死神の手
「不満か?」
「そりゃあ、不満はありますよ。配属初日で敵の本隊に一人で向かうんですから」
騎士長への報告も終わり、俺は不満を口にした。
敵の数はわからないが、最低でも数百はいるであろう軍勢の中に俺は連れていかれる。
そんな理不尽に不満を漏らさない人はいないだろう。
許可した騎士長も足止めくらいにはなるだろうって感じだったし。
「お前なら平気だ。『死神』の力はさっき見せてもらったからまず負けることはあり得ない。それにこれはチャンスなんだ。九班には大した権限はない。これが上手くいけば私達の地位向上にも繋がる。人員や武器の補充、訓練施設の確保が楽になるんだ」
「そういう言い方はズルいです」
たった四人の九班を救うために戦ってくれ。
そんなの断れるわけがない。
「じゃあ、作戦を話合おうか」
四人で周りから離れたテーブルで作戦会議が始まる。
「私達はヴィーグに魔獣がせめて来たら移動を開始する。ウォルは敵の本隊を相手取ってもらう。私、シス、シャルは二手に分かれてウォルから逃げる連中を捕縛する。いいか決して殺すな。こいつらは捕虜にして情報を吐かせるのが目的だ。私は単独で動くが、シスとシャルは二人で動け。新人のシャルを一人で行かせるのは危険だからな」
「それだとウォルさんの負担が大きくないですか? 何百も相手にするんですよね?」
「それは大丈夫。職業に引っ張られてるらしくて疲れないみたいだし」
眠らない、疲れない、腹も減らないし温もりも感じられない。
まるで戦うためだけの職業だな。
これって幸運なことなんだろうか?
「それじゃあ敵に気付かれないように準備を始めてくれ」
全員が散り作戦の時を待つ。
†
「『調教師』ってどんなことができるんですか?」
「主に動物や魔獣を調教師意のままに操る職業らしい」
「らしいって、曖昧な反応ですね」
「あれは特殊な職業なんだ。ガチャから排出はされず、別の職から進化する以外に手に入れることができない」
「俺のよりもレアじゃないですか」
進化って確か何種類かある条件を満たしていないといけなかったはずだ。その条件も正確には確認できていないはずだ。
ガチャから出る可能性があるだけまだ『死神』の方が入手難易度は簡単そうだ。
「そうでもないんだよ。歴史上には結構な数の『調教師』が実在していたから、その能力は後世にまで残っている。だからお前の『死神』の方が珍しいはずだ。歴史上一度も登場していない職業だからな」
歴史に詳しくはないけど、班長がそう言うならそうなんだろう。
一段落ついたら歴史について調べてみようかな。
「それでさっきから何をしているんですか?」
「周囲の音を聞いてる」
班長は部屋に入ってから耳を床に付けたままにしている。
いつ話題だそうかずっと悩んでいた。
「動いたな」
「本当にわかるんですか?」
「狼なんかは流石にわからないが、大型の生物ならわかるさ」
これって騎士の能力なんだろうか?
「大分音が大きくなってきたな。裏からシス達と合流する」
九班が移動を開始すると、櫓から警報が響く。
俺達のいた倉庫とは反対側にある宿舎に、黒い一団が突入していく。
「森に入る。ウォルは先陣を切って進んでくれ。私達の事は気にしないでいい。本隊が見えたらこちらは勝手に二手に分かれて行動を起こす」
指示通りにさっき見た地点に移動するが、先ほどとは違い人数が増えている。
その中の一人が移動する後を追う。
そこから少し離れた場所はプリクト軍がやったのか、広い更地になっていた。
これを班長達は見つけてないのか?
いや、結構深い所まで入ってきたし、班長達も手が回っていないのか。
本当に何とかしないとこの森もプリクトの縄張りになりそうだな。
「今伝令が入った。魔獣の群れがヴィーグに入った。もうしばらくしたら移動だ。準備をしろ!」
うわー、全員強そうだな。
俺ってこれからここに行かないといけないんだよな。
俺も少しは強そうに見せて行けば少しくらい有利に立てるかな?
