『桜色の少女』
凄い速度で落下する私。
空を自由自在に飛び回ることができる熾天使だが、天使の力を封じる『封天ノ鎖』に拘束されているのでぴくりとも動けない。
このまま落下すれば地面に激突して死亡確定。身体が衝撃に耐えきれず肉片になってしまうだろう。
3万年間、ハレスに縛られた人生でした。
死んだら人間に生まれ変わって、冒険者になって楽しい人生を送りたいです。
「……はあ、ここまでか」
地面が近づいてきた。
落下地点は――広大な森林。
おそらく私を助けてくれるような人間はいないだろう。
さようなら退屈な人生。ようこそ最高の人生。
「とうとう追い詰めたぜ!! まったく、手間を掛けさせやがって!!」
私が目を閉じて、死を覚悟したときである。
森林から声が聞こえ、目を開けると人間の集団が見えた。
ガラの悪そうなモヒカン頭の男たちが桜色の髪をした幼い少女を取り囲んでいる。
私は運が良い。こんな森の奥で人間に出会えるなんて。
人間たちが魔法を使えるなら、落下する私を助けてくれるかもしれない。
「おーい!!」
私が腹の奥から声を出すと、大剣を背負った男が反応してくれた。
「てめえら、なんか言ったかよ?」
「言ってませんよ?」
大剣の男に訊かれ、首を傾げる短剣の男。
2人の男がきょろきょろと周囲を見渡していると、たまたま空を見上げた弓の男と私は目が合ってしまう。
「兄貴、見てください!! 空から鎖に縛られた銀髪の女が落ちてきます!!」
「てめえ、ふざけてんのか? 空から鎖に縛られた女なんて落ちてくるわけ……くるわ、け……いや、マジじゃねえかああああああっ!?」
弓の男に言われ、大剣の男が発狂した。
「気づいてくれたか!! 突然だけど、私を助けてほしい!!」
「てめえ、いきなり現れて何を言ってやがるぅぅ!?」
突然のことに頭が混乱しているのか、大剣の男が怒鳴ってきた。
すると、弓の男が慌てた様子で。
「兄貴まずいですよ!! このままだと俺たちにぶつかります!! もしぶつからなくても落下した衝撃で女の内臓が飛び散ってクソやべえことになります!! 俺は嫌ですよ!! 女の内臓なんか見るの!!」
「俺も嫌だ!! てめえら風魔法だ!! あいつを受け止めるぜ!!」
「「ヒャッハァァァァァァァ!!!」」
すぐそこにまで地面が迫った時、3人の男たちから魔力反応を感じた。
その直後、風に包み込まれて私の身体がふわりと浮く。
「これ風魔法?」
「おう、俺たちは泣く子も黙る風魔道士!! これくらいの芸当は朝飯前だぜ!! そうだよな!! てめえら!!」
「「ヒャッハァァァァァァ!!」」
「声が足りねえ!! もっと腹から出すんだよ!!!」
「「ヒャッハァァァァァァ!!」」
「よし!!」
大剣の男は自慢気に頷くと、私をゆっくりと地面に降ろして優しく黄金の鎖を解いてくれた。
両足が着くと、足下から落ち葉を踏む音が聞こえる。
これが人間界への第1歩。なんだか感動してきた。
「ありがとう」
「おう、困ったときはお互い様だぜ。それよりも、なぜてめえは鎖で縛られた状態で空から落ちてきたんだ? しかも天使の仮装なんかして、仮装祭は来月だぜ?」
運が良いことに、彼等は私が熾天使だと気づいていないらしい。
これは都合が良い。適当に誤魔化しておこうか。
「あは、うっかりしてたよ。仮装祭は来月だったか。天使の仮装して鎖を巻き付けて遊んでたらそこの崖から落ちてしまってね。ほんとに参ったよ」
「てめえ、面白い奴だな!!」
大剣の男が、上機嫌そうに背中を叩いてくる。
陽気な人達だ。初対面の私を助けてくれたので悪い人では無さそうである。
「兄貴!! どさくさに紛れてガキが逃げてます!!」
「やば……」
盛り上がる中、少女の逃走に気づいた弓の男が大声で叫んだ。
逃走を気づかれた少女が走りだそうとするが、虚しくも大剣の男に腕を掴まれてしまう。
「うおおおおい!! ガキこらてめえ!! 逃げるんじゃねえ!!」
「いやあああっ!! 離してよぉ!!」
「待って」
少女の腕を乱暴に掴んだ大剣の男の肩を、私はトントンと叩く。
「なんだてめえ!! 文句あんのか!!」
「あるよ。その娘、嫌がってるじゃん。離してあげてよ」
「うるせえ!!」
「暴力は辞めてよ。君たちは命の恩人なんだからそのまま感謝させてよ」
「アイダダダッ!!!」
私は殴りかかってきた大剣の男の腕を掴むと、後ろ手になるように捻り上げた。
悲鳴を上げる大剣の男。その際に生じた隙を少女は見逃さず、私に駆け寄ってきた。
「お願い助けて!! この人たち悪い奴なの!!」
「悪い奴?」
