魔王の行方
「騎士長の印象が少しだけ変わりました」
「伊達にあそこを仕切っているわけじゃないさ、ちゃんとやれば順当に評価はする奴だよ。プリクトを撃退した時もこちらの言うことは聞いてただろ」
「ムカつく奴なのは確か」
付き合いの長い班長と副班長も人としては嫌っていても、上官としては認めているらしい。
「ヴァレンシア、他にあの遺跡に封印されていた魔王はどんなやつだ?」
「従属、死、幻影、血の四体です。死の魔王は先ほど話した通りで、血の魔王は血を吸収することで無限に強くなると言われています。鋭い牙と爪、皮膚は固く触れた生物を削り取るらしいです」
吸血鬼で鮫肌ってことか。
普通に戦えばあっさりミイラになるってことか。
こいつなら俺一人で対処できるな。
「女子としては戦いたくないですね」
「姉さまの柔肌がそうならないように、この男に引き受けさせましょうか」
「最初からそのつもりだけど、お前が言うな」
そんなことを言っている暇があるならさっさと準備をしていろ。
「幻影の魔王というのは、どういう魔王なんだ?」
「わかりません。封印されるまで誰もその姿を見た者はおらず、国が滅んでから魔王の存在を認識していたらしいです。誰も姿を見ていないから幻影の魔王と呼ばれているんです」
透明人間って感じだな。
いるのはわかってるけど姿は見えないってところがそっくりだ。
「遺跡の前にあった足跡からして血の魔王はガノマノフ方面、幻影の魔王はプリクト方面ってことか。死の魔王はどこに行ったか確認できずだな。今の所私達にできることはないか」
今回ばかりは班長一人で行動を決めるわけにはいかないよな。
できるのは精々、行先のわかっている二体の魔王を見張るくらいだ。
「ウォルとシャルには、ボルガノに行って櫓を建てるように言ってくれ。私達はガノマノフ方面で櫓を作る準備をする」
「ルゥも姉さまについていく。この男と二人きりにして何かあったら最悪」
「駄目だ、そちらに戦力が固まりすぎる。ルゥはこっちで櫓作りをしながら獣の調教をしてもらう」
「私は大丈夫だから班長さんの言う通りにしてくれる?」
最後まで不満そうにしているが、シャルに頼まれ渋々ながら頷いた。
そう言えばシャルと二人きりって滅多になかったな。
†
「ヴィーグに配属されてから大変なことが続きますね」
「忙しいよな。俺は疲れるってのとは無縁だけど、シャルはそろそろ限界なんじゃないか?」
「そうですね。しっかりとした睡眠がとれませんから。でも私も『聖騎士』の影響で疲れはそこまで出てませんよ」
そう言って元気のある振りをしているけど、シャルの目元には疲れが見える。
騎士系統の職業は俺みたいに軽装じゃなくて、全身に鎧を着ているし疲労も溜まりやすいはずだ。
それでなくても連戦に次ぐ連戦で肉体的にも精神的にもピークなはずだ。
「ボルガノに着いたら少し休憩させてもらおう。班長もいないしサボったってバレないだろう」
「そういうわけにはいきません。皆さん真面目に働いているんですから私だけ休むなんてダメです」
「砦の修繕は『大工』みたいな専門の職業に任せておくのがいいんだよ。俺達の仕事は守って戦うことだし、ここで倒れられて戦えなくなったら困るだろ?」
「そう言われると弱いです」
適材適所は大事だ。
俺には戦う力はあっても守る力は無いしな。
「ずっと気になってたんですけど、ウォルさんの足の裏には『死神』の力はないんですか?」
「それは靴のおかげだな、実は少しだけ浮いてるんだよ」
「本当ですね。確かに地面に触れてはないです」
かなり接近しているが、シャルは怖くないのだろうか。
この靴を脱げば地面もすぐに灰に変わる。
最初は不思議だと思ったけど、死神の力に影響されない服がある時点で気にするのはやめた。
「死の魔王ってどこに行ったんだろうね。ルゥちゃんも足跡が見つけられなかったみたいだし」
「俺も足跡は見てなかったしな」
よく見れば痕跡はあったかもしれないけど、そんなのを気にしてはいなかった。
