死の魔王と『死神』
「俺が先頭で進む、シャルは後ろを警戒してくれ」
さっきの襲撃から、敵は姿を見せない。
砦の中は不気味な程に静まり返っている。
「もう別な場所に移動したんでしょうか?」
「その可能性もあるけど、それならここを襲った理由がわからない」
ただの気まぐれってこともあるけど、どうも腑に落ちない。
俺が逆の立場なら、どこかに拠点を置く。
そして『商人』の男が言っていた広間にたどり着く。
「もっと多く人がいると思っていたが、たった二匹か。数が減ってしまうな」
広間には圧巻の光景が広がる。
人や獣の死体が広間で列を組んでいた。
百を超える死体の群れ、その奥に一体の異形が座っている。
元は何の生物かわからない大きな骸骨、その頭には大きな角が一本生えている。
なるほど、これは確かに死神だ。
俺のように職業としての『死神』ではなく、おとぎ話に出てくるような本物の死神。
「やれ、死者共。新しい仲間を迎えろ」
一斉に向かってくる死者の群れを大鎌で一気に刈り取る。
その内の一体から他とは違う何かを感じた。
もしかしてこいつは生きてる?
その考えが良くないことはわかっていても、手が止まり地面を鎌で抉り灰に変えてしまう。
「シャル、あの人は生きてるかもしれない。これから俺が倒さなかった奴はシールドバッシュで気絶させてくれ」
「そんなことがわかるんですか?」
「そんな気がするだけだよ」
シャルに告げ、死者の群れにまた突っ込んでいく。
改めて敵と向き合うと、死者の中で違和感がある奴が何人かいる。
たぶんそいつらはまだ死んでない。
それがわかってしまったせいで大鎌は使えず、素手で倒し続ける。
生者を避け、シャルに任せながら魔王の元に向かう。
「もうよい、下がれ」
その命令で魔王までの道が生まれる。
「諦める気になったのか?」
「お前は余と同じ死を操る存在だ。お前はこちら側に来るつもりはないか?」
「ない」
「そうか、それなら今ここで殺してやろう」
魔王が持ちだすのは不自然な形に折れ曲がった大きな二本の剣。
それを持ち、何のためらいも無く振り下ろす。
この攻撃はくらったらだめだ。
そう感じ取り大鎌で防ぐが、防ぎきれない。
異世界に来て初めて受けた衝撃に腕が痺れ力が入らない。
何とか鎌を握り直し反撃を試みるが、あちらの攻撃の方が早く薙ぎ払われ俺の体は水平に飛んでいく。
ゾンビの群れを灰に変え、砦を覆う壁も貫通し、森まで飛ばされてしまう。
木の灰が散らばる地面に倒れ込む。
「ごはっ!」
圧倒的な戦力差、今まで寿命を奪う力だけで生き延びてきたけど、この差は無理だ。
命がいくつあっても勝てる気がしない。
班長達はこんな戦いに身を投じてきたんだな。
「ウォルさん、大丈夫ですか?」
「シャル?」
なんでここにいるんだ?
