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1.

「ロゼッタ・ウォルコット!貴様との婚約はこの場で破棄する!そして私の愛するエミリアを新しい婚約者にする!」


貴族が通う学園の卒業パーティーで響くその声に、その場が一瞬で凍りつく。


声の主はこの国の第一王子、ラファエル・スチュアート。ラファエルの目の前には、薔薇のような赤い髪にルビーのような瞳で凛とした雰囲気を漂わせる美女、ロゼッタ・ウォルコット侯爵令嬢が立っていて、ラファエルは射抜くような目でロゼッタを睨み付けていた。

そしてラファエルの背後にはピンクブロンドの柔らかな髪に空色の大きな瞳という何とも庇護欲をそそる可愛らしい令嬢、エミリア・ポートレイト男爵令嬢が怯えるように立っている。


ラファエルは本気で男爵令嬢を正妃にするつもりらしい。第一王子の非常識極まりない行動に誰もがこの国の未来を憂いた瞬間。


「ごめんなさいぃぃぃ!」


件の男爵令嬢が床に手と膝を付けてスライディング土下座をしながら物凄い勢いで謝罪した。


「「「は?」」」


誰もが想定していなかった事態にその場が再び凍りつく。 ラファエルも事態を上手く飲み込めていない様子を見せる。


「私が全て悪いのです!私が非常識であったばかりにロゼッタ様を追い詰めてしまいました。私に王太子妃、未来の国母など勤まりません!どうかロゼッタ様との婚約を継続して下さい!」


「「「え?」」」


突然のエミリアの発言に誰もが驚き、更にその場が凍りつく。


「エミリア、どういうことだ?私がプロポーズをした時は頬を染めながら嬉しいと、承諾の返事をしてくれたではないか。」


「ごめんなさい、ラファエル様。私、現実と夢の区別がつかなくなっていたようです。これは夢ではありませんよね?無理です。私に王妃なんて絶対無理!こんな頭のおかしい女のことなど今すぐ忘れて下さい!」


「突然どうしたんだ、エミリア!さてはロゼッタ、エミリアの精神を壊すようなことをしたのだろう!」


「いえ、ロゼッタ様は何もしていません!私は至って正気です!」


エミリアは必死だった。


実は先ほど、ラファエルがロゼッタとの婚約破棄を宣言した瞬間、エミリアとは別人の記憶が頭に流れ込んできたのだ。


記憶の持ち主は、エミリアを主人公にした物語で第一王子、宰相候補、騎士候補、隣国の第二王子と、身分が高くて見目麗しい令息を籠絡してハッピーエンドを迎えるというゲームを楽しんでいた。描かれているのは結婚をするまでの物語。

でも、記憶の持ち主はライトノベルと呼ばれる小説を読むことも大好きで、色々な物語を知っていた。教養のない下位貴族の令嬢が王族や高位貴族に嫁いだところで苦労するしかない物語を。


エミリアは元から勉強が嫌いだったし、記憶の持ち主もまた然り。このままラファエルと結婚しても碌な未来がないと瞬時に悟り、逃げ出すことを決意した。

エミリア自身、元は平民であったし記憶の持ち主も庶民。王族など務まる気がしない。


それに、別人の記憶を持ったことでラファエルを慕う気持ちも霧散した。

エミリアの知るラファエルは、優秀すぎる婚約者であるロゼッタへの劣等感を拗らせて虚勢を張ることしかできない可哀想な王子だった。

母性本能が強すぎるエミリアにはそんなラファエルが可愛くて仕方がなかったのだが。

記憶の持ち主が知るラファエルはロゼッタへの劣等感を隠しつつも未来の国王として努力を怠らない実直な王子のはずであった。

プライドが高すぎる現実のラファエルと結婚したところで上手くいく気がしない。


「どうかロゼッタ様とこの国を豊かにして下さい。」


エミリアは貴族令嬢にはあるまじき土下座の体勢のまま、ラファエルに懇願する。

エミリアの突然の気持ちの変化にラファエルは現実を受け止められない様子で硬直している。


「・・・ですわ。」


「え?」


「こんなアホ王子との結婚なんて、こちらから願い下げですわ!」


その場にいた者達が固唾を飲んで見守る中、今度はロゼッタから予想だにしない言葉が飛び出した。


「「「ええ~っ!?」」」


淑女の鑑と誉れ高いロゼッタの発言とは思えない不敬発言に、静かに見守っていた者達は思わず驚きの声を上げてしまう。


「なっ!?ロゼッタ、貴様何たる不敬!」


「どうせ処刑されるのでしょう?今さら取り繕うことなどございませんわ。アホをアホと言って何が悪いのです!」


「私はアホなどではない!」


「アホでないなら馬鹿ですわ!何故私が貴方の婚約者になったかご存知?」


「馬鹿にするな!どうせ貴様が私に惚れて、侯爵に我が儘を言ってこぎつけたのだろう。」


「だからアホだと申したのですわ。ラファエル様の王としての資質に不安を覚えた陛下が、ラファエル様と同年代の令嬢の中で一番王妃の資質が高いと判断した私を婚約者にしたのですわ。確かにラファエル様をお慕いしていた時期もありましたわ。でもこんなアホ、もう好きでも何でもありません!」