「この人たちは、いろんなところで盗賊紛いの行為をしている悪徳ギルド――『風犬の尻尾』だよ!! 森を歩いてたらいきなり襲われたの!!」
「そうなの?」
大剣の男を拘束したまま、弓の男に訊ねてみる。
「おう!! 俺たちは世界中から恐れられている風の三兄弟なんだぜ!! 凄いだろ!!」
「てめえら!! 自慢してないで俺を助けろよ!!」
「「ヒャッハァァァァァァァ!! 『風神の息吹』だぜ!!」」
大剣の男に指示され、弓と短剣の男が魔法を撃ってきた。
ふたりの両手から撃ち出された風の渦が容赦なく私に襲い掛かる。
「うわああっ!! 魔法を撃ってきた!! もうダメだぁ!! あなただけでも逃げてえ!!」
「『風神の息吹』だと!? それだと俺まで巻き添えにしちまうじゃねえかこのバカども!!」
「心配いらないよ」
悲鳴を上げる少女と大剣の男を後ろに下げると、私は『銀ノ焔』を起動させる。
私の右手から放出された銀色の焔が、風の渦を包み込む。
「なにこれ!!」
「見たことねえ魔法だ……」
「「俺たちの『風神の息吹』が呆気なく破られた!?」」
「この程度で風神を名乗るとか、神を舐めすぎじゃない? 息吹どころか溜め息以下だよ。ウェディアさんに謝れバカ。怒ると怖いんだよあの人」
風の渦が消滅した。
私の魔法――『銀ノ焔』は、どんな魔法でも能力に関係なく焼き尽くす聖なる焔。
悪魔やドラゴンの魔法すらも焼き尽くせる聖なる焔が、人間の魔法に負けるはずがないだろう。
「「ちくしょう……」」
私に魔法を燃やされた弓と短剣の男が崩れるように膝を附くと、大剣の男が慌てた様子で駆け寄っていく。
「てめえら大丈夫か!? 怪我は無いか!?」
「は、はい。それよりも兄貴、あいつ何者なんですか……強いなんて次元じゃないですよ」
3人の男たちが睨んでくる。
このまま焼き殺してもいいけど、彼等には命を救ってもらった恩がある。
しかも私の後ろには人間の少女。焼死体なんて見せたらトラウマを植え付けてしまうだろう。
私が取った選択肢はこれだった。
「ねえねえ、ひとつ提案なんだけど、君たちは命の恩人だからさ……そのまま立ち去るなら、今回は見逃してあげる。どうだろう、悪い話じゃないと思うけど……?」
私の提案を聞いて、大剣の男が目を見開く。
「……冗談だろ? あいつらはてめえとガキを殺そうとした。殺されても文句は言えない。それでも見逃すというのか?」
「これで貸し借り無しね? さっき言ったよね? 君たちは命の恩人だからできるだけ殺したくないって」
「……そうか、恩に着る。ほら、てめえら行くぜ」
大剣の男は、弓・短剣の男たちの背中を叩くと森の外に歩き出す。
それから3歩ほど足を進めた時、ゆっくりと振り返ってきた。
「どうしたの?」
「いや、別れる前にてめえの名前を聞いておきたくてな。俺はゴルソン。こいつらは俺の弟で、弓の方はゲルソン。短剣の方はグルソンだ。覚えやすくて便利だろう。てめえは?」
「私は……」
名前を言いかけて、はっと口を噤む。
「どうした?」
大剣の男――ゴルソンが首を傾げる。
天界から追い出された身とはいえ、さすがに本名を言ったらまずいよね。
これから人間界で過ごすんだし、それらしい偽名を作っておかないと。
「カレンだよ」
本名の【カレイア】をそれらしく改造して【カレン】にした。
適当に決めたけど、結構良いかもしれない。
「……覚えたぜ。そんじゃあカレン、てめえのことは死ぬまで忘れない」
ゴルソンは後ろ向きに手を振ると、ゲルソンとグルソンを連れて森から立ち去っていった。
◇
「カレンさん!! ありがとう!! 私を助けてくれて!!」
ゴルソンたちが立ち去ると、木の後ろに隠れていた少女から礼を言われた。
腰まで届く桜色の髪。ぱっちりと開かれた紫色の瞳。シルクのように滑らかな肌。身長は私と同じくらいで、明るい雰囲気の少女である。
「いいよ、ただの気まぐれだし」
「そうだとしても、助けてもらったのは事実だよ!! 自己紹介が遅れちゃったけど、私はアメル!! よろしくねえ!!」
「よ、よろしく」
少女――アメルが握手を求めてきたので、私は苦笑しながら応じる。
「これで親友だね!!」
「えっ?」
握手をしていると、アメルが満面の笑みを浮かべながら言ってきた。
いきなり言われ、私は間抜けな声を出してしまう。
「握手したから親友だよ?」
「いくらなんでも早くない? まだ知り合って数分しか経ってないよね?」
「時間なんて、私とカレンの友情の前には関係ないよ!!」
「あるからね?」
さっそく呼び捨て。
なんだかよく分からないけど、人間界で最初の親友(自称)ができました。




