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ハッピーバースデー、ミスターロックンロール

作者: 村崎羯諦
掲載日:2020/07/31

 ミスターロックンロールは平成の始まりに生まれ、そして五年前の夏、二十代半ばという若さで亡くなった。若くして死んだという点を除けば、彼はその他大勢の人間と同じような人間、つまりは、自分の理想を叶えようともがき、愛を求め、そして結局何者にもなれなかった人間だった。


 ミスターロックンロールは高校卒業と同時に上京し、ライブハウスの掲示板で集めたバンドメンバーとともに本格的な音楽活動を開始した。しかし、彼の音楽人生そのものと同じように、初期に集まったバンドメンバーはミスターロックンロールが描く理想とはかけ離れた奴らだった。ベースは化学製品の専門商社で働く営業マンで、大学時代に所属していたサークルの延長線上でバンドをやろうとと考え、アフター5の趣味に努力なんてまっぴらだというスタンスだった。キーボードは口を開けば嘘の武勇伝を語るような虚言癖体質で、演奏中にはしょっちゅうミスをしては、自分以外の人間を責め、バンド内の雰囲気をめちゃくちゃにするような人間だった。そして、最後のドラムに至っては、高校の授業以外で楽器を触ったことのない高校生で、ドラムスティックの持ち方から教えてやる必要があるほどのド素人だった。初めての顔合わせを行い、そして互いの実力を見極めるためのセッションをやり終えた後、ミスターロックンロールはバンドメンバーを一人ずつ見渡し、こう言った


「クソッタレ!!」


 それでも全てを捨てて上京してきたミスターロックンロールには、どんな環境であろうと、どんなメンバーであろうと、自分の音楽を貫けるだけの根性があった。ミスターロックンロールがギター兼ボーカルを務めたバンドは、精力的にライブ活動を行った。演奏する曲にも2つのこだわりを持っていた。一つは、他の人間が作った音楽ではなく、彼自身が作詞作曲した音楽であること、そしてもう一つは、ロックンロールであることだった。ミスターロックンロールの人生において最も悲劇的だったのは、彼に音楽の才能があったことだった。事実、雑音を聞いている方がマシとも思える演奏の中にも、一部の人間の心を揺さぶるような、痛々しいほどに尖った才能が見え隠れしていた。


「あいつらがライブ活動を始めたときは噂になったよ。金を取って、音楽ですらない不快音を聞かせよる詐欺集団がいるってさ。俺も最初は冷やかしのつもりで聞いて、噂以上にひどい音楽だったからさ、怒りを通り越して笑っちまったよ。でもな、それからも冷やかしで通い詰めるうちに、少しずつではあるんだけど、他のバンドでは絶対に出せないセンスみたいなものが見えてきてさ、『あれ、こいつらひょっとして才能あるんじゃねえか』って思い出したんだ。」


 当時、ミスターロックンロールが精力的に活動を行っていたライブハウスの常連はこう評した。


「だけど、それ以上の何かではなかった。もちろん、やつのセンスは疑いのないものだし、音楽の才能があると言っても過言じゃない。でもな、こういう場所にはさ、才能があるやつは腐るほどいるんだよ。才能はあったが、それは全ての人間がひれ伏すレベルの突き抜けた才能ではなかった。あいつらも、結局はその腐るほどいた人間の一つだったってことだよ」


 彼にバンドメンバで一番印象に残っているのは誰かと尋ねると、どう考えても闇雲にドラムを叩いているとしか思えない高校生ドラマーの名前を挙げた。ちなみに彼は、バンド結成から一年後を境に活動からフェードアウトしていき、そのまま姿を消した。彼はその後ひょんなことからテレビ局の放送作家となり、今現在、中規模な制作会社で働いている。


 ミスターロックンロールは高校生の時、佳菜子という同級生と付き合っていた。彼女は特別器量がいいというわけではなかったが、愛嬌があり、ミスターロックンロールのこじれた劣等感を受け止めるだけの包容力があった。ミスターロックンロールは彼女を愛していたし、彼女もまたミスターロックンロールを愛していた。若者らしく二人は自分たちの愛が本物だと信じ切っていたし、互いに互いが人生におけるたった一人の恋人なのだろうと考えていた。佳菜子はロックについて疎かったが、それでも彼の音楽を理解しようとする努力はしていたし、それを通して彼のすべてを受け入れようと思っていた。