「それも大事だけど、今はボルガノだな。高い櫓を作れれば魔王の確認も早くなるだろう」
わからないことを気にしてもなるようにしかならない。
それは不運だった俺の持論だ。
どんなに周囲に気を配っていても、自分と関係ない事故で死んだりする。
「ウォルさん」
シャルが盾に手を当て、一点を見つめる。
その方向から何かが走ってくる音が聞こえる。
「騎士様。た、助けてください。砦にとんでもない化け物が!」
音の正体は一人の男だった。
確かこの人はボルガノに物資を売りに来ていた『商人』だ。
「大丈夫ですから、落ち着いてください。ゆっくりと深呼吸してください。そう、ゆっくりです」
シャルになだめられ、男の呼吸は徐々に落ち着きを取り戻す。
男の体には泥や血が滲んでいるが、大きな怪我はなさそうだ。
おそらくここまで走ってきたときに葉や枝で切った物だろう。
「落ち着きましたか? お水です、飲みながらでいいので事情を聞かせてください」
「ありがとうございます。私は『商人』でボルガノに物資を搬入していました。突然砦の中から悲鳴が上がったんです。何事かと護衛の兵士が見に行ったのですが、いつまで経っても護衛は戻ってこず、仕方なく私も見に行くことにしました」
護衛がやられたってことは盗賊や魔獣の類じゃないな。
この辺で護衛を倒せるような魔獣はまずいない。
そうなると魔王ってことになるな。
シャルも同じ考えらしく、俺の視線に頷いた。
そうなると、こっち方面に逃げたのは幻影の魔王か?
「広間まで行くと、無数の死体が一体の怪物に傅いていたんです」
「その怪物はどんな怪物でしたか?」
「巨大な骨の化物です……。あれは死神に違いないです。あそこは死神に魅入られたんだ……」
ついに泣き出してしまい、俺達の手に負える状態じゃなくなってしまった。
「大丈夫です。その化物は私達が倒します。そうですよね、ウォルさん」
「任せとけ、そいつが死神みたいなやつだったとしても、俺は本物の『死神』だ」
「なので、このことをヴィーグにいるリグレス・アスフィールドという人に伝えてください。この白い灰が撒かれている道を進めばヴィーグにたどり着きますから」
軽く手当てをしてやり、男を見送る。
「ごめんなさい」
「ああ、気にしてない。あそこではそうする以外ないしな」
話の内容からしてボルガノにいるのは死の魔王で間違いない。
封印が解けた四体の魔王で、俺達に唯一勝ち目がない魔王だ。
従属の魔王が言うには、『死神』ではなく『死霊術師』らしいが、同じく死に関する職業でこっちは人で向こうは魔王。
でもここで逃げるわけにはいかない。
「こっちこそ、ごめんな。休ませるはずだったのに、また戦うことになった」
「魔王を倒したらゆっくり休めますから」
気丈にふるまう振りをして俺達はボルガノに到着する。
復興が間に合っておらず、古びた外壁、吹き飛んだ上層階も未だに手付かずのままだ。
「裏から入りますか?」
「その方が良さそうだな」
ここを襲撃した時に使った裏口を開けると、一体の兵士と目が合った。
そして動かれる前に先に手を触れる。
一瞬で死体は灰に変わる。
「今のは生きてたんじゃないんですか?」
「死んでるよ」
虚ろで生気の感じない目、頭からは血を流した姿は確実に死んでいる。
生きているかもと考えている間に仲間を呼ばれる可能性もある。
そう思って灰に変えたのだが、複数の足音が駆け足でこちらに向かってくる。
これやらかしたかもしれない。
一体倒されたことを理解したのか、複数のゾンビが次々と現れ始める。
これは向こうも俺達に気がついたってことか。
「シャルは足止めを頼む。俺がこいつら倒すから」
「わかりました」
大鎌を取り出し先頭に切り込み、手前の数体が灰へと消える。
普通ならその光景に動きが止まるはずだが、意思を持たないゾンビが怯えるはずもなく、俺の体を掴む。
群がる死体が全て灰になるまで、数分の時間がかかった。
「もしかしなくても気づかれてますよね?」
「こうなったら様子見は無理だな」
俺達は前に進む以外道が残されていない。




