戦火
「あいつらは今頃西で楽しんでるんだろうな」
ウォル達がイルミナに着いた翌日、リグレスは不満を副官のシスに零していた。
国軍の参謀とは呼ばれていてもやっていることは雑務だけ、リグレスも雑務ばかりなのは平和だからだと知っている。
それでも暇なものは暇で仕方ない。
「参謀なんですからしっかりとして。まだこれだけ残ってるんだから」
「わざわざ見せないで……、っていうか他の爺さんたちに回せばいいだろ。なんで私にばかりこんなに仕事が来るんだ?」
「他の方々はこれの倍の書類を捌いてるから。寧ろ班長が迷惑かけてるんだけど」
「失礼します!」
「相当慌ててるみたいだなどうした?」
気心の知れた二人の会話に若い兵士が突然割り込んできた。
「突然の無礼はお詫びします」
「そんな社交辞令はいらない。要点を簡潔に伝えろ」
この慌てようはかなり切羽詰まっているらしいな。
魔獣の大群か、暴動、もしくは他国の宣戦布告辺りか?
「はい。魔王がハイネスに宣戦布告してきました」
魔王が宣戦布告? 何のためにそんなことしてるんだ?
理由は今は置いておこう今は防衛線を張らないといけない。
「わかった。至急、大臣たちに伝えろ。後はそれぞれの指揮官の指示に従え」
「わかりました」
「魔王がまだいたの? 魔王が生まれた報告はなかったと思うけど」
「その魔王がたった今ここで生まれた可能性もあるぞ」
そうでなくても、四体の魔王の様に封印されていてその封印が何らかの理由で壊れたか。
いや、それはさして重要じゃない。
最重要はどうやってその魔王を抑え込むかだな。
ウォルとシャルはいない、戦闘経験のある兵士は前線に出ているし、ここに常駐している新兵では無駄死にだ。
「ルゥの魔獣達を使うしかない」
「それじゃあ、ただの時間稼ぎだ」
かといってウォル達は今西に行ってるからすぐには戻って来れない。
なんでこんなタイミングで攻めてきたんだ?
「そういうことか!」
「どうしたの?」
「この魔王は私達の動向を知っている。いや私達ではなく、ウォルの動向か」
リグレスの言葉にシスも合点がいったらしく歯噛みする。
「状況の報告をしろ」
「現在プリクトの東方から接近している魔王軍の半数はプリクトへ、残りの半分はハイネスに向かっています。ともに五千程度、近隣の村や町はすでに複数落とされています。確認できているだけで死傷者、行方不明者合わせて三千です」
あの辺りは元からへき地で人が少ない、その上プリクトと条約を結んでから塀の数は減っている。
だからと言って宣戦布告から一時間でこの被害か……。
「前線を後退させろ。少人数では足止めもできん、モーレを最前線にしそこで時間を稼ぐ」
「参謀殿、モーレは王都の目と鼻の先です。そこを突破されれば――」
「どちらも変わりはない。どこで守ろうと数分の違いしかでない。わずかでも勝てる可能性をあげる」
「しかし」
「くどい。魔王の強さを私達は知っている。私達の強さなど、魔王から見れば紙切れと同じだ。対抗するためにはバラバラではなく、束になりあいつらを押し返す。それが我らの勝つ道だ!」
兵士たちが忙しなく動く中、リグレスは静かにため息を吐く。
少数で魔王に立ち向かう恐怖を彼女は知っている。
その恐怖に心が折れない様に数に頼ったが、それもどこまで持つかわからない。
「顔が暗いよそんなじゃ、他の兵士が不安になる」
「シスはウォル達が間に合うと思うか?」
「間に合うよ。そのための作戦だから」
「その通りだな。何人か迎えを送ったんだろ?」
「妨害を警戒して十組をバラバラに向かわせた。早ければ明後日には戻って来れると思う」
「魔王軍の移動速度から考えてモーレに到着するのは約二日、ギリギリの戦いになるな」
†
リグレスたちがモーレに着いた時には、準備はほぼ出来上がっていた。