「多分彼は才能があったんだと思う。彼氏だったし、贔屓目に見てたってこともあるかもしれないけど、それを差し引いても、すごいなって思える部分はあったよ。でも、その一方で、そばで見ていて大変だなって思うこともあったの。凡人と天才の間にある壁だけじゃなくて、天才と天才の間にも分厚くて、高い壁があるってことを、彼は誰よりも知っていた。そのことを考えると挫けそうになるから、できるだけ考えないようにしてるんだってよく言ってた。そこが彼の弱いところだったし、彼の可哀想なところだった」


 ミスターロックンロールの上京の後、二人は遠距離恋愛を始め、そして少しずつ疎遠になっていった。最後に二人が会話を交わしたのは、地元の成人式だった。二人はベンチに腰掛け、そして恋人から友達に戻ろうとミスターロックンロールから提案し、それに佳菜子が同意した。その当時、ミスターロックンロールは音楽活動で知り合ったファンの一人と肉体関係を持ち、佳菜子は大学のサークルの先輩と付き合っていたため、それは別れ話というよりは、ただの確認作業という方がふさわしかった。当日の天気は冬の快晴で、空は、どうしようもないほど高かった。佳菜子は現在、職場で知り合った男性と結婚し、二人の可愛らしい男の子の母親として幸せな生活を送っている。


 ミスターロックンロール率いるバンドは頻繁にメンバーが入れ替わり、少しずつではあるが全体の演奏技術は向上していった。その結果、彼らが拠点としていたライブハウスの全盛期を支える看板バンドの一つへと成長した。そのライブハウスの全盛期には、数多くの才気あふれるバンドが集まり、その中には後にメジャーデビューをするミュージシャンもライブを行っていた。


 それでも、ミスターロックンロールは数多くいるミュージシャンの中でも異色の存在だった。彼は媚びること、そして誰かから指図を受けることを嫌った。大手レーベルとの食事会を断り、彼らからの的確なアドバイスにも、それが正しいか間違っているかにかかわらず、頑なに耳を塞ぎ、自分の頭で考えたことだけを信じ続けた。周りの人間はミスターロックンロールを時代遅れだと笑ったが、その一方で、彼ら自身がいつの間にか失くしてしまったものを守り続ける姿に、尊敬の念を抱かざるをえなかった。


 ミスターロックンロールとともに全盛期のライブハウスで活動していた音楽仲間に、三橋という名前のシンガーソングライターがいた。彼は才能だけではなく、時代の潮流を読む能力と、周りの人間の協力や応援を巧みに獲得する能力に長けていた。その点において、ミスターロックンロールとは対象的な人間だったと言えるだろう。


「百年に一度レベルの天才でもない俺達が、いつまでも尖ってられるはずがないだろ? 地べたを這いずり回って、媚びてると言われても周りから同情を集めて、それでやっと俺たちは周りから認められるんじゃねえのか? 俺もお前も結局は自分が認められたいから音楽をやってるんだ。もっと素直になれよ」


 ライブイベントの打ち上げで、三橋はミスターロックンロールにそう突っかかった。お互いに才能を認めあっていたし、音楽のレベルも同程度だった。しかし、その時、三橋は大手の音楽レーベルから声をかけられており、まさに狭いライブハウスからメジャーへの道を歩みだそうとしている最中だった。大手レーベルからは一般受けしないという評価を受けながらも、それでも自分の音楽を頑なに守り、一定のファンを獲得していたミスターロックンロールへ嫉妬があったのかもしれない。三橋はこの時の会話を振り返る。


「違うんだ。確かにお前の言う通り、俺の求めることはみんなから音楽を認められて、みんなから称賛を浴びることなのかもしれない。でも、たとえ心に思っていたとしても、それを口に出したり、態度に表すのは違うんだよ」


 ミスターロックンロールは酔いでろれつの回らなくなった口調でつぶやく。ミスターロックンロールもミスターロックンロールで、メジャーデビューを決めていく周りの仲間を見て、自分自身の方向性に迷っている最中だった。だからこそ、彼は自分自身に言い聞かせるように、同じような言葉を、何度も何度も繰り返した。


「どう違うんだ」


 三橋が詰め寄る。


「それは……」


 ミスターロックンロールが焦点の合わない目で天井を見つめながら、答えた。


「少なくともそれは……ロックンロールじゃない」


 ミスターロックンロールはどこにでもあるような平凡な家庭で生まれ育った。夫婦仲はよく、取り立てて貧乏だということも、裕福だということでもなかった。彼は早い時期からロックンロールの魅力に取り憑かれ、浴びるように音楽を聴き続けていた。それとともに、素晴らしい音楽を生み出す彼らの生い立ちを調べ、自分が置かれた恵まれた環境に深いコンプレックスを抱いていた。