袋の中から大鎌を取り出し、フードを目深に被ってみる。
これでなんとか不気味な雰囲気は出せるだろか。
「準備はしなくていいぞ」
更地に足を踏み入れると、その場にいた二千を超える目がこっちを見る。
「誰だ? ハイネスの手の者か?」
「司令官、こんなのはすぐに殺してしまえば――」
「何が起った? 貴様何者だ! 今何をした!?」
俺に掴みかかった男が一人灰に変わった。
こいつが司令官か。
情報を吐かせるって言ってたし、この人は殺さない方がいいよな。
「一つずつ質問して欲しいな。俺はお前達に死を届けに来た」
逃げ出してくれるように司令官に近づいてみる。
「全員でかかれ!」
司令官の号令で、全員が雄たけびを上げて突進してくる。
すぐに鎌を振るおうとするが、やっぱり体は咄嗟には動かない。
一斉に突き立てられる剣は全て灰に変わる。
ワンテンポ遅れて俺は大鎌を振るう。
薙いだ鎌に触れた数十人は全て灰に変わる。
よかった、これで血でも噴き出されたらどうしようかと思った。
あんまりゴアシーン見たいのは見たくないんだよな。
「大人しく投降するなら命だけは取らないでやるぞ?」
「お前等プリクト兵の意地を見せろ! こんな訳のわからない奴に負けるな!」
一瞬で人が灰になってるのに、それでも向かわせるとかかなりのブラックですね。
可哀想だとは思うけど、戦わないわけにはいかないよな。
更に一振り二振りと敵の真ん中に向かって鎌を振るう。
大振りなせいか、一度に倒せる人数は減っているが、それはそれで問題ない。
このまま適当に数を減らして行けば、班長達も捕縛しやすくなるはずだ。
「雑兵どもかかってこい。死の使いが安息をくれてやる」
見るからに数が減って来た。
逃げたのか俺が寿命を奪ったのかはわからないが、すでに半分以下に数を減らしている。
「魔法を撃て。可能な限り強力な魔法だ」
こっちの方が数は多そうだな。
「テンペスト」「サンダーボルト」「アイスレイン」「メテオ」
俺でも知っている強力な魔法が放たれる。
嵐が起こり、雷を落とし、氷の降らせ、隕石を呼ぶ。
広範囲に放たれる魔法が止み周囲は見えない程に土埃が舞い上がる。
その土埃を鎌で払う。
自分達の最大魔法を放ったにも関わらず傷一つ追っていない俺を見て、兵士達は絶望に呑まれ膝をつく。
ひきつった顔で死を覚悟した一人に近づき鎌を向ける。
「まだやるつもりか? いくらでも付き合うぞ」
「お前は何なんだよ……」
「ずっと自己紹介しているだろ? 俺は『死神』だ」
生き残った連中は全員武器を置き降伏した。
「ウォルよくやったな。大金星だ」
「班ちょ――」
「私の事は名前で呼べ。シスの事もだぞ。今はお前が下っ端だとバレないようにしたい。下級の兵士だと知って暴れ出す連中がいないとも限らん」
「リグレス、全員降伏だ。身ぐるみを剥いだらヴィーグに戻ろう」
生き残りは八十四人いた。
班長達から逃げられたは二十名ほど、ヴィーグに攻め入るつもりだった九割程を俺は殺してしまったらしい。
「気にしないでください。戦争ですから、仕方ないです」
「そうだよな」
俺が殺さないとみんなが殺されてしまう。
そこは素直に割り切るしかないよな。
「二人とも考え方が固い。こういう時は生きててよかったって喜ぶもの」
俺とシャルが初めての戦場に落ち込んでいると、副班長がそう声をかけてくれた。
「殺してしまってごめんなさい。なんて烏滸がましい。誰も殺さない自分も死なないなんて夢物語を語るには二人はまだ弱い」
副班長にも何か思う所はあるのかもしれない。
それでも、シャルの気持ちも俺にはよくわかる。
答えの無い問答に空気が重くなる。
「ウォル話がある」
班長に呼ばれ逃げるように先頭に向かう。
「こいつらから話を聞いたら『調教師』は今回前線に来ていないらしい。ボルガノ砦で待機中らしい。ここまで大がかりなのにおかしいと思わないか?」
「負けることを想定していたってことですか?」
言われるまで気づかなかった違和感だ。
『調教師』がどんな職業かはわからないが、普通は近くで操っているはずだ。
それなのに砦に篭っているってことは、負けることを想定しての作戦だったってことだ。
「これはもう少し口を割らせる必要があるな」
俺達がヴィーグに着くと、まだ魔獣の討伐は終わっていない。
「騎士長殿に恩を売るチャンスだ。ウォルは残った魔獣を処理して来い」
「はい」
前ははっきりとした力は確認できなかったが、熊の魔獣一頭い十人がかりで対等の戦いらしい。
これは熊から先に倒した方が良さそうだな。
味方に触れる可能性もあり鎌を使わず、一番近くの熊に近づく。
気配に近づいた熊は腕を振るが俺に触れた瞬間に灰へと変わる。
「他の班を援護してください。時間を稼いでくれれば俺が倒しますから」
助けた人達に指示を出しながら熊を倒していく。
四頭ほどの寿命を奪うと、こちらが有利になり魔獣相手にも引かない程の人数になって来た。
数の多い狼の魔獣には少し手間取ったが、それでもニ十分ほどで全ての魔獣を討伐することができた。
壊された建物はそのままにして、騎士長に捕虜の兵隊と事情を説明する。
「話はわかった。それで、お前は次に何をして功績をあげるつもりなんだ?」
「ボルガノ砦を落としに行く。そのうえで、一つ頼みがある」
「『神官』もしくは『僧侶』を寄こせってところか?」
「流石騎士長殿は話が早い」
話がものすごい速さで進んでる……。
「いいだろう。明日の朝までには準備しておこう」
雰囲気からして腹の探り合いはしてるんだろうけど、俺にはさっぱりわからん。
班長の思惑は九班の強化らしいし、騎士長の考えは俺達を使った出世ってところなんだろうか?
「それではよろしくお願いします」
班長の言葉で話し合いは終わったらしいけど、話のテンポが速すぎて結局二人の心意が読み取れなかった。




