聖騎士の矜持
ウォルの戦闘開始直後、ボルガノ砦内部。
九班班長リグレス・アスフィールドは班員三人と共に最上階を目指していた。
「班長、最上階に何かあるんですか?」
「最上階には見張りがいると情報があった。先にそこから潰しておきたい」
この砦の高さからではヴィーグを監視はできないが、接近してくる敵の姿は見えるはずだ。
敵の増援が早い可能性を考慮するなら先に潰しておいた方がいい。
「あの、ノーグルさんは平気なんですか? 私もこっちに来てしまっては、回復もできないと思うんですが」
今日配属されたヴァレンシアの発言に失笑が漏れる。
彼女以外この班にウォル・ノーグルを心配する人はいない。
「昨日の魔獣討伐を見ていないのか?」
「後方で待機していたので、噂は聞きましたけど」
「あいつは腕力が強いとか魔法が凄いとかじゃないんだよ」
「よくわからないです」
彼の有するSSレア職業『死神』触れたものの寿命を奪う力は、実際に目の当たりにしないと理解は難しい。
触れるものという定義も広く、人は当然として攻撃のために振るわれる武器や魔法も必ず彼に触れなけばならない。
そして触れればその全ては寿命を奪われ灰に消えてしまう。
「あいつの戦いは最上階で少し見てみようか。あれは見た方が早いからな」
「ウォルさんより私達の方が危険だからね」
「わかりました」
ヴァレンシアはウォル・ノーグルについて腑に落ちない様子だが、自分達が危険なことも変わりはないと気を引き締める。
捕虜から聞いた内部の地図を確認しながら、最短ルートで砦を登っていく。
ここまでは敵に遭遇することもなかった。
「ここからは隠れようもない一本道だ。注意しろよ」
最上階の一つ下である三階を前に全員が戦闘態勢に入る。
防御に徹するために必ず誰かいるはずだと、慎重に扉を開ける。
燭台に灯る火が部屋を照らす。
「誰? さっき魔獣は渡したでしょ?」
幼い声が部屋に響く。
「なんだ、侵入者か。クーちゃん、灯り強くしてみんなを起こしてくれる?」
幼い声の命令に反応して鳥の羽音が部屋中を飛び回る。
油の匂いで気づくのが遅れたが、獣の匂いがする。
こいつが『調教師』みたいだな。
「君が調教師でいいのかな?」
「うん。『調教師』ルゥ・コープス。お姉さん達の名前は?」
強くなった明かりで、ようやくルゥと名乗る少女の姿は確認できた。
鮮やかな桃色の髪に、首元にはチョーカーを巻いた大人しそうな少女。
彼女が眠っていたであろうベッドは熊の魔獣、部屋の中に充満している獣の匂いはこいつかとリグレスは理解する。
「私はハイネス国の兵士、リグレス・アスフィールドだ」
「よろしくね。それで、ルゥと戦いに来たの?」
「できることなら戦いたくはないな。どうやら勝てそうにも無いしな」
部屋の奥にある最上階への階段の前には、五体の魔獣が待機している。
熊と鷹と狼の他にこの辺りでは生息していない獅子や、大猩々までいる。
「この子達はお気に入りだからね。ねえねえ、私のペットを殺したのってお姉さん達の仲間だよね?」
「そうだが、それを咎めたりはしないよな?」
リグレスの背中に汗がにじむ。
まともに戦っても熊の魔獣一頭で自分達に勝ち目がない、それにも関わらず他に四頭もいる。
この少女のさじ加減一つで自分達の生死がかかっている。
「しないよ。あんなのには愛情なんてないもん。ただ数が欲しいって言われたから準備しただけだし。そのくらいでルゥは怒ったりしないよ」
「それならなんで倒した人達を知りたいんだ?」
「邪魔されたからだよ。あそこにいる人達を全員殺したら私の町にしていいって言われて、そこで私はこの子達と仲良く暮らすの。それでもっと仲間を増やして増やして増やして、私の好きな子達と楽園を作るの。楽しそうでしょ?」
この少女は危険だと、リグレスは悟る。
幼いせいか、そういう性格なのかはわからないが、この子は壊れ始めている。
自分だけが大事で、それ以外には必要ない。
周りに自分を肯定する物だけを置いて否定するものを全力で排除する。
危険な独裁者としての片鱗が見えている。
「だからね、ここで待ってたの。ここで待ってれば邪魔した人が来るよね? 邪魔した人を殺したらルゥの夢に一歩近づくよね」
「一旦引く、これは私達の手に負える奴じゃない」
「ルゥちゃんは、そうやって気に入らない人たちを排除し続けるの?」
「そうだよ。何か文句あるの?」
シャルの物言いにルゥの目が鋭く変わる。
