計画のはじめ
私が考えていた通り葵は放課後になって行動を起こした。
チャイムが鳴り終わると同時に教室を出ていく葵。私は葵の考えを読んで別ルートで昇降口へと向かった。
昇降口に着いた葵は何かを汀の下駄箱に入れて、すぐにまた階段を上っていった。きっと入れたのは手紙だ。私も葵の後を追って階段を登る。葵はそのまま屋上に出て行った。
ということは、手紙は屋上への呼び出し用で、告白は直接面と向かって伝える気なのだろう。
そこまで見届けた私はすぐにその場を離れる。
これまでの私の行動と、今日一日で汀にはかなり葵を気になるように誘導した。今の状態の汀なら、葵のことを好きとは言わないが、少なくとも自分に有益な存在か試したくなるはずだ。
そんな気持ちで葵に接して欲しくはないが、今後のためには今はそれでよかった。
告白の方法も手紙ではなく直接伝えることにしたなら安心だ。葵の気持ち、人のよさ、いいところはその方が伝わる。
あとは待ちだ。
汀のことだ、何かあれば私に話したがるはずだから、すぐにでも連絡をしてくるだろう。
教室に戻ると汀はお供を連れて帰っていくところだった。今呼び止められても余計な時間がかかる。私は汀が見えなくなってから教室に入った。
私はそのまま教室で連絡が入るまで待つことにした。
すでに教室には誰もいない。
時間の進みが遅く感じ、いつもより時計の針の音がうるさく聞こえた。
はっきりと、自分が緊張していることがわかる。
葵のために前準備は万全とまではいかないが、うまくできたはずだ。それでも、葵のことになるとついつい考え過ぎてしまう。
時計の進む音よりも大きく感じる自分の心臓の鼓動。
まるで、自分が好きな人を呼び出して待っているような感覚だった。
葵を呼び出して、告白する。
私からの告白をきいた葵はどんな反応をするだろうか、嬉しいと思ってくれるだろうか、汀より私を選んでくれるだろうか。
顔を赤くして微笑みながら返事をしてくれる葵を想像してみる…
バカな事を考えた。
私にはそんなことをする資格はない。頭を振って理想的な妄想を頭から追い払う。私は葵の幸せだけを考えていればいいんだ。
私が幸せになる必要はない。
けれど、それでも葵を感じていたいときはある。
さっきの妄想は私の心を刺激するには充分すぎるほど強烈で、私は自分の席を立ち、隣の席、つまりは葵の席の椅子を丁寧に引き出した。
いつも葵が座っている座席を指でなぞり、そのまま腰を下ろす。机に手を乗せてうつ伏せになって頰をつける。
葵が座っていた温もりはもうなかったけど、それでも普段葵が触っている机、座っている椅子に自分が密着しているこの状況に私は身体の奥が熱くなってくるのを感じた。
じわりと汗が滲み、さっきまでとは違う意味で心臓の鼓動が大きくなる。
少し腰を動かすと感じる葵の椅子の固い感触に、私が我慢できなくなりそうになった時、
机に置いていたスマホが振動した。
すぐにスマホを手に取ってみると、汀からのメッセージだった。「話したいことがあるから会えない?」と送られてきたメッセージにすぐに了承の返信を送り、私は待ち合わせ場所に向かった。
「マジで⁉︎」
「りょ、涼。声大きいって…」
「あ、ごめん。で、付き合うことにしたんだ?」
「まぁ一応ね。」
私の大声に驚いている汀に確認をとる。
汀は葵に呼び出されて告白を受け、付き合うことにしたと言う。ただし、十日間のお試し期間でお互いのことを見極めてから本当に付き合うかを決めるようだ。
正直、葵を試すようなことをする汀に今すぐにでも教育してやりたかったが、一応は想定内で、しっかりと私が考えた通りに進んでいる展開になっているから、今は我慢しよう。
「そっか~。よかったなぁ葵。」
「何で涼がそんなに喜んでるのよ?」
「だって、葵が汀のこと好きなの知ってたからさぁ。応援してた身としては嬉しいわけよ。」
「七瀬君が私のこと好きなの知ってたんだ。」
「それはね、わかりやすいから葵。」
汀としても、まだ私が葵のことを好きなのかもしれないと考えていたようで、葵が汀のことを好きと知っていたことに、わかりやすく反応していた。
これで、私が葵を好きだと考えることもなくなり、私への遠慮が消えた汀は自分のやりたいように葵を使うだろう。葵にとっては辛い期間になるが、葵の幸せのためには必要なことだ。
「葵をよろしくね、汀!」
「まぁ、さっきも言ったけどお試しだからね。お互いの事を知るための、それでどうなるかはわからないよ。」
「それでも、きっと汀も葵のことを気に入るって、ね。」
「はぁ」
最後に念をおして汀と別れた私は、計画の初めが上手くいったことにホッとしながら家路についた。
翌日の学校は朝から一大ニュースで騒がしかった。
人目もはばからずにイチャイチャする汀とされるがままの葵。汀が付き合っていることを公表したことで、ふたりは朝からクラスメイトの質問攻めにあっていた。
騒ぎが落ち着いてくる頃にはもうお昼休みになっていた。
隣に座る葵は慣れない注目を集めたことで疲れているようだが、汀を見る目は本当に嬉しそうで、その瞳に嬉しさと少しの嫉妬を感じてしまう。
「よかったじゃん葵。」
だが、そんなことは表には出さず葵に声をかける。
「ずっと前から委員長のこと見てたもんね。」
「え⁉︎ 気付いてたの?」
「いやいや、わかりやすかったから。誰でも気づくよ。」
「う、お恥ずかしい。」
「葵、今幸せ?」
「えっと、うん!幸せです!」
「そっか、頑張ったね、葵。」
「ありがとう、涼さん。」
「じゃ、私昼行ってくる。またね。」
葵は本当に幸せそうな表情をしていてた。
その表情に癒されると同時に、葵のこんな表情を引き出したのが自分じゃないと思うと少し悔しさも感じる。
それにこれはまだ終わりじゃなくて、葵にはこれから十日間辛い日々が待っている。きっと汀は容赦なく葵を試すだろう。それを考えるだけで、荒れそうになる自分の心を必死に押し殺す。
それも私が考えた計画に必要なことだ。
葵の幸せのために…