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2.

卒業パーティーから一週間後。


ラファエルは重病を患い、長期療養のために王太子の座を退くこと、王太子にはラファエルと十歳年の離れた第二王子が据えられることが国民に発表された。第二王子は病弱という噂があったが、それについても否定された。

実際のところ、ラファエルは廃嫡となり、王族専用の牢屋に一生幽閉されることが決まったのだが。その事実を知るのは貴族だけだ。


そしてロゼッタはと言うと、危害を加えられたエミリアがロゼッタは悪くないと主張したため処刑は免れた。だが、ウォルコット侯爵家の品格を穢したとして、侯爵家を勘当されて平民となった。


ロゼッタを庇ったエミリアはと言うと、こちらも王族を誑かした娘として男爵家から勘当された。だが、エミリアは元平民。元の生活に戻っただけなので、そんな処罰は痛くも痒くもなかった。


問題は貴族令嬢として生きてきたロゼッタというところなのだが。


「ロゼッタお姉さま、今日は魚を四匹も捕まえられました。」


「エミリア、ありがとう。では二匹は昨日エミリアが採ってきてくれた山菜と一緒にスープにして、二匹は干物にして保存しておきましょう。」


ロゼッタはエミリアと山奥の簡素な小屋で生活していた。

実はこの二人、国王陛下が散会を命じた時にほぼ同時に「シナリオにはない展開・・・。」と呟いた。お互いに有り得ないものを見るように見つめて、状況を悟ったのだ。


ロゼッタと別人の記憶の持ち主は、ゲームをプレイしていた時にロゼッタを邪魔者としてしか見ていなかったが、エミリアと別人の記憶の持ち主はそうではなかったらしい。「そりゃ、最後は闇落ちしますけど気高くて美しいところなんて憧れでしたよ?何ならロゼッタを救うルートがないか模索するくらい好きなキャラでしたけど。」なんて言ってのけた。


そんな気持ちがあったからだろう。侯爵家からせめてもの情けとして与えられた山小屋で、火の起こし方もわからず四苦八苦していたところに急に現れたのがエミリアだった。


「私のせいでごめんなさい!どうかこれからは私にロゼッタ様を支えさせて下さい!あと、できればロゼッタお姉さまと呼ばせて下さい!」


勢い良くドアを開け放ち、またスライディング土下座スタイルで懇願したエミリアの姿を思い出してロゼッタはくすりと笑う。

別人の記憶が交じったことでエミリアへの憎しみが霧散したロゼッタは、エミリアの申し出をあっさりと受け入れた。


実際、この世界で平民として生きてきたエミリアに助けられることは多かった。火の起こし方も教えてくれたし、食料の調達はエミリアがしてきてくれる。

ロゼッタも別人の記憶のおかげでこの世界ではやったことがないはずの料理ができるので、生活に困ることはない。


「ロゼッタお姉さま、急に笑ってどうしたんです?」


「少し思い出し笑いをしてしまって。あなたのスライディング土下座のことよ?」


訝しんだエミリアに、ロゼッタは意地悪な笑みを浮かべて答える。


「それは忘れて下さい。」


エミリアとしては黒歴史らしく、頬を膨らませて顔を赤くしながらジト目でロゼッタのことを見つめた。素直なエミリアはやはり可愛い。

今となってはエミリアに絆された令息達の気持ちもわからなくもない。


ぷっとお互いに吹き出して笑い合っているところに、コンコンコンとドアをノックする音が響いた。

瞬時にロゼッタとエミリアの顔が曇る。


扉を開けると案の定、第二王子のミカエルが立っていた。

まだ八歳のミカエルは金髪にアメジストのぱっちりとした瞳という面立ちで、まるで天使のように可愛い。そんな天使のお願いに、何度うっかり頷きかけたことか。


「ロゼッタお姉様、女官は平民出身でも身元が確かであればなれるんですよ?僕の専属女官になってくれませんか?」


「申し訳ございません。何度もお断りしましたが、大事件を起こした私にそのような資格ございませんわ。それに、私はここの生活が気に入っていますの。」


ミカエルは幾度となくロゼッタを専属の女官にしようと山小屋を訪れていた。

その度にロゼッタは断っている。


「エミリア嬢と一緒がいいならエミリア嬢も女官にして良いのですよ?」


「それは・・・。」


ミカエルは今までの交渉にない条件を出してきた。ロゼッタ自身は女官として働く気はないが、エミリアにも条件を出されると考え込んでしまう。いつまでも自分に付き合わせるわけにはいかないと思っていたからだ。