「おい、シャル」
「あるよ。大ありだよ。そんな自分勝手な理由で人殺しなんてしちゃダメだよ」
リグレスに止められてもなお、シャルはルゥを否定し真直ぐにルゥの元に向かう。
「お姉さんうるさいよ。説教は嫌いなの、私の楽しみを奪おうとする説教は嫌い」
「大事な人が殺されてルゥちゃんも嫌だったはずなのに、他の人にそんなことしちゃダメだよ」
「何言ってるのかわかんないや。ルゥが嫌な思いをしないためにしてるんだよ。他人なんてどうなろうと知ったことじゃないでしょ? もういいや、上に行きたいなら行けばいいじゃん。この砦の人も私には関係ないし」
「そうか、ありがとう」
扉の前に居た魔獣は道を開ける。
この少女を信じてもいいのかと、リグレスは思考を巡らせるが答えは出ない。
ただの気まぐれ? 私達を殺すための作戦か? 魔獣の一体に寄り掛かりながら休む少女の考えは読めない。
ルゥ本人も一人を除いて最上階へ行くのを止めるつもりはない。
自分の夢を邪魔した連中の仲間だが、今は邪魔するつもりはなさそうだし、殺すつもりはない。
ただ一人、自分に説教をし不快にさせたシャルを許すつもりはない。
「班長は上に行ってください。ルゥちゃんは私に用があるみたいです」
「そうなったらお前一人を残すわけにはいかないだろ。私はこの班の班長だぞ」
「なら私は副班長」
「私一人だとどうしようもないじゃないですか!」
「行かないんだ、折角行ってもいいよって言ったのに。なんでルゥの言うこと聞かないんだろう」
ルゥが手を振ると、狼と獅子の魔獣が動き出す。
『聖騎士』二人は盾を構え激しい音を立てながら二頭の動きを止める。
「アイスバインド」
「行くぞシャル!」
二頭の足を氷の魔法がからめとり、動きが止まった二頭の頭へ魔力が込められた盾がぶつかり、二頭の体から力が抜ける。
守りが主な騎士系統には珍しい攻撃技シールドバッシュ。
盾に魔力を込め敵の脳を激しく揺らし攻撃する。
どんなに首が頑丈でも関係なく脳震盪を起こすことができる。
「残り三体だ、気を抜くなよ」
「むかつくなぁ……、思い通りになればいいのに、みんなが思い通りになれば幸せな世界が作れるのに、なんで邪魔するのかな?」
「ルゥちゃんだけが幸せだからだよ。そこにみんなの幸せが無いから」
「本当に目障り。みんなやっちゃって」
残りの三体が向かってくる姿に、リグレスも死を覚悟した。
獅子と狼でさえ受け止められたのは偶然なのに、それよりも力の強い熊と大猩々。
私でも受け止めきれるかわからないのに、シャルに受け止めきれるはずはない。
「みんな受け身の用意しておいて。ビッグバン!」
シスが杖を床にぶつける。
そこを中心に大きな炎の力が溜まり、一気に圧縮され破裂する。
上級に位置する爆発魔法が狭い室内で炸裂した。
「無茶しすぎだ、ヴァレンシアなんか気絶してるぞ」
「班長なら何とかしてくれるでしょ?」
全く悪びれる様子の無いシスにため息をついた一方、シャルはルゥを抱えて気絶していた。
爆発の瞬間、リグレスがシス達を助けたのを見たシャルは咄嗟にルゥの元に走っていた。
背中に背負っていた大盾で直撃は避けたが、爆発の衝撃とルゥを庇った時に頭を打ちつけていた。
「何も敵を助けることはないだろうにな」
「班長の命令に従ったんじゃないの? 『調教師』を捕まえたいって言ってた」
「その後に無理はするなって言っただろ」
吹き飛んだ三階には魔獣の死体が転がっていた。
本当はシャルならこいつ等も助けたかったんだろうけどな。
シャルの体を寄せると、疲れ切った顔でルゥは空を見上げていた。
「もしかしなくてもみんな死んじゃった?」
「ああ、恨みたいなら私を恨め。少なくともそこで気絶してるやつは恨むな」
「うん、助けてもらったからね」
ルゥはその瞬間を思い出す。
助けられた時の温かさ、優しさを確かにシャルから感じていた。
他人なんてどうでもいいって気持ちは変わらないけど、この人は他人じゃない。
「ねえ、お姉さん達について行ったらさ、この人と一緒にいられるのかな?」
「それはシャルが起きたら直接聞けばいい」
「そうさせてもらおうかな」
シャルのおかげで目的は一つ達成。
ここに来た本命の理由はどうなったかな。
「おーい! そっちどうなってるんだ?」
あいつの声からして問題はなさそうだし、無事とは言えないけど、任務は完了だな。
リグレスは不安そうにこちらを見上げるウォルを見て、少し肩の力を抜いた。




