天上の地獄
イルミナに着き最初に湧いてきたのは怒りだった。
倒壊した石造りの家、本来は白いはずの雲の地面は赤く染まる。
言葉にすることさえはばかれる地獄が目の前に広がる。
それなのにこいつ等はまだ破壊を繰り返している。
「生き残りがまだいたのか、他の仲間はどこにいる?」
一体の牛の怪物が戦斧を振り下ろすと同時に俺はそれに触れる。
「お前達のボスはどこだ?」
「今ここのボスは俺だ。人間がこの拷問の魔王になにか――」
「お前みたいな小物じゃない。お前達をここに引き入れた奴を聞いてるんだ」
「生意気な人間だ。この後で自分の立場を思い知らせてやるよ」
「どうした? そのハンマーで俺を倒すんじゃないのか?」
一歩足を進める。
魔王と名乗るその男は近づいた距離だけ後ろに下がる。
「お前等こいつを殺せ! こいつを殺した奴には褒美をやる!」
その場にいた連中は一分も持たずに全て灰に変わる。
「言え、お前達のボスはどこだ?」
「知らない、本当に知らない。俺達をここにおいてすぐにいなくなったんだよ」
「そうか」
そいつを灰に変えた。
「生き残りを探そう」
「ウォルくん、顔が怖いよ」
「わかってる。この光景を見てて辛くなった。瓦礫の撤去してるから見つけたら教えてくれ」
鏡を見なくても自分がどんな顔しているのかがわかる。
死の魔王も血の魔王も今回の奴も同じ魔王のはずなのに、今回のは吐き気がするほどムカついた。
理由を考えても結局はわからない。
「ノーグルさん、見つけました」
皆に探してもらって一時間ほどで、全員を見つけることができた。
残っていたのは子供と女の人だけだった。
目元を赤く腫らし眠る少年、安堵から泣き叫ぶ少女、集落の惨状に膝をつく女性、家族の所在を聞く老女。
どれも見ていて居た堪れない。
「他の人が連れていかれた場所はわかりますか?」
「ここを真っすぐ言ったところに村長の家があります。そこに連れて行かれました」
「俺が見てきます。ヴァレンシア、悪いけどついてきてくれるか?」
「それなら私も付いていくよ?」
「まだどっかに敵が潜んでるかもしれないから、シャルとルゥはみんなと居てくれ」
村の全員から少し離れたところでヴァレンシアに謝罪する。
「嫌な方に連れてきてごめん」
「私は大丈夫です『神官』として亡くなった方を丁重に見送る責務がありますから」
「俺が最初に中の確認をするから読んだら来てくれ」
「そういう気遣いはいりません。全部一人でやろうとしないでください。私達は仲間です。辛い時は弱音を吐いてください、それを聞くのも『神官』のすることの一つですから」
「囚われてる人を助けたらそうするよ。今は気を張ってないとダメだ」
きっとヴァレンシアに弱音を吐いたら村長の家に入った時に耐え切れない。
拷問の魔王なんて名乗っていたくらいだし、何があるか分かった物じゃない。
言われた道を十分ほど歩くと、館のような建物が見えてきた。
赤黒い文字で書かれた看板は何が書いてあるかも確認せずに灰に変えた。
館の中には血の匂いが染み込み、所々がまだ湿っていた。
「酷いですね」
「うん。辛かったら休んでていいからな」
「ノーグルさんも辛かったら言ってくださいね」
一階から三階まではさっきの連中の居住区だったらしく、生活の跡があっただけだった。
キッチンに地下へ続く扉があり、底を開くと鼻が曲がりそうなほど強い匂いがした。
「ヴァレンシア、シーツとかカーテンをありったけ持ってきてくれ」
鼻を衝く強烈な臭いが地下で何があったのかを雄弁に教えてくれる。
ヴァレンシアが離れてから意を決して地下に下りると、言葉にすることさえおぞましい惨状が広がっていた。
俺は一つ一つの欠片を集め、布にくるんでいく。
その作業は日が沈みようやく終わりを迎えた。
「一度戻ろう。ティックにイルミナでの葬儀方法を聞こう」
それから村に戻り、村の人達と共に簡単な葬儀を終える。
大人たちは全てを察し何も言わずに燃え盛る炎を見つめていた。