「立てますか? 肩は貸せませんけど、急いで逃げましょう」
「いつの間にここに……?」
「それは……」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるシャルに手を伸ばしそうになった。
その手を引っ込め、立ち上がる。
「シャルは急いで班長達に知らせてくれ。勝てなくてもあいつのことはここに引き留めておくから」
「私、逃げてたんです! 怖くて怖くて、ウォルさんが魔王と向き合っている時に逃げ出しました……」
「それが普通だ」
「普通じゃダメなんです。折角『聖騎士』になれたのに、逃げてしまったんです。仲間を置いて逃げ出しました」
「そのおかげでここにいるんだったら何の問題も無い」
おかげで立ち上がれた。
寿命を奪う力が効かなくて戦意を失っていたのに、立ち上がれた。
まだやれることはある。
シャルの涙を拭ってやることもできないけど、シャルが逃げる時間くらいは稼げる。
きっと俺はここで魔王に負ける。
だけど、俺に魔王が勝てるように、魔王にに勝てる何かがある。
そのための時間稼ぎをしよう。
「問題ないから逃げてくれ」
「嫌です! 誰も守れないなら『聖騎士』になった意味が無いんです!」
「感動の別れか、最後の言葉を残す時間が必要か?」
魔王は悠々と勝利を確信し近づいてくる。
「いらない。お前こそ辞世の句は考えておけよ」
俺の攻撃は魔王に届かない。
何度打ち込んでも、どれだけ打ち込んでも、魔王に傷一つ付けられない。
そんな俺を何度も魔王は打ちのめす。
俺がぶつかり灰に塗れて森は白く変色する。
「もう、起き上がれないか。魔人化するかと思って痛めつけたが、結局変わらずか」
「お前ほど……、魔力回路が脆くないんだろ……?」
「そのせいでお前は脆い人間のままだ。死ね」
剣先が俺に近づいてくるのが見える。
駆け寄ってくるシャルの姿がゆっくりに見える。
そして不気味に波打つ剣が俺の体に突き立てられる。
熱した鉄を突きつけられた痛さが、俺を冷たい死へと向かわせる。
「ウォルさん! ウォルさん!」
温もりが俺の手を掴む。
それがシャルの手だと認識するまでの長い時間が、体の死を際立たせる。
「俺……、触れてるんだな……」
俺の手を握っているしゃるんお寿命を奪えていない。
もう俺は『死神』じゃないんだ。
「同じ死を扱う人間なら職業を持ったままかと思ったが、死ねば職など関係ないか。同じ『死霊術師』としての情けだ、その女と共に殺してやる」
俺の体を誰かが締め付ける。
冷たくなるその体に再び熱を与えるような温かい抱擁。
「また守れなかった。守れなくてごめんなさい」
そんな声が聞こえた。
さっきと変わらない凶刃がかすんで見える。
俺の体を貫く凶刃は白く光り輝く何かに遮られる。
その輝きに照らされた瞬間、俺の体は一気に軽くなる。
これは死んだんだ、また神様に会えるのかな。
目を開けると、俺はシャルに抱きかかえられた状態で魔王の前にいた。
「今の光はなんだ?」
ひらひらと俺の目の前に紙が落ちる。
その紙は淡く光っており、今の強烈な光はこの紙が原因だとわかった。
光輝いたその紙には大きく「おめでとうございます」と書かれていた。
進化条件を満たしたため『死神』から『英雄』に進化します。
「進化?」
「お前はなんでまだ生きている! 今の光もお前が原因か!」
紙の続きを読む前に、魔王は武器を振るう。
しかしあまりにもその攻撃は遅い。
その剣先はあっさりと掴めてしまい、剣は一瞬で破壊できてしまった。
「ウォルさん? あれ、私生きてます?」
「俺も生きてるみたい。ちょっと離れててくれるか? 今ならあいつを倒せる気がするから」
「ウォルさん、その恰好は?」
「俺もよくわかってないけど、今なら負ける気がしないんだ」
体調だけでなく、俺の服装も大きく変わっていた。
黒から白に変わり、大鎌は立派な大剣に変わっていた。
詳しくさっきの紙を読んでいる暇はなさそうだけど、これが『英雄』の装備なのは知っている。
「『死霊術師』から進化したのか? そんな進化、我は知らないぞ」
「違う、俺は『死霊術師』なんかじゃない。『死神』だからな、お前が知るはずはないだろ」
「進化したからと言って何が変わる。余は死を司る魔王なり!」
振り下ろされる残りの一本は俺が剣を振ると粉々に砕け散る。
「ふざけるなぁぁああ!」
自らが灰かにした死者で剣を作り上げた魔王は、剣を振り上げる。
しかしその剣は振り下ろされることはない。
俺の放った斬撃は魔王の体を両断し、雲をも切り裂く。
「死の魔王である我がこんなところで死ぬはずない! 死ぬはずはないんだ!」
体が二つに分かれた魔王は地を這いながら逃げようとする。
「待て、我を見逃せば世界の半分をやろう。な、いい案だろ?」
「みっともないな、死の魔王。お前は負けたんだよ」
「嫌だ、やめろ……。我はまだ――」
俺は魔王の頭に剣を突き立てる。
魔王の体を支えていた骨がカラカラと乾いた音と共に地面に転がり、魔王の死を伝えてくれた。