 ロックンロールであり続けるためには、才能とは別の何かしらの理由が必要だと彼は考えていた。それは自分の暗い生い立ちであったり、人生におけるドラマチックな挫折である必要があった。しかし、ミスターロックンロールがいくら考えてみても、自分自身にそのような必然を見出すことはできなかった。周りを見渡せば、彼よりもずっとロックンロールであり続ける理由を持った人間が大勢いた。彼には音楽を続けるだけの精神的、時間的なゆとりもあったし、音楽の道を進むことにミスターロックンロールの家族は理解を示してくれた。果たして自分は素晴らしい音楽を生み出す星の下に生まれたのだろうか。高校生だったミスターロックンロールはその答えを知るため、家族に隠れてこっそりとタバコを吸い始めたが、中毒になる前に小遣いが尽き、数ヶ月でそれもやめてしまった。


 ミスターロックンロールは交通事故で亡くなった。その日は雨で視界が悪く、ミスターロックンロールはバイト先に向かうため、バイクをいつも以上の速度で走らせていた。突然横から突っ込んできた車と衝突し、ミスターロックンロールは車体ごと吹き飛ばされ、固く濡れたコンクリートの地面に叩きつけられた。当たりどころが悪く、頭から血を流しながらも、ミスターロックンロールは意識を失う最後まで自分が死んでしまうとは考えていなかった。うすれゆく意識と、雨雲で覆われた視界の中で、ミスターロックンロールは翌月のライブまでに完成させなければならない新曲について考えていた。そして頭の中に一つのメロディが浮かび、これなら行けそうだとほくそ笑みながら彼は意識を失い、そしてそのまま二度と目覚めることはなかった。ちなみに、彼が死の間際に思いついたメロディは、数年前に一度思いついていたもので、よくよく聞いてみるとそこまで魅力的じゃないという理由でボツになったものだった。仮にミスターロックンロールが奇跡的に一命をとりとめ、そのメロディを覚えていたとしても、それが翌月のライブイベントで披露する新曲に組み込まれることはなかっただろう。


 ミスターロックンロールの最後の誕生日は彼が交通事故でなくなる六ヶ月前で、ライブハウス主催のライブイベント最終日と同じ日だった。打ち上げの席。とある音楽仲間が突然、今日はミスターロックンロールの誕生日だと周りに大声で発表し、酒で気分が良くなっていた周りの人間がそれを囃し立てた。


 何人かの音楽仲間が彼の席にやってきては、誕生日を祝った。そして最後に彼の席にやってきたのは三橋だった。三橋はこの日のライブイベント後に華々しくメジャーデビューを行い、ヒット作を立て続けに飛ばして、人気ミュージシャンの仲間入りを果たすことになる。


「ハッピーバースデー、ミスターロックンロール」


 三橋がそう言って笑った。三橋はデビュー作となる曲に手応えを感じており、自分がやってきたことの正しさをようやく自分で認められるようになっていた。そのため、このミスターロックンロールという言葉には、きっとメジャーにはなれないまま終わるであろう彼の音楽人生への皮肉と、それでも頑なに尖り続けようとする彼への尊敬が込められていた。


 ミスターロックンロールは手に持っていたグラスを持ち上げ、それに応える。この時はまだ、彼は三橋のメジャーデビューを知らず、三橋のことを自分と同じようにくすぶっている仲間としてしか見ていなかった。ミスターロックンロールと三橋は互いに向き合い、音楽論について語り合う。ミスターロックンロールの言葉には熱があり、そして、自身が認められないことに対する悲壮感が含まれていた。三橋はそのことを感じ取ってはいたが、それを指摘することはなかった。それは彼の余裕がそうさせたのではなく、彼なりのミスターロックンロールへの敬意がそうさせたのだった。


 打ち上げが盛り上がりを見せる中、ミスターロックンロールは明日が早いからという理由で一足先に帰路についた。季節は冬であり、張り詰めた寒さにミスターロックンロールは身体を震わせた。人通りの少ない歩道を、ほろ酔いの彼は陽気に口笛を拭きながら歩いていった。疲労感はあったし、背負っているギターケースはいつもより重い。彼自身行き詰まりを感じていた時期であったし、それは彼が交通事故で命を落とすその日まで解消することはなかった。


 無意識に口ずさんだメロディにミスターロックンロールの足が止まる。もう一度だけ同じフレーズを口ずさみ、思いがけない天からの誕生日プレゼントに心踊らせた。彼は再び歩き出す。息を潜めた冬の空に、ミスターロックンロールの音楽が溶けて、消えていった。

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