簡易的な落とし穴などの罠、家屋を解体して作られた木造の壁、どれも対魔王となるとどれも心もとないが、準備しないよりはましだった。
「参謀殿、準備は順調です」
「お前がこの町での補佐役か?」
「はい。ココナ・ルクシュア『近衛兵』です。ベア殿がいらっしゃるので不要かと思いますが、精一杯やらせていただきます」
「よろしく頼む」
確かココナって名前は見覚えがあるな。
若く才覚のある少年だったはずだ。
元から文武両道の秀才で『近衛兵』になってからもその才能を伸ばしている。
「参謀殿は魔王と対峙したことがあるんですよね? どのくらいでしたか?」
「あまり大声で言いたくはないが、災害だよ。人の手に負える存在じゃない」
「ですが、参謀のいた部隊が魔王の討伐をしたと聞きましたが?」
「倒したよ。規格外が一人いたからな。今回の作戦はそいつを待つための時間稼ぎだ。決して攻めるな。命を無駄にしないように逃げに徹しろ。そう兵士達に伝えろ」
「わかりました」
「そんなにはっきり伝えていいの?」
「ああ、おそらく最初にこちらに向かっている魔王は偽物か私達が勝てる魔王だ」
「どういうこと?」
「簡単な話だ。魔王の名前を出して攻めてくるメリットは何かを考えたら、自分達でも勝てるかもと強気にさせることだ。そう思ってくれれば遺跡にいた魔王達と同等の魔王を一体放つだけで楽に殲滅できる」
蹂躙し逃げる人間を追うよりも向かってくる方が奴らには好都合だ。
それならそれを利用し、ウォル達が帰ってくるまでの時間を稼ぐ。
「それも読まれていたら?」
「それでもやることは変わらない。どっちみちこの国の戦力では魔王を一体道連れにするのが精一杯だからな。
魔王軍がやって来たのはその二時間後、遠くに見える木々がなぎ倒され、大地が揺れる。
「いいな、出し惜しみは無しだ! あいつらの進行を遅らせるぞ!」
「「「おーーーー!!」」」
兵士の雄たけびが上がると、魔王達からも張り合うように大声を上げる。
その両陣営の叫びが収まり、魔王の中から一頭の像に跨った一体がゆっくりと近づいてきた。
「我は騎乗の魔王ヴェルエイトという、潔く負けを認めるなら苦しませずに――」
「放て!」
リグリスの言葉に、無数の魔法と矢が一斉にヴェルエイトに着弾する。
「次、放て!」
二度の攻撃で魔王は象から落ち、ともに乗っていた像もともに打ち取る。
「魔王共、お前達もすぐに同じようにしてやるよ」
一体の魔王が死に、プリクト軍と魔王軍の戦いは始まる。
「シス、ココナ次の準備だ。『庭師』の人達も準備をしておいてくれ」
リグリスの作戦に魔王軍は戸惑っていた。
魔王達も元は人で、魔王の強さは知っている。
長い歴史の中で魔王という存在は幾度も国を滅ぼしている。
それ程に強大な力を持っている魔王がたかだか数百の人間に殺された。
その事実が彼らの足を止めさせる。
「ゼログラフ様、雑兵の足が止まりました」
「構わない。怯えさせていろ。そうすれば人間は勝てると思い突っ込んでくる。その時を待っていればいい」
「畏まりました」
魔王軍の中央に座るは魔王軍の総大将、支配の魔王ゼログラフ。
数多の魔王を作り、世界を滅ぼそうとする彼は現状を静かに見守る。
一時間経っても動く気配はないか、一体程度では満足ではないということか? それともこちらの考えを読んで膠着を狙っているのか?
おそらく後者で間違いないだろう。
「おい。進軍させろ。拒否をした連中は即殺せ。それと向こうの指揮官は殺さずに俺の元に連れて来い」
「畏まりました」
膠着を選ぶということは例の『英雄』を待っているのか。
残念ながら来れるはずはない。
奴は今雲の上で俺の用意した魔王を討伐しているのだからな。
「さあ、この小さな大陸も俺が支配してやろう」