「申し訳ございません。私もここの生活が気に入っているのでお断りさせて頂きます。それに、私のような者が王宮の女官になったら大騒ぎになりますし。」


ロゼッタの気持ちを知ってか知らずか、エミリアはキッパリと断った。


「大丈夫ですよ。エミリア嬢にはただの女官ではなく諜報員として働いてもらいますから。」


エミリアが今までの自分の行動を理由に断ってくることを予想していたのか、ミカエルはにっこりと笑ってとんでもないことを言ってくる。


「諜報員!?だったら尚更無理です!私にそんな難しいことできません!」


「そうでしょうか。この国の高位貴族だけでなく、王太子まで誑かした貴女にうってつけの仕事だと思うのですが。」


「無理です!あの時の私はどうかしていたんです。それに意識して誑かした訳ではないですし!」


「無意識ほど怖いものはないと思いますけどね。」


エミリアに対する嫌味なのか、ミカエルは無邪気な笑顔で微笑む。


「今は無意識でも意識してもできませんので諦めて下さい!」


「そうですか。ああ、そろそろ時間だ。今日のところは失礼します。ロゼッタお姉様、また来ますね。」


ミカエルはそう言うと、ロゼッタの髪をひとすくいして口づけをして去っていった。

ショタではないが、可愛らしいミカエルの気障な行動にロゼッタは思わず赤面して固まってしまう。


「もう来なくて結構です!」


ロゼッタの様子を見たエミリアは、毛を逆立てて威嚇する子猫のような勢いでミカエルを追い出した。


王宮に向かう馬車に揺られながらミカエルは独り言を呟く。


「あいつ、いつ不敬罪で処罰されても文句は言えないな。ロゼッタお姉様が悲しむからやらないけど。」


先ほどエミリアにされた仕打ちを思い出して思わず舌打ちをする。

あの女が最後まで上手くやってくれればロゼッタは今頃自分のものだったというのに。


少し前の出来事を思い出して苦虫を噛み潰したような顔になる。


ミカエルは物心ついた頃から本物の姉のように優しくしてくれるロゼッタのことを慕っていた。

国王の思惑で健康なのに病弱という設定であまり外に出してもらえなかったミカエルにとって、ロゼッタは家族以外で関われる唯一の存在だった。だからその気持ちも家族を想うようなものだと思っていたのだが、違うらしいということに気がついたのはラファエルがエミリアに現を抜かすようになり始めてからだった。

自分だったらロゼッタをもっと大切にするのに、ロゼッタのことを悲しませたりしないのに、とラファエルに深い怒りを覚えたことで自分の想いを自覚した。


次期国王は自分しかいないと思っていたラファエルは元から少し傲慢なところがあったのだが、エミリアに絆されてからますます愚かになった。

ラファエルの学園卒業までの行動次第で国王がラファエルを廃嫡する可能性があることに気がついてからのミカエルの行動は早かった。

ロゼッタが心を壊して人道を外れた行動に出てしまったことは誤算だったが、ロゼッタほど王妃の資質のある令嬢はラファエルの年代でもミカエルの年代でもいなかった。だから、ミカエルは秘密裏にロゼッタの犯した罪の証拠を隠滅したり、国王に自分が王太子になった場合はロゼッタを婚約者にしたいと交渉もした。

国王はロゼッタがミカエルより十歳も年上になるので最初は反対したが、結婚して三年以内に子宝に恵まれなかった場合は側妃を娶る等条件を出して交渉をした。


そうして学園の卒業式。以前からラファエルが不穏な動きをしていたことに気がついていた国王は宰相とこっそり学園の卒業式の様子を観察することにした。

あの場で出ては行かなかったが、ミカエルも自分には知る権利があると主張して隠し部屋で観察していた。

想像以上に愚かになっていたラファエルはあろうことか国王の了承も得ていないのに、公衆の面前でロゼッタとの婚約破棄とエミリアとの婚姻を宣言した。


ミカエルはラファエルのあまりの愚かさに込み上げてくる笑いを堪えて、ようやくロゼッタを自分のものにできるとほくそ笑んでいた。

しかし、そこで予想外の出来事が起きた。

エミリアが急に逃げ出して、ロゼッタが公衆の面前で王族に暴言を吐いた。


いくらラファエルが悪いとは言え、王族への暴言をお咎めなしとはいかない。

本当はロゼッタには何も非がないと、ミカエルが王太子になった暁にはそのままロゼッタを婚約者とする予定だった。

それなのに、エミリアが余計なことをしたせいで計画がぱぁになってしまった。


でもミカエルはロゼッタを自分の傍に置きたかった。

だからこうして女官として働かないかと交渉に向かっているのだ。

専属の女官なら閨の授業の相手に召し上げることができる。公に妻にできないなら既成事実を作ってしまえば良いという魂胆だったのだが、どこまでもエミリアが邪魔をしてくる。


さて、どうやってロゼッタを落とそうか。ミカエルはふっと笑い、王宮へと戻るのであった。

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