汀の役目
翌日
学校に行く途中で、一緒に登校している葵と汀を見かけた。
かなりご機嫌な様子であれこれと話をしている汀と、生気のない表情で笑顔を作り応じる葵。
汀の様子は完璧だ。それを見て私はうまく計画が進んだことに嬉しくなるが、今にも倒れそうな葵を見て痛みを感じる。
だけど、もう少し、
もう少しだよ。葵。
もう少しで完璧な私の代わりができるからね。
学校に着いてからも葵はいつものように汀のために行動する。授業でも完璧な回答をし、休み時間になれば献身的に汀の元に駆けつける。
汀と葵が二人で話しをしている時は、クラスメイトたちは誰も二人の間には入らない。
いや、入れない。
今では汀は葵に話しかけるだけでなく、二人でいる時も誰も近寄ることを許さない。汀がはっきりと言ったわけじゃない、みんな雰囲気でそれを感じている。
二人の空間を邪魔するな、と。
午前最後の授業が終わると同時に教室から出ていく葵。
いつもは見送るその背中を今日は追いかける。
葵はいつも人気の席を確保するために、かなり急いで学食に向かっている。
最近はいつも一緒にいる汀と葵が離れる瞬間は今だけだ。ここで最後の確認をするために私も急いで学食に向かう。
葵にはあっさりと追い付いた。
学食に向かう途中で立ち止まっている葵は虚ろな目をしている。追いついた私にも気が付いていない。こんなになるまで自分を追い込んで、それでも汀に尽くそうとする。
なんでそこまでするのか、好きだから?
いや、違う。たぶん…
責任感だ。
少しの間、そのまま立ち止まっていた葵は、急に意識を取り戻したようにハッとして、すぐに走り出そうとする。ボロボロになりながらもそれでも進もうとする葵、私はそんな彼の袖をつかみ引き止める。
「目の下。クマすごいよ。」
「…涼さん?」
葵は声をかけて初めて私に気が付いたようだった。
驚いたようにするのも一瞬、すぐに自分がしなければいけないことを思い出し、学食に向かおうとする葵。
「涼さん、ごめん。僕急いで学食に行かないと席が確保できないんだ。」
そんな葵に私は最後の確認をする。
「なんでそんなに頑張って席取るの?」
「それは、そうしないと…」
「そうして頑張った先に何が待ってるの?」
「葵、 今幸せ?」
私の最後の確認に、葵はついに答えることができなかった。
大好きなはずの汀と付き合っている自分が幸せだと、言い切ることができなかったのだ。それだけで充分だった。
その後、葵はそれでも学食に向かっていった。
私は教室に戻る途中で一人、どこかに向かっていく汀を見かけた。汀の表情は見たこともないほどのイラつき、怒り、そんな感情で溢れている。あとをつけていくと校舎裏まで来た汀は、その辺にある物を手当たり次第に壊し始めた。
その様子はまるで癇癪を起した子供のようで、自分の感情をどう処理していいのかわからない、そんな風に見えた。
汀のあの様子だと、葵は昼休みの席を確保することは失敗だったのだろう。
まぁ私が引き止めたからだけど、最近は葵に執着している汀があそこまで荒れているならどうやら、これで葵のお試し期間は失敗のようだ。
それなら私にとっても都合がいい。
別れることに私が手を出さずに済みそうだ。
後は一度二人が別れるのを待つだけなのだが、あの様子では汀がすんなりと別れるとは思えない。
それでも汀は自分の気持ちの変化に気が付いていない。
自分が求められる側だというプライドもある。
一旦は別れを告げるはずだ。
その後は、自分の気持ちを理解している葵が、その通りに行動するだろう。
私がするべきことは、その後のことだ。
放課後、葵を連れて教室を出ていく汀。私はそのまま二人を見送る。
さすがについて行くわけにはいかないし、きっと私が何かをするまでもなく、ここで一旦はふたりの関係は終わるだろう。
そう思っていた。だから、見送った。
だけど、それだけじゃなかった。
私の考えはあっていたけど、その後に起こったことにはかなり肝を冷やした。
葵が倒れたのだ。
騒ぎを聞きつけてすぐに駆け付けた私は救急車を呼び、電話からの支持に従って葵の介抱をする。私は人生であんなに慌てたことはない。倒れている葵のこと以外は、ほとんど何も覚えていない。周りにいた人も、いつ救急車が到着したのかも、それほど私は慌てていた。
一つだけしっかりと覚えているのは、階段の上で座り込む汀の姿。
よかった。ちゃんとショックを受けているみたい。
その日は病院で、かけつけてきた葵のお母様と一緒に医師から話を聞いた。葵が目を覚まさないのは極度の疲労だそうだ。ぶつけた頭などには異常なく、疲労が回復すれば目を覚ますだろうとのこと。
そう聞いて二人で安堵する。お母様とは中学時代にもあっている。今回の件でも付き添って病院に来たことを感謝された。
けど、私にはその感謝を受け取る資格はない。こうなってしまったのは私のせいでもあるから…
お母様の感謝の言葉一言一言が心に鋭い痛みを与えてくる。
でも、それでいいんだ。私は元から葵に酷いことをしているのだから。
翌日も学校が終わってから私はお見舞いに行った。
お母様は一晩中付き添っていたようで、疲労の色が顔に出ていた。私が付き添いを交代することを申し出ると、初めは悪いからと遠慮していたお母様だったが、最後には私の説得に応じてくれ、感謝しながら一旦家に戻っていった。
葵はお母様以外の家族からは嫌われているから他の家族と交代することもできなかったのだろう。
それも私のせいだ。
私のせいで、病院に間に合わなかったから、本当に私は葵にとって厄介者のような存在だ。
ベッドで眠る葵を見つめながら、そう思った。
私は葵を幸せにしてあげたい。
それなのに、私が葵を不幸にしている。それは昔からわかっている。だから私には葵を幸せにする資格なんてない。
だけど、私ほど葵の事を考えて、幸せにしてくる人なんて現れるのだろうか…
いつの頃からかそう思っていた。
しっかりと葵を守れる能力があって、私のように葵のことだけを考えて生きていける。そんな存在が、待っているだけで本当に現れるのだろうか、と。
だから、私は創ることにしたんだ。
私の代わりを