その日、俺は一睡もできなかった
†
夜が明け、俺達は村の人達と共に安全な場所を探すために村を離れる。
「昨日は眠れた?」
「全然。でも疲れてるわけじゃないから平気」
「それは平気じゃないよ。ウォルくんが何を見たのかは何となくわかるし、その光景がどれだけ辛いのかも知ってる。私も経験あるから」
そう言えばそうだった。
シャルは弟が魔獣に殺されていたんだっけか。
「辛いなら助けてって言ってよ。私でもヴァレンシアさんでもルゥちゃんでもいいから私達はウォルくんが『死神』でも『英雄』でもなくて年の近い男の子だってわかってますから」
「辛いよ、ずっと。忙しく動いてないと奪った命の重さに潰されそうになる」
「わかるよ」
「地下の光景を見て叫びたかった。逃げ出したかった。こんなことができるあいつらが憎くて怖かった」
「もう少ししたら休もう。見張りは私達でやるから」
「ありがとう」
「仲間なんだから当然だよ」
少しだけ軽くなった気がした。
あの光景を忘れることはないだろうけど、それでも少しは楽になった。
現金な物で少し安堵すると急に眠気が襲って来た。
少し早かったが、身を隠しやすい森を見つけ、休憩することにし雲の上で横になるとすぐに微睡んでいった。
†
「やっと寝てくれたよ」
「昨日は様子がおかしかったですからね」
イルミナに着いてからウォルくんの様子が変だったのは、誰が見ても明らかだった。
怒りのおかげで疲れを感じなくなっていたみたいだけど、見ているこっちは気が気じゃない。
「少しくらい私を頼ってくれればいいのに」
「えっ?」
「何? どうかした?」
「今の表情が何か凄い乙女だったので、そう言うことなのかと」
「姉さま、それ本気ですか? こいつですよ?」
「それに私を頼って欲しいって言ってましたし」
「いや、そんなことはないよ。全然ない。ほら、同期だし仲間だしそういうのだから、ただ私達っていうのを短くしただけだから!」
なんか急に顔が熱くなってきた。
私そんな乙女な顔してた?
普通に仲間を想う顔してただけなんだけど。
「それにほら、いつも助けて貰ってるから、熊の魔獣に助けてもらったりいつも先陣切ってくれてるし、ピンチになるといつも助けてくれるからそれで」
「カッコいいと思うようになったと」
「違っ、わなくはないけど」
「姉さま考えなおしてください。こいつですよ、ヴァレンシアの無駄乳を変態な目で見ているドが付く変態ですよ」
「そこまでじゃないよね?」
私と話している時にはそんなこと無いと思うけど。
「そう言われると移動中はよく見られる気がしますね」
「えー……」
確かにヴァレンシアさんの胸は大きいから移動中はよく動いてるけど、そんなに見てるの?
「ロワイエさん、今少しもやっとした気持ちになりましたか?」
「そう言われれば少しだけ」
「そうですかそうですか。私は良いと思いますよ」
「いやいやいや、恋かどうかなら流石に私だってわかるよ」
これでも十五年生きているんだから恋の一つや二つしたことはあるし、恋がどういうことなのかくらいわかってる。
いつも目で追ってしまう気持ちも、他の女の子と話してると少しもやっとしちゃう気持ちも、いつも側にいて欲しい気持ちもわかる。
それを今の気持ちと比べても……、比べても……。
「姉さま、それは偽りの感情です。恐怖と恋愛は似ているんです。つまりそれは勘違いです」
「コープスさんは少し黙っててね。例えば私がノーグルさんに抱き付いたらどう思いますか?」
「ちょっと嫌かも」
「朝一に私とロワイエさんがいてノーグルさんが私に最初に挨拶したらどうですか?」
「ちょっともやっとします」
あれ、もしかして本当に? 本当にウォルくんに恋してるの? 確かにカッコいいと思うし、優しいしいつも助けてくれるけど、私もしかして本当にウォルくんの事好きなの?
その思考はまるでパズルのピースをはめるように私の心にはまった。