「なっ!?アホを連呼するな!」


「ではやはりお馬鹿さんと呼ばせて下さい。」


「馬鹿でもない!貴様、すぐにでも断頭台に送ってやってもいいのだぞ!」


「望むところですわ。お馬鹿さんと結婚して一生こき使われるくらいなら死んだ方がマシです。」


ロゼッタは本気で言っていた。


実は先ほど、ラファエルが婚約破棄を宣言した瞬間、ロゼッタとは別人の記憶が頭に流れ込んできたのだ。


記憶の持ち主は、エミリアを主人公にした物語で第一王子、宰相候補、騎士候補、隣国の第二王子と、身分が高くて見目麗しい令息を籠絡してハッピーエンドを迎えるというゲームを楽しんでいた。

ロゼッタはそのゲームの中で悪役令嬢というポジションで登場する。

ゲームをしている時はヒロインの恋路を邪魔する度にロゼッタうぜぇ、と思っていたのだが、ロゼッタは貴族令嬢として全うに生きようとしていただけなのだ。


ロゼッタにとって、ラファエルは初恋の相手だった。シルバーブロンドの髪にアメジストの瞳という中性的な美しさのラファエルに、ロゼッタは婚約者候補の顔合わせのお茶会で一目惚れをした。

当時のラファエルは多少傲慢なところがあるものの、王族として正しい判断のできる子供だった。

だから、ラファエルの隣に立つために相応しい令嬢であるべく、ロゼッタは誰よりも王妃教育に励んだ。

血反吐が出そうになる厳しい教育も、ラファエルのことを想って文句一つ言わずに乗り越えた。


そうして、晴れてラファエルの婚約者に選ばれた頃には淑女の鑑と謳われるほど誰もが認める完璧な令嬢になっていた。

それなのに、いつしか優秀なロゼッタにラファエルが劣等感を抱き、ラファエルはロゼッタを嫌って遠ざけるようになった。

それでも、ロゼッタはさすがに妻となれば優しくしてもらえるはずだと信じていたのに。


あと一年で学園を卒業すればラファエルとの結婚式を迎えるというタイミングで、突如現れたのがポートレイト男爵家の庶子として認知されて入学してきたエミリアだった。


平民として生きてきたエミリアは貴族令嬢としては奔放な振る舞いで、令嬢からは嫌厭されていたが、令息達からは天真爛漫なところが可愛いと人気だった。


ラファエルもエミリアに絆された一人で、ロゼッタは素養も教養もない女を蕩けるような甘い瞳で見つめるラファエルが許せなかった。

そして馴れ馴れしくラファエルに近づくエミリアのことも。


だからエミリアには貴族の令嬢として振る舞い方を指導したし、ラファエルにはエミリアに近づかないように苦言を呈した。

だが、ラファエルもエミリアもロゼッタの言葉に耳を傾けることもなく、惹かれ合って自分達の気持ちに正直に行動をした。


気がついたらロゼッタの心には嫉妬の炎が広がり、エミリアを排除しようと動いていた。

暴漢に襲わせて傷物にしようとしたのは流石にやり過ぎだったと思う。だから罰を受けることは当然だろう。


むしろ、こことは違う世界でもっと自由に生きていた記憶を知ってしまった今としては、ラファエルと愛のない結婚をして利用されるだけの生活は御免だし、貴族令嬢として腹の探り合いをする生活も御免だ。

自由に生きられないなら死んだ方がマシだと本気で思ったのだ。

人として誤った道を選択したのだから処刑されても文句は言えないし、それまではロゼッタ自身誇り高く生きていたのだから悔いもない。


処刑上等とロゼッタは清々しい笑顔を見せた。


「なっ、貴様っ!」


ラファエルがロゼッタの態度に激昂する。


「そこまでだ。」


突如、厳かな声が会場に響く。


いつの間にか扉が開け放たれ、ラファエルの父親である国王が現れた。傍らには宰相も控えている。

国王の突然の登場に一瞬戸惑いを見せるものの、その場にいる者はみな冷静に頭を垂れる。


「かしこまらなくて良い。面を上げよ。」


国王の言葉に皆一斉に顔を上げて、何が起こるのか緊張した面持ちで見守る。


「ラファエル、お前がここまで愚かだったとは。失望したよ。」


「何を仰るのですか?悪党に人を襲わせるなど愚かな者に王妃など務まるはずがありません。ロゼッタとの婚約破棄はこの国のためです!」


「馬鹿者!ロゼッタ嬢を追い詰めたのはお前だろう。それに、ロゼッタ嬢と婚約破棄をしたからと言って男爵令嬢を正妃にするなど有り得ぬ!この国の慣例で側妃しか認められないのはわかっているだろうに。」


「そんな古い慣例、変えてしまえば良いのです。」


「だからお前は馬鹿者だと言ったのだ。そんなことしたら国の秩序が乱れる。慣例を変えるくらいそこのご令嬢が優秀なら話は別だが、生憎そのような話は私の耳には入っておらぬ。」


「エミリアには人としての温かみがあります。あんな冷徹女と比べ物にならないくらいに。」


「それだけで王妃は務まらないことなどわかっているだろう。もう良い、お前は一度頭を冷やせ。皆のもの、折角の卒業パーティーを我が愚息のせいで台無しにしてすまなかった。パーティーはまた後日執り行う。そして今回の件についての処罰は追って通達するからどうかこの場をおさめて欲しい。」


貴族達は賛同の意を示すように、礼をする。


「ふん、今日のところは命拾いしたな。」


ラファエルがロゼッタに捨て台詞を言う。


「お前はまた・・・。」


国王の呆れるように呟いた独り言が静寂に包まれた会場に響き、卒業パーティーは幕を閉じた。

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