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紫石ノ詩  作者: 風魅
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序章・下



 しかし、それから数日。異変が起きました。

清純な川はたちまち濁り、田畑も途端に枯れ始めたのです。こんなこと、今までに見たことありません。


「ヤマガミサマが堕ちた」


 そんな噂が大人達のあいだに広まります。誰かが神の逆鱗に触れたわけではないため、そうに違いないと。


 季節は夏だというのに、木枯れが目立ちます。それを見つめていますとヒジリ様がこちらにやって来ました。


「木枯れの速度が早い。これは早々に手を打たないと手遅れになる」

「手を打つ……?どのようにすればいいのですか?」


 村が衰退していく姿を見るのは嫌です。方法があるというのなら何があるのかと問います。


「怒った神ならまだいい。丁重に崇め奉り、それでも収まらなければ人身御供が定石だ。だが堕ちた神の扱いは人がどうこうできるものでは無い」


 どうにも出来ない、と言われて俯きます。

 なら、私たちは、黙って村が滅ぶその日を待つしかないのかと。


「しかるべき者に頼めば、その限りではない」


 例えば、京の都の陰陽師。彼らは陰にも陽にも通じていて、神に対する専門職である。


 しかし、私たち村の者は誰も都にツテなどありません。ほぼ無理なことなのでしょう。

 少し落ち込んでいますと、村の大人たち数人と長が何やら慌てた様子でヒジリ様に駆け寄ってきました。


「旅商人の方から話を伺いました。あなた様は、堕ちた神を斃すヒトである、と」


 長の言葉に目を丸くします。神や妖に詳しい方だと思っておりましたが、まさかヒジリ様が陰陽師でいらしたとは。


「勘違いするな。確かに私は神と対する術を持っているが、陰陽師とは程遠い。私の出来ることは、神を斬り殺めること。それがどれほど重きことか、理解して言っているのか?」


 重苦しい空気が漂い、息が詰まります。ですが長は重い口を動かしました。


「百も……ッ承知です……!神を殺めること、どれほど罪深きことか理解しております……ですが、私らはこの村での生活しか知りませぬ。ヤマガミサマが神隠れなされれば、村の者らは以前より手厚く、ヤマガミサマを崇め奉ると誓いまする……」


「その言葉、真か」


 長たちはヒジリ様を真っ直ぐ見つめます。それに根負けしたのか、ヒジリ様はほっと息をつきました。


「神殺しの依頼、受け持った。子の刻に村を出立する故、山へは誰一人として近づけさせるな」


 そしてヒジリ様は、胆力と腕力に自信のある男らに清い水の入った樽を運ぶよう命じました。


「あのう……報酬は……」


 長が遠慮がちに尋ねます。


「いらん。ただでさえ村が荒れているのだ。余計な負担はかけん。使者を送るまで常に火を絶やすな。事が終われば村の神職に全て託す。丁重に崇め奉れ」




 夜、旅商人の方に教えられました。

 ヒジリ様は神を斃す専門の方。人が到底及ばぬ力をその身に宿し神を屠る忌むべき存在。


 だから『卑死人(ヒシリ)』。


 卑しき死を呼ぶ人。それでは語呂や印象が良くないと付けられた通り名が『聖』。


「事を終えた奴には絶対近づくなよ。神殺しは殺った張本人が一番穢れる。奴もそれは心得ているだろうし無闇矢鱈にこっちに近づかないだろうが、用心しろ」


 神の穢れは末代まで呪い尽くすと言われます。ならヒジリ様は、一体どれほどその身に穢れを溜めてらっしゃるのか。私には想像がつきません。




 丑の刻を過ぎた頃、

 水の入った樽を運んだであろう村の者が山から降りてきました。

 額にたくさんの汗を浮かばせ、大声で神職を呼びます。

 その後ワナワナと震えだし、小さな声で呟きました。


「あのヒトは、人じゃない」と。


 私の知る秘密の滝で行われた神殺し。その場の近くの木々の脇でうずくまり、目をつぶっていたらしい彼でありましたが、音はよく聞こえたそうです。


 神が一方的に斃されるその音を。声を。


 その後、ヒジリ様は村の神職に全てを託された後、村を去りました。穢れが広がることを避けたからなのでしょう。

 それから、あの人の姿は見ていません。



(序)終

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