『調教師』と『英雄』
これがプリクトの全力?
確かに個々の実力は高いし、強いのは確かなんだけど、ボルガノで戦ったプリクト兵の方が強かった気がする。
戦闘中なのにウォルは集中できていなかった。
戦う相手が魔王の作った人形だとは知らないが、人間と人形の違いを確かに感じていた。
体積の少なさから灰の量は減り、相手の気配の無さ、そんなわずかな情報がそう感じさせていた。
どこかもやもやしたまま戦っていると、両脇にある森が動いた。
激しい地鳴りと、木が軋む音に雄たけびが重なる。
何、あれ?
そのあまりにも突飛な出来事に、その場にいた全てが動きを止めた。
「姉さま、ただいま!」
「ルゥちゃん!? えっ、後ろの子達は?」
「森の動物達です。この森にいる動物を全部子分にしました」
「へぇー」
「それはそうと姉さまに大事なお話があります。おっさん、出番だよ」
「あなたがここの司令官か? 私はプリクトの王アイゼン・ベルガモットだ」
「えっ?」
シャルはあまりの事に思考が停止している。
「今プリクトは魔王ヤークティヒに奪われた状態だ。それを助けてもらいたい。それが終わればプリクトはハイネスに対して和平を申し込むと約束する」
急展開だな……。
いきなりルゥが帰って来たと思ったら動物の大群とプリクト王、それに魔王の存在って何がどうなってそうなってるんだよ。
シャルも完全に固まってるし。
「えっと、その話は砦の中にいるリグリス・アスフィールドに話してください」
「彼女は違うのか。そうか、戦闘の途中ですまなかったな」
「いえ、大丈夫です。俺は『死神』なので」
†
ボルガノ内部。
前線にウォルを残し、シャルとアイゼン、ルゥの三人はリグリスの元に向かい事情を説明した。
「なるほど、幻術を使う魔王か。事情はわかりました、それでこれが終われば和平を結んでいただけるというのは本当ですか?」
「ああ、魔王に国を奪われた以上、そうする以外にプリクトが生き残れる道はないからな」
「戦いが終わり次第ハイネス王の元にお連れします。それまで丁重に保護させていただきます」
「頼む」
アイゼンの護衛を数名の兵士に任せ、リグリスは状況を整理する。
今のプリクトは魔王が占拠している。
攻めてきている兵力は魔王の能力で作られた張りぼてか。
それだけわかれば後は十分だな。
「ルゥ、お前にはウォルと一緒に魔王討伐を頼みたい」
「嫌だ」
「ルゥちゃん、班長の言うことは聞いてね」
「姉さまは一緒じゃないの?」
「シャルにはここの防御を頼みたい。それに敵が幻術の類を使うなら人数は最小限にしたい。ウォルが単独だと幻術にかかった時それを止める手がなくなる。幻術を見破れる人が一人欲しいんだ」
張りぼてだと気がついたルゥなら異変には気がつけるはずだ。
「姉さまが行けって言うなら行くけど」
「頼んだ。これはお前にしかできないことだ」
「姉さま、ルゥ頑張ってくる」
「うん。頼りにしてるよ」
†
遅い。
あそこにいるのは向こうの国の数百人程度、夢幻の兵士が百万いれば楽に落とせると踏んでいたんだが、こちらと違い向こうには強者がついているのか。
戦闘が始まって一日、プリクト王城の玉座に座るヤークティヒは苛立ちを覚えていた。
僕が動くのは早計だ。
もっと世界を混沌に落としてからでないと、人は結束を固める。
その結果生まれたのがココリという存在だ。
前回と同じ轍は踏まない様に僕が人間の共通の敵に成ってはいけない。
ヤークティヒがこれからの事に考えている間に、ウォルとルゥは首都に潜入していた。
「プリクトって結構不用心だな」
人目がない路地裏の城壁をウォルが灰に変え、二人はあっさりと侵入した。
「わかってると思うけど、あんたは今回ルゥの言ったことを守れよ」
「わかってるよ」
ルゥが前みたいに自信を取り戻してるんだよなぁ、森の中で何かあったのか?
森の動物を全部手下にしたって言ってるし、何かはあったんだろうけど。
「ルゥは城の場所は知ってるのか?」
「これでも元プリクト国民だから。いいからついてくる」
国民どころか首都暮らしだったんだろうな。
そうじゃないとこんな裏道を迷わず進めないだろうし。
「それにしても、戦争してるってのに住人は何ていうか穏やかだな」
「あの大群を知ってれば戦争も終わると思うでしょ」
「そうかもしれないけど、あの大群を見たら逆に不安になるだろ」
「意味わかんない」
「例えば、あの軍隊が裏切ったら? ハイネスを倒せたとしても次の矛先が自分達に向くかもとか思わないのか?」
「うるさい、相手は幻術を使えるんだからその辺は誤魔化せるでしょ」
それを言われればそこまでなんだけど、幻術ってそこまで万能なのか?
「そろそろ裏口に着くから準備する」
「はいはい」
人気の無い裏口を通り二人は城内に侵入する。
「誰もいないのか?」
「好都合でしょ。こっち」
「城内まで把握してるって、お前まさか王様の娘ってことはないよな?」
「そんなわけない。私は孤児だし」
そう言えばそんなこと班長から聞いた気がするな。
それだとなんでこいつは城内について詳しいんだ?
ルゥが仲間にできるのは狼や熊以外にも魚や虫も従えることができる。
それらの小型のサイズは戦闘に役立つことが少ないせいで日の目を見ることは少ないが、その小さなサイズを生かし今回のような隠密行動には最適だ。
泣き声も小さく、例え聞こえていても言葉として聞こえるのは『調教師』だけ。
小さな手下を使い、ルゥは城内を把握している。
そのままルゥに案内をされ、魔王のいる部屋にたどり着く。
二人はなるべく気配を消し、思い扉を開ける。
「お前達は誰だ?」
「ウォル・ノーグル。お前を倒しに来た」
「ほう、王の首を狙うということはハイネスの者か」
「違う。ルゥ達は魔王を倒しに来た」
「そうか、なぜバレたのか気になるところだけど、邪魔するつもりなら殺すか」
次の瞬間玉座の間は墓地に変わる。
「さあ死者共よ、目を覚ませ。僕の敵を食い殺せ」
魔王の一声で地面からは夥しい数の死体が這い出てくる。
腐り爛れた死体からは動くたびに腐肉が落ち、腐敗臭まで漂ってきている。
そう錯覚させられている。
「全部偽物!」
その声でウォルの視界は元の部屋に戻る。
墓も死体もないただのがらんとした部屋に戻る。
今のが魔王の能力か、完全に騙されてた。
幻を見せるんじゃなくて、認識を書き換えているってのが正しいのか。
「後ろの女には見えているのか?」
「行かせると思ってるのか」
「行けると思ってるさ」
消えた? 違う後ろか!
「よくわかったね。いいよ、先に相手してあげるから。この魔王たちが」
何でいきなり? こいつらは倒したはずだろ?
目の前に現れたのはウォルが倒した三体の魔王。
それらを目の前にウォルは自分の頬を全力で叩く。
「何度も同じ手に引っかかると思うなよ」
「今の隙で十分なんだよ、魔王はね」
ヤークティヒの手には丸い物が握られていた。
桃色の短い糸がその球体を覆い、それからは赤い雫が石畳を濡らす。
「これがお前に何か教えているんだろ? それならこっちを殺すのは当然でしょ?」
「お前だけは絶対に殺す」
「できるならやってみればいいよ。人間風情が魔王に勝てるなんて思いあがるなよ」
そして彼は笑った。




