルフであるムンちゃん。そして、なぜかサツキだった。
「うぷっ……」
魔力圧にやられたのか、サツキが手で口を覆う。これは驚いた。人間には難易度の高い魔力感知をサツキが使えるとは思わなかった。
「サツキちゃん、どうしたの!?」
「な、なんですかこれ……? こ、この心臓を鷲掴みにされるような感覚は……?」
サツキの変化に気づいたのか、アメルが声を掛ける。
しかし、サツキは何が起こっているのか理解していない様子。それが演技ではないのなら、さっきの魔力感知は無意識でやったのだろう。
「凍結犯の魔力圧にやられたんだよ。それにしても、サツキが魔力感知を使えるなんて知らなかったな」
「魔力感知……?」
サツキが首を傾げてくる。
「詳しいことは、ギルドハウスで教えるよ。それよりも、アメル!! ムンちゃんに3人を乗せて、早く商業都市に逃げて!!」
「いろいろありすぎて、まったく状況に付いていけないけど……もういいや、考えるのやめた!! ギルドハウスに帰ったら、徹底的に問い詰めちゃうんだからね!!」
私を指差して――
アメルが、姿勢を低くするムンちゃんの背中に飛び乗ったときである。
「人間界でシルバーウルフに遭遇するなんて、天変地異の前触れかしら?」
凍てつく冷気と共に、森林の奥から犯人が現れた。
水色の髪。水色の瞳。青薔薇の髪飾り。ふんわりと風に揺れるロングウェーブ。上品な青いワンピース。黒色のハイヒール。
――彼女こそ、魔界の序列5位。
凍結対象の生命力を吸い尽くし、絶対零度の魔氷で魂すらも凍らせる最上位悪魔――『氷魔』サレヴィアである。